第15話 ゲーマと侍

「かんぱーーい!!」


 その日の深夜。

作戦が成功のもと終了し、軍人達は有頂天だった。


「見たか! これが我々の力だ!」

「この勢いで日本を取り戻すぞ!」

「侵略者共、首を洗って待っていろ!」


 お酒も入りテンション高く酔っぱらう。

今まで勝利らしい勝利を得たことのなかった彼らにとって今日は圧倒的勝利と言えるだろう。


「ささ、一心さんも!」


「あぁ……」


「かぐやちゃん! 旦那さんは?」


「旦那じゃないってば!! もう……でもどこいったんだろう」


「今日の主役なんだから、探してきてよ! 一緒にお酒飲もう!」


「一応私達まだ未成年なんだけど……まぁもう関係ないか。裁かれる法律もないし」


 すると一心が立ち上がり部屋を出ていく。

少し様子が変だったので、黙って後をついていくかぐや。

こういう時は誰よりも盛り上がるはずなのに。



「やはりここにいたか」


 そこはKOGが格納されていた倉庫。

そこに一人の少年が座りながらKOGを見つめていた。

倉庫は開いており、月が見える。


「一心さん……」


「少し付き合え」


 一心はお酒とおちょこを二つ持ち上げにかっと笑う。

かぐやはその様子をKOGの陰から見ていた。


「俺お酒飲んだことないですよ?」


「なに、一口だけだ、飲むふりでもいい。こういうのは形が大事だ」


 そして渡されたおちょこに注がれる日本酒。

注がれた後剣也も一心に注ぎ乾杯と軽く合わせた。


「まずい…ですね…」


「かぐやも同じことを言っていた。やっぱりお前達はまだ子供なんだな……」


 しばらくゆっくりとした時間が流れる。

しかし不思議と気まずいという思いはなかった。

むしろ安心するとでもいうのだろうか、一心の懐の大きさを感じる。

まるで父のようだと。


「今日はありがとう」


「力になれたなら嬉しいです」


「あぁ、だがお前はどうだ。嬉しいか?」


「みんなが嬉しいなら……」


 剣也は言葉が続かない。

本音を言うとこの勝利を嬉しいと感じられないし、どちらかというと。


「しかし気にしているんだろう? 人を殺すのは初めてか」


「……はい」


 思っていたことを的中される。

殺したことを気に病む剣也、一心はあの通信の時から気づいていた。


「その感情が正常だ、私はもう随分と殺したが敵ならばもう何も感じない。いや感じないようにしたというほうが正しいか」


「今日初めて敵を倒し…いや、殺しました。間違っているとは思わないです、でも正しかったのかはわからない」


 見上げるのはKOG。

月明りに照らされて黒い機体が淡く光る。


「その正しさを証明などできんよ。誰しもが自分の物語を生きていて、自分だけの正義を持っているんだから」


「戦争が無くならないわけですね。なんで戦争なんてって昔は思ってました」


 この世界に来て、剣也の思考は変わっていく。

戦争なんて起きなければいい、世界は平和であるべきだと。

多少の不自由は我慢してでも戦争しない方が正しいんだと。


 そう思っていた平和な現代日本の少年。

なぜテロリストはいて、紛争が起きて、軍隊がいるのか。

そんなことも理解できていなかった平和な国。


 しかしどうだろうか、この世界に来て見た光景は。


 我慢しろ? そんなこと彼らに言えるわけがない。

じゃあどうすればいいんだ、でもそんなのはわからない。

テロ行為が正しいとは今でも言えないが、抵抗しないことが正しいとも剣也には思えなかった。


「迷ったときは思い出すんだ。目的を。絶対に変わらない、それだけは譲れないという自分の中にある強い思いを」


 そして一心は剣也の胸を軽く叩く。


「お前にはあるか? ここに。それだけがお前の正義を支えてくれる一本を」


 胸に熱い思いが伝わってくる。

一心は言葉を続けた。


「人を殺したことを正しいなどと言うつもりはない、しかし私は殺すよ。この国で虐げられている国民を元の生活に戻すためならいくらでも」


 その一心の目は強く燃える。

彼はもう乗り越えているんだ、剣也が悩んでいることなど当の昔に。

人を殺すことすら厭わないと。


 それをみた剣也は自分の心に聞いてみる。


「俺の譲れない思い……」


