第17話 二人のイレギュラー

「やぁ、剣也君でよかったね、あとは…かぐや君とレイナ君」


 直後剣也とかぐやが膝をつく。

レイナもお辞儀のように頭を下げる。


「校内では不要といったはずだけど?」


 その言葉で3人が顔を上げる。

驚きの表情のままに、レイナが問う。


「ロード殿下、なぜここに?」


 普段感情の起伏がないレイナもこれにはさすがに動揺する。

学校内とはいえ、護衛すらつけずに一人でロードが現れることは異常だったから。


「放課後練習している生徒がいると聞いてね、様子を見に来たんだ。構わないから続けてくれ」


「…しかし」


「気にしないでくれ、ちょっと興味があるだけなんだ。私は2級だからと差別しない、区別しない。使えるものは使う主義なんでね」


「はぁ!?」


 その言葉にかぐやは驚きの声を上げる。

その言葉の意味することが理解できないかぐやではない。

アースガルズ人の中にも差別反対を掲げる存在はいるぐらいは知っている。

非人道的だと、しかしそれらは全て規制され、弾圧される。


 しかし今目の前にいる存在は、帝国のトップ。

それが2級だろうが、使えるなら差別はしないと言ってのけた。


「皇族が、皇帝を批判した?」


「今の言葉信じてみるかい?」


 するとロードが剣也に近づく。

おもむろに差し出したのは右手。


「君達の文化では右手のはずだね」


 求めるのは握手。

剣也にもそれはわかった。


 剣也はこのロードという存在を知っている。

皇族にあるまじき差別反対の思想を持つ。

しかし皇族としての役目はしっかりと行い、戦争では著しい戦果を挙げる。


 設定だけではどういった存在か剣也にはわからなかった。

彼の狙いも何もわからない。

分かっているのは、恐ろしいほどの戦略家ということだけ。


「その手を握ると後悔しますか?」


「それはいつか君が判断することになる。まぁ血まみれの手であることだけは確かだが」


 ロードはにやりと笑う。

その不敵な笑いに裏があることはわかっている。


 だが剣也はその手を握る。

この手を取ることが何に繋がるかはわからない。


 しかし剣也にはロードが悪いやつには見えなかった。

ゲームでは謎の少年としてベールに包まれたままでどんな人物かも知らない。


 でも。


「まだあなたのことを知りません、でもこの手を取らなければいけないと感じました」


 直観が剣也動かす。

握り返した手、皇族と2級、支配者と奴隷。


 本来握るはずのないその手が握られた意味を知るのはただ一人本人のみ。

しかしこのときすでに運命は決まっていた。

世界を巻き込んだ戦いの運命が。


「さてと、自己紹介も済んだことだし、観戦させてもらうよ」


「はい、どうぞ。ご自由に」


 ロードはひとしきり三人の練習を見ていた。


「ねぇちょっと。剣也、やりづらいんだけど!」

「し、仕方ないだろ! 帰れとはいえないし」


 二人だけで聞こえるようにかぐやと剣也が会話する。


 しかししばらくしてロードが立ち上がる。


「今日はこれでお暇するよ、邪魔したね」


「あ、はい」

「もしかして、聞こえた? 聞こえたの? 粛清なんかされないわよね!」


 お辞儀しながらかぐやが小声で話す。


 それを見て少し笑ったようなロード。

そしてそのままシュミレーター室を出ていく。


(やはりあの時は手を抜いていたか、氷姫を超える技術力。やはり彼ならあの計画も…)

 

 不敵に笑うロード。


 誰もいない廊下を一人軽快に歩く支配者の一角。


 その世界の頂点の一人が人知れずつぶやいた破壊の言葉を聞くものはいなかった。


「この世界を手に入れるために」



「なんだったんでしょうか」


「さぁ、わからない。とりあえず今日のところは終わろうか」


「……結局一割も減らせませんでした」


 目の前でしゅんっとなるレイナ。

うつむいて悲しそう、その仕草につい手が出てしまうのも仕方ない。


ポンッ


 剣也はレイナの頭をポンッと叩いた。

だって、すごくポンってしやすそうなんだもの。


「十分強くなってる、まだ初めて2年だろ? すさまじいよ」


 レイナは上目遣いで指の間から剣也を見る。

前の世界合わせて6年近くこのKOGをやってきた剣也。

2年しかたっていないレイナの強さには正直驚いていた。


 そんなこと剣也しか知らないのだが。


「ほんと?」


「うぐっ!」


 まるで子供のように無邪気な目、意図していないはずの上目遣い。

不覚にもキュン死しかけて心臓を抑える剣也、尊みで人が死ぬ。


 オタク全開で、レイナを見ながらデレデレする剣也。


 それを見るかぐや。


(なにを、いちゃいちゃしてんのよ! 私が好きって言った癖に!)


 他の女に手を出す剣也に苛立ちを感じるようになったかぐや。

レイナだけじゃなく、クラスの他の日本人女性にもちやほやされだしてデレデレする剣也にイライラする。


(なんなのよ、このムカつきは)


 他の女と仲良くしている所を見て、イライラする。

これではまるで。


(嘘…私…嫉妬してるの!?)


 レイナといまだデレデレする剣也へ気づいてしまった。


 これは嫉妬なんだと。


「かぐや? どうしたの?」


「はぁ!? んなわけないでしょ! アホ!」


「えーー…」


 わなわなと震えていて、様子がおかしかったかぐやに話しかける。

しかし突然投げられる罵倒、脈絡もない罵倒。

かぐやからの罵倒など慣れたものだが、最近は仲良くなってデレも近いかと思っていたのに。


「ま、まぁいいか。じゃあレイナ行こうか」


 そしてその日はシュミレータ練習を終え、レイナと剣也がシルフィード家へと向かう。

並んで歩く二人、それを後ろでみるかぐや。


 ふと、気づけば。


「かぐや? どうしたの」


「へぇ!?」


 剣也の服の袖をもっていた。

まるでいかないでとでも言わんばかりに。

剣也に気づかれ呼ばれたときには、自分がしたことに気づいて真っ赤になる。


「ち、ちがうわよ! し、死ね!」


「ぐぇっ!」


 その気持ちに気づいてしまったかぐや。

照れ隠しに罵倒して、突き飛ばしその場を走って逃げていく。


(なんなのよ、もう嫌。なによこれ)


 剣也のことを考えるだけで胸が痛くなる。


 真っ赤な顔を見られまいと、必死に逃げる。

涙すら少しこぼれてきて、でもこうなってしまってはかぐやにだってわかる。


(ありえない、ありえない、私があんな変態のこと……)


 それでもまだ認められないのはプライド?


「好きなんてありえない!!」


 自分の意思とは裏腹にどうしようもなく剣也のことしか考えられなくなっているのに。

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