第11話 日本万歳

「殺すわよ」


 彼女はごみを見る目でそういった。


「冗談です、殺さないで」


「剣也って変わってるわね、私みたいなののどこがいいのか…」

 

 そういってかぐやは手を胸に当てる。

設定では胸が小さいのがコンプレックスとかいうテンプレ少女だったはずだ。


 だから俺は決め顔でこういった。


「貧乳はステータスだ。俺は好きだよ、ちっぱいも」


 どうだ、コンプレックスを優しくカバーするできる男。

この包容力にかぐやも……あれ? かぐやさん?


 そこには照れて赤くなる可愛い少女などいなかった。

火山のように、燃えるマグマのように、わなわなと振るわせていた。


 御剣剣也 16歳。

彼女いない歴=年齢、女性の扱いは偏った知識のみ。

ならばちょっと間違えることもある、身体的特徴をいじることがコミニケーションと思い込むぐらいには。


「殺す!」


ボゴッバキッグシャッ


 この日から剣也は二度とかぐやの胸には触れないことを決めた。 



「えー。というわけでカレーができました」


 頭に大きなたんこぶを作りながら剣也がカレーをよそう。

かぐやの飛び膝蹴りをしっかり食らったのだが、ご愛敬。

スキンシップというやつだ、もしくは照れ隠しだな。


「ありがとう……」


 かぐやがカレーを受け取り小さな机に二人で座る。


「かぐやはどうして軍に?」


 剣也は食事をしながらかぐやに問う。

今日ここにかぐやを呼んだのはその話をするため。

決して連れ込んであわよくばなんて思っていない。


 決して思っていないぞ………嘘です、ちょっとだけ思ってました。


「……そうね、目的のため…かな」


 わかっている。

この目的とはレジスタンスとしての活動だということも。


「……帝国に復讐したいから?」


 剣也がそういうと一瞬驚いたような顔をして、剣也を見つめる。


「大丈夫、俺は君の味方だから」


 帝国は嫌い、それでも軍に所属する以上は従う相手。

ならば同じ日本人とはいえ、安易に帝国に復讐したいなど言ってはいけない。


 自分達には組織に入って自分を殺すか、組織に入らず不自由な生活で自分を生かすか。

どちらかしかないのだから。


 しかし剣也は知っている。

この国にはいまだテロリストとして、日本独立を訴えるグループが多いことも剣也は知っている。

その最大グループ、アマテラスの長の娘がかぐやだという事も。


「……剣也は何があったの?」


 かぐやが剣也に聞く。


「大切な人を殺された」


(嘘は言っていないし、このままだと本当になってしまう)


 優しい目でかぐやを見る。

守るべき人を、この世界にくるきっかけにすらなった二人の一人。

もしこの子を守れるためなら俺はこの世界で戦う覚悟はある。


 そう思うぐらいにはガチ恋していたヒロイン。


 その目をみて、かぐやはうつむきしばらく黙る。


 そして意を決したように顔を上げた。


「……復讐したい?」


「もちろん、可能なら」


(正しくは戦争を止めたいだけど)