 直後脳裏に映るのは、かぐやとレイナ。

元々はゲームのヒロインだった、ガチ恋だと思っていたが、どこか自分ですら信じてあげられなかった思い。


 でも突然この世界に来て、実際に会って、話して、触れて、一緒に過ごして。

今はもう確信している。

この思いが本物であることを今なら確かに信じてあげられる。


 だから。


「はい、かぐやを守る。それだけは譲れません」


 真っすぐに答える。

それだけは絶対に自分の本心だと胸を張れるから。


 それを聞いて一心は優しく笑う。


「ふふ、相当に惚れ込んだな。いい女だろう?」


「はい、大好きです」


「簡単にはやらんぞ? それこそこの国を救えるぐらいの男でなければな」


「それは……はい! 望むところです!

 

 剣也は威勢のいい返事と共におちょこを飲み干した。

お酒を飲むのは初めてで耐性も何もない剣也。


「お、おい! 結構強いぞ? 大丈夫か?」


「……あれ? 目がまわ…変です……あ…」


 とたんにくらくらしたが、これが酔っぱらうということなのだろうか。

一気に飲んだ剣也は、座りながらふらふらと倒れこむ。


 残念ながらお酒の適正はなかったようだ。


 悩んでいたことが吹っ切れた。

殺したことを喜ぶことはできないがもしも、もう一度同じ場面にいても剣也は剣を振るった、そして殺すだろう。


 剣也の中で何かが腑に落ち納得した。


 その結果緊張がほどけて、寝息を立てる。


「はは、これでは先が思いやられるな……かぐや、いるんだろう?」


「な、なんで!」


 すると隠れていたかぐやが顔を出す。

その顔は一心ですら見たことがないほどに真っ赤に染まっていた。

それを見て一心は笑う。


「こ、これはお酒! お酒のせいだから!」


 必死に顔を隠そうとするかぐや。

手が顔を仰ぐが、火が出そうなほど真っ赤に染まっている。


「安心しろ、剣也君は寝ている。こっちに来て変われ」


 一心にもたれる剣也をかぐやに預ける。


「後は頼むぞ、私は戻る。盛り上げてやらねばな。せっかくの勝利だ」


 かぐやの膝の上で寝息を立てる剣也。

お酒のせいで意識を失い赤い顔のまま寝息を立てていた。


(今日ぐらいは褒美をもらえ、日本の希望の侍よ)

 

 一心はそのままその場を後にした。

侍、語源をたどれば守るという意味の言葉を少年に送って。


 残されたのはかぐやと剣也。


「ほんと、あんたってよくわかんない。なんで私のことそんなに……」


 話の一部始終を聞いていたかぐやは、恥ずかしさでどうにかなってしまいそうなほど歯の浮くセリフを言われたのを思い出す。


 大好きなんて異性に言われたことは初めてだった。


 ろくな青春を過ごしていないかぐや。

恋をしたことだってなかったのに、今はこの少年から目が離せない。

自分のことを真っすぐ好きだと言ってくれた少年が気になって仕方ない。


 この気持ちの正体が何なのかもよくわからない。


 わかっているのは。


「ほんと……変な奴。でも」


 膝の上で眠る少年の髪をなでる。


「今日はありがとう、みんなと一緒に闘ってくれて……」


 彼に感謝しているという気持ち。

そして膝の上で眠る少年に聞こえるほど心臓がドキドキして顔が火照る。


 かぐや姫でも降りてきそうな満月の灯りが二人を照らす。

その後ろのKOGも淡く照らして。

今日ただのゲーマはまさしく、護るべきものがいる侍になった。


 しっかりと自覚することで、心は大きく変わっていく。


 これから先、仮初の平和を享受していた世界は激動の時代へと進んでいく。


 この世界のイレギュラーの彼の役割が何なのか、それはまだ誰も知らない。


 一つだけわかっていることは、たった一つの譲れない思いがあるということ。


『ヒロインを守る』


 それが剣也の行動理由を支える一本の芯となり、彼が信じる正義を支える一本の柱となった。


「おやすみ……剣也」


 今はただ眠る侍は、この作戦の成功が呼ぶ破滅をまだ知らない。

世界の支配者を敵に回すということが彼らには本当の意味で理解できていなかった。

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