第16話 軍神からの誘い

「はい…えぇ、レジスタンスかと思われますが、調査中です」


 腰に大剣を刺した30代後半の筋肉質な男。

ひげは綺麗に整えられて武術の心得も持つ。


 軍人というものを体現したかのような男、軍神と呼ばれ名をジーク・シルフィード。

そのジークが映像の前で報告を行っていた。


「軍神ともあろうものが、なにを手間取っている。十機だぞ、いくらすると思っている!」


 通信相手は本国の軍トップ。


「ロード様指揮のもと、レジスタンスの殲滅作戦を実施いたします」


「へぇ、面白そう。私もいこっと」


 通信の先には一人の女性。

金色の腰まで伸びた長い髪。

一見すると、とても美しいお姫様を体現したかのような女性。


 しかしその報告を聞いたジークは、冷や汗が止まらない。


 なぜなら彼女の名前は、アースガルズ・ユミル。

拷問姫の二つ名を持つ第一皇女、支配者の一人だったから。


(ユミル様が来られる……これでは虐殺が起きる…)


 ジークはこのエリアの駐在軍のトップ。

しかし目立った行動をされない限りは基本的には3級国民達を放置している。

まだ占領して日が浅いことが最大の要因だが、この国のレジスタンスは他の植民地に比べ圧倒的に多い。


 それはジークが武力による殲滅を行っていないから。


 問答無用で逆らうものは皆殺し。

それこそが帝国の理念だが、ジークはその行動をとっていない。

彼の優しさが起因しているのだが、今は皇帝が病に伏せているため特にお咎めもないのでそのままだった。


「では、報告は以上です」


「あ、そうそう。ジークよ」


「?…なんでしょうか」


「お前の娘、レイナじゃったな。専用機ができたぞ」


「それは…ありがとうございます。きっとお役に立つでしょう」


「期待しておるぞ、親子ともどもな」


 そして通信は終了した。


「レイナの機体が来たか…。レイナも戦場にいく。なら私も腹を決めねばならんな……」


 一人自室でつぶやくジーク。

もうタイムリミットは近いようだ。


「すまない、咲子。私一人ではもうこの国を守ることはできないかもしれない……」



◇数日後 朝


「パパ、どうかしましたか?」


 軍神ジークと氷姫レイナが朝食をとる。

シルフィード家は元々貴族ではない。

しかしシルフィードの軍への貢献から男爵家となった。


「いや……何でもない。それよりお前に聞きたいことがあったんだ」


「なんでしょうか」


 家族の会話にしては事務的だ。

それも仕方ない、なぜならレイナは養子だから。


「お前を10歳のころに引き取ってあらゆる教育を行った。KOGももう2年は練習したはずだ」


「……はい」


 レイナは、朝食以外で忙しい父と会話する機会がなかった。

ろくに遊んだ記憶もない、ともすれば普通の家庭のように笑い合ったこともない。


 自分が養子だからと理解はしている。

それでも父親となったジークのことは尊敬しているし、好きかと言われれば好きと答えるぐらいには信頼していた。


 どれだけ忙しくても、毎朝のこの時間だけはできる限り作ろうとしてくれている父を嫌いではなかったし、いつかKOGで追い越したいとすら思っている。


「同年代でお前より強いやつなど本国でもいないと思っていたのだが……負けたそうだな」


「!?……どこでそれを」


 あの日アルフレッド教官は、シュミレータの記録からレイナが敗北していたことを知った。

序列を決める戦いでは、ハンデシステムを最大にしても勝てなかった御剣剣也という存在をジークに報告していた。


「どうなんだ」


「……はい、申し訳ありません」


「強かったか?」


「はい、とても…」


「私よりもか?」


「……わかりません」


(ふむ、わからないか)


 ジークは考えていた。

レイナの分からないという言葉の意味を。

自分の底を娘に見せたことはない、月に一度はレイナと模擬戦をしているが一度だって負けたことがないし苦戦すらしたことはない。


 その自分の実力を知っているレイナがわからないと。

それが意味することは。


「底が知れぬ…か。面白い…よし! 今夜連れてきなさい」


「え!? で、でも彼は2級…ですよ?」


「それは知っている。どういう男か見てみたいんだ。私が差別主義者ではないことは知っているだろう」


「…わかりました」


 ジークは差別をしない。

レイナが差別をしないのは親の影響が大きいのかもしれない。

なぜジークが差別をしないのか。

 

 その理由をレイナは知らない。


 しかし公に差別をしないと公言することは皇族批判となるため実力主義だと公言している。

そのため駐在軍には日本人も多く存在しているが、軍の中での差別までは止められない。



「え!? レイナのお父さんに!?」


「はい、パパが会いたいと」


 今日もかぐやとレイナと剣也は放課後のKOGの練習を行っていた。


「はい、なので今晩夕食をどうでしょうか」


「そ、それは……大丈夫なの?」


「パパは私と同じで無意味な差別はしません」


(軍のトップなのに……確かにすごい武の人ってイメージだったけど)


「なので、いいですか?」


「わかったよ」


(一応は軍に所属するんだから断れないよな……一体何の用なんだろう、もしかしてレジスタンスだってことがばれた?)


「ねぇ、早くどっちか相手してよ。今いい感じにつかめてきてるんだけど」


「じゃあ、私がいきましょうか? かぐや」


「あら、今日こそは勝たせてもらうわよ、レイナ」


 あれから何度か三人はこの放課後の自主練習を共にしている。

レイナの歯に衣着せない言い方に最初はぶつかり合っていた二人。


 しかしかぐやは徐々に理解していった、レイナが何の偏見も差別も持たずにかぐや本人しか見ていないことを。

それに他のアースガルズ人のように2級などと呼ばず、必ず名前で呼んでくれる。


 アースガルズ人は嫌いだが、レイナのことは嫌いになれなかった。


「ほんと仲良くなったな…」


「前に剣也君が言っていたこと、今なら理解できます。彼女は強くなっています」


 最強レベルの二人に引っ張られ、元々才能のあったかぐやは一瞬で上達していく。

何事もそうだが、高いレベルで練習すれば上達は早い。

ならば剣也とレイナと毎日練習できるのは最高の環境だろう。


「今度の序列テストでは、全員倒してやるんだから」


 そういって二人がシュミレーターに乗り込む。

とはいえまだまだレイナの足元にも届かないので惨敗することになるが。


「さてと、じゃあレイナ。俺とやるか」


「今日こそはせめて一割は減らしてやります」


「それは楽しみ」


 レイナは強くなった。

しかし剣也はもっと強くなった。


 この世界に来て、大好きだったKOGは、命を守る武器へと変わる。

その覚悟が剣也を次のステージへと押し上げていく。

才能とは集中の深さという言葉がある。


 剣也の集中力はこの世界に来てさらに深くまで到達した。


 その成長はレイナ、かぐやすら超えて差は開く一方。

覚悟の差、先日の作戦で人を殺し、命を懸ける重さを知った剣也の覚悟は比較にならないほど強くなった。


 そしてシュミレータに乗り込もうとした時だった。


「観戦してもいいかな?」


「ん?」


 突然シュミレーター室に入ってくる一人の生徒。


 金髪で、男にしては少し長い髪。

蒼い瞳をしている少年は、剣也達と同い年ぐらい。


 毎日会っている少年だが話したことなどない。


 なぜなら。


「ロ、ロード殿下!?」


 この世界を支配する一族の一人。

アースガルズ・ロード、帝国の第二王子だったから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る