「……わかった」


 そしてかぐやが静かに語りだす。


「私は取り戻したいの。この国を」


「理由を聞いても?」


「この状況に黙っていられないのはもちろんだけど、私の命は私だけのものじゃないから。私のお兄ちゃんの魂も共にあるから。その想いを叶えたい」


「お兄さん?」


「うん。私には兄がいたの。少し暗い話だけど…聞いてくれる?」


「あぁ、聞くよ」


 そしてかぐやは話し出す。


◇5年前 終戦してすぐ


 日本政府が崩壊し、戦争は終結した。

アースガルズ帝国によって、この国の軍は敗北し降伏した。


 最後まで徹底抗戦を行った日本。

しかしKOGの大量投入によって、なすすべなく蹂躙された。

技術力で圧倒的差をいかれて、国力は10倍以上。

そもそも勝てる道理はなかった。

EUは直前で手のひらを返し、安全保障条約を破棄。

武力支援を行わなかった。


 日本政府は、最後まで降伏しなかったが死すれば敗北。

軍関係者は皆殺しにあい、実質統治により支配下に収まる。


「さぁーてと、今日もお楽しみを探しにいくとしますか」


「お前も好きだねー。まぁあと少しの間だけは自由にやれよ」


 アースガルズ帝国の植民地としてはまだ機能していない日本。

そこで占領していた軍人達は好き放題暴れていた。


「たまんねぇからな。やっぱり無理やりやるのは。本国じゃ犯罪でもここじゃ合法、いや無法だな」


 汚い歯はたばこで黄ばみ、ひげをそらずに髪にはふけもたまる。

彼の趣味は、敗戦国で無理やり犯すこと、しかもとびきり若い子を。



「かぐや! 水くめたか?」


「うん! お兄ちゃん! バケツ一杯!」


 戦争は終了した、しかし国としての機能はなくなった。

兄弟は明日を生きていくために川へと水を汲みに行っていた。


「重くないか?」


「へっちゃら! 私もう10歳だよ! あれ? 父さんは?」


「食べ物を探してるって、少しここで待とうか」


 あたりは瓦礫の山。

周りを見渡せば何人かが同じように水を汲みに来ている。


 がれきの上に座る二人。


ぎゅるる……


「い、今のはお腹の音じゃないよ! 違うから!」


「はは、隠さなくていいよ」


 恥ずかしいから隠すんじゃない。

だって優しい兄にこの音を聞かれてしまうと。


「はい、チョコレート。少しだけだぞ?」


 優しく微笑んで、兄の分のチョコを無理やり分けてくるから。


「い、いらないよ!」


「バカ! それじゃ育つもんも育たねーぞ!」


「まだ成長期だか……うぐっ!」


 すると兄が無理やりチョコをかぐやの口に詰め込む。


「美味しい?」


「お、美味しい……」


「いつか腹いっぱい食わせてやるからな」


 優しく微笑む兄、ばつが悪そうな妹。

毎日が辛いけど、それでも家族で生きていく。

支え合って歯を食いしばって生きていけば、きっといつか幸せな日がくるはずだから。


「お兄ちゃん…」


「ん?」


「……ありがとう」


 たった一人の大好きで優しい兄がいれば、こんな地獄もかぐやは生きていけた。


「みーつけた」


 ゲスな笑みを浮かべる一人の軍人が近づいているとも知らずに。



「きゃぁぁ!!」


「へへへ。可愛いねー。すごく好みだなー」


「や、やめろ!」


 その軍人に捕まえられかぐやは連れていかれそうになる。

最近横行している女性を狙った軍人の人さらい。


「邪魔だ、ガキ、殺すぞ」


 兄は必死に、軍人の足をもって止めようとする。

しかし相手は仮にも軍人。

ただの学生が勝てる道理もなく。


「お兄ちゃん!!」


 ボコボコにされて地面に突っ伏す。


「さぁ、いきましょうね。おじさんと楽しいことしよう。死ぬまでな。げへへへ!!」


「い、いや…」


 震えるかぐやを無理やり捕まえるアースガルズ軍人。


「ぐっ、かぐやを離せ!!」


 兄は再度立ち上がる。


「はぁ…めんどくせ、萎えちまうよ。もう死ね」


 鳴り響く銃声、乾いた音が瓦礫の荒野に響く。


「え?」


 兄の腹から血が流れる。


「抵抗するからそうなるんだ、クソガキが…おっと」


 かぐやが暴れまわって軍人の手から抜ける。

走って兄の元まで駆け寄った。


「お兄ちゃん!」


「かぐや、に、げろ…」


「やだ、やだよ!」


「たの…ゴホッ…むから!」


「かぐやちゃんって言うんだね。さぁ行こう」


 しかしその音を聞いて走ってきた一人の男。


「かぐやぁぁ!!!」


 かぐやの父、一心。

日本軍の数少ない生き残り、中将としてあまたの戦場を戦い抜いた男。


「なぁ!?」


 アースガルズ帝国の軍人を一瞬で組み伏せ、腰のナイフを抜き首を掻っ切る。

一瞬の出来事で声も上げることすらできずに軍人は絶命した。


「はぁはぁ。たかし!」


 一心は、兄に近づき傷を見た。


 出血の量からしてすでに致命傷、すぐに治療すれば一命はとりとめるかもしれない。

しかし今のこの国にそんな手術を行える場所はない。


 それに、体格はすでに大人の死にかけの男を担いで逃げることもできない。


 なぜなら直後遠くで何人かの軍人の声が聞こえたから。


「おい! こっちで銃声が聞こえたぞ!」


 遠くには何人かのアースガルズ帝国軍人。

それを見た一心は、強く目を閉じ、ゆっくり開いて覚悟を決める。


 決断しなくてはならない、このままだと全員殺される。

だから。


「たかし、すまない。私が目を離したから…」


「ううん、父さんは悪くない。食べ物がなければ飢えて死ぬだけだし…」


 激痛のはず。

それでも気高く笑い、心配かけないようにかぐやにも微笑む兄。

一心とかぐやはその手を強く握る。


「たかし、ここがお前の最後だ。良く妹を守った。お前は私の誇りだ」


「父さんの子だから当然……はやく、かぐやを連れて逃げて」


 すると父は先ほどのナイフをたかしに握らせる。

その手を強く握って涙をこぼす。


「すまない、愛している!」


「え? お父さん? だめ! だめ!」


 一心は抵抗するかぐやを無理やり担ぐ。


「いや、お兄ちゃん! お兄ちゃん!」


 全力でその場を去った。

肩に担がれ抵抗するかぐや、遠くなっていく兄。

最後に見た光景は、兄がナイフを掲げる姿。


「はは、これが最後か……妹を守って死ぬ。まぁ悪くはないかな…」


 すると何人かの軍人が近くに走ってきた。

首をナイフで切られて絶命している同僚と、血で汚れたナイフを持つ少年を見る。


「おい、お前がこれをやったのか」


「あぁ、俺が一人でやった。くそったれのゲス野郎を殺してやったよ」


「子供にしては、いい度胸だ。どうなるかわかっているんだろうな」


「は! なんでもお前達の好きになると思うなよ、侵略者共が!」


 ナイフを強く握る兄。

それをみた軍人が理解したがもう遅い。


「!?…おい! そいつをとめろ!」


「いつか、いつか絶対誰かがこの国を取り返す、首を洗って待ってろ! 糞野郎共!」


「とめろ!!」


(じゃあな、かぐや。お前は生きろよ。父さん、俺も父さんの子であることが誇りだったよ)


「日本! 万歳!」


 そしてそのナイフで胸を刺し絶命した。

強く握ったナイフがまっすぐと兄の心臓を貫いた。


「いやぁぁぁ!! お兄ちゃん!!」


 最後に見た光景は、まっすぐ兄から伸びるナイフ。


 少女の悲痛な叫び声は、瓦礫の山に消えていく。


 そんな出来事が毎日のように起きる日々。

命が虫けらのように消えていき、人権など存在しない。


 勝者はすべてを手に入れて、敗者は全てを失った。


 敗者にとってここは、まるで地獄のようだった。

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