第10話 二兎追わないものは二兎を得ず
どちらを選んでも地獄。
ならばコロンブス的発想、選ばなければいい。
ここは戦略的撤退を選択させてもらう。
「じゃ! 俺は腹が痛いか…」
ガシッ
「逃がしませんよ?」
ちからつっよ。
レイナとかぐやに肩を掴まれて逃げること叶わず、痛い痛い、まじで。
そうだった二人とも軍人だから何なら身体能力は俺よりも高いんだった。
逃げることは不可能と悟った剣也。
ならば苦肉の策を提示するのみ。
「じゃ、じゃあ3人でシュミレーターで練習するってのは?」
適当に言った案だったが、案外悪くない提案な気がする。
すると二人は見合いながら剣也を見て答える。
「私はあなたと戦えるなら構いません」
「ま、まぁ私も練習できるならそれは嬉しいけど…」
かぐやだってKOGの操作がうまく成りたいのは本音だ。
レイナは特に2級だとか人種を気にしないし、剣也が相手になってくれるなら問題ない。
すんなり決まったので、そして3人はシュミレーター室へと赴いた。
「レイナがいてくれてほんとによかった、俺らだけじゃ絶対貸してくれないし」
「2級が無駄なことをーとかいってね、ほんと嫌い」
「国是ですが……最近は行き過ぎていると感じます」
差別は国是。
皇帝みずから宣言しており、植民地の国民を支配することこそアースガルズ帝国民として正しい行いだと。
タガを失い正義を経た国民は、いつしか悪意すら持つように暴走した。
虐めていい、むしろやれと言われれば虐めてしまうのは人間のサガなのかもしれない。
「とりあえず、かぐやとレイナやってみようか」
「はぁ? 私が?」
「私はこの人に興味は…」
「レイナ、かぐやは強くなるよ。君並みに」
「!?……信じられません」
「な、何言ってんのよ、私が氷姫並みに!?」
レイナは訝しげに、かぐやは剣也の発言に驚く。
「まぁまぁ、いいから」
そういって乗り込む二人。
試合が開始されるが案の定レイナの圧勝で終わる。
交代で剣也とレイナ、かぐやと剣也など組み合わせて色々試す。
しばらく夢中になってシュミレーターを動かす3人。
時刻はいつの間には夕飯時、3,4時間ほどやっていただろうか。
「今日はここまでにしようか、おなか減ったし」
「……勝ち逃げですか」
「はは、俺は逃げない。望むならいつ何時いかなる挑戦でも受けよう」
「じゃあもう一回やりましょう」
「いや、それは勘弁。また明日…は休みだから次にしよ?」
レイナのやる気はかつて自分が昼夜を忘れてのめりこんでいた時のようでほほえましくもあったがさすがにここで終える。
遊んでばかりもいられない剣也は、この後予定がある。
「……はぁ、わかりました」
(よかった解放してくれるみたいだ)
ついぞ剣也から一勝することもできなかったレイナは不機嫌ながらもしぶしぶ了承する。
「私もいい練習になったわ、一応感謝しておきます。レイナさん」
「私は何の練習にもなりませんでしたが」
「はぁ!?」
(やめて、どうして喧嘩しようとするの)
犬猿の仲とはこのことかもしれないと思いながら剣也はあたふたする。
しかしレイナから思いがけない一言が発せられた。
「しかし、最後の一戦。私に一撃当てたことだけは褒めておきます、いい動きでした」
途端に睨んでいたかぐやの顔が驚きで赤くなる。
まさか褒められるとは思っていなくて面食らってしまう。
「あ、あ……ありがと……」
照れくさそうに、しかしうつむきながら感謝を述べる。
まだ素直には喜べないようだ、一朝一夕で戦争でできた人種の壁は超えられない。
でも。
(よかった、意外といい関係作れそうか?)
二人には仲良くなってほしい剣也。
そのためにこの場を提案したのだから。
「まぁ、最後の動きができるのなら今後は指の運動ぐらいにはなります」
「はぁ!?」
(やめて、どうして喧嘩しようとするの)
また喧嘩になりそうな二人の間に入って、なだめる剣也。
KOGよりもずっと疲れるなこの役割。
するとレイナが銀色の髪をなびかせて、くるりと背を向ける。
「じゃあ、私はこれで失礼します。カードは私が返しておきますから」
「うん、ありがとうレイナ。じゃあかぐや俺達も行こうか」
「はぁ? どこによ」
「どこって、デートだよ」
「ニャ、ニャート!?」
(自分で言ってた癖に、動揺して噛みまくってる…ネコっぽいな。ネコミミつけたい)
ネコ目になって慌てるかぐやはとても可愛い。
元々猫っぽいかぐやは猫耳は絶対に似合う。
「さぁ、いこっか」
間髪入れずに強引に連れていくことにする剣也。
なぜなら今日かぐやには言わなければいけないことがある。
遠慮なんかしてられない。
「夜も更けてきたわけですし。じゃあねレイナ!」
そういってかぐやの肩をもっていそいそと教室を出ようとする。
「き、気安く触らないで! こ、こら!」
そんなやり取りをしながら剣也とかぐやはシュミレーター室を後にした。
一見楽しそうにいちゃつくカップルにも見えなくはない二人。
その背中を見るレイナ、腕を組んで落ち着きなく足踏みをしながら睨む。
(あれ? なんで少しざわつくんでしょうか)
しかしその感情がなんなのかよくわからないので、すぐに切り替え忘れることにする。
「さて、カードを返さなくては」
しかしその様子を影で見る男が一人。
「これは、ジークさんに報告しておいた方がいいか。あのイレギュラーについても」
その男はアルフレッド教官。
レイナの父で、上司で、校長で、さらに軍神と呼ばれるこの国の軍事のトップ。
ジーク・シルフィードへと3人のことを報告しようと考える。
…
「ご飯って言ったって、私達が行ける店なんて近くにはないわよ!?」
「え?」
飲食店はすべて1級しか入ることができないそうだ。
もちろん首都を離れれば2級でも入れるものはあるのだが、ここ東京、もとい13番特別区首都では主に1級か、2級の軍人しか住んでいない。
3級国民は遠くから毎日通い、せっせと町の掃除など低賃金で朝から晩まで奴隷のような扱いを受けている。
そしてすべての飲食は1級用。
2級と同じ場所では食事などしないという風習からだ。
しかしそれでは食事はというと。
「スーパーはあるのか」
学校の近くにスーパーはある。
もちろん店員は3級アースガルズ帝国民であり、元日本人。
あらゆる雑務を押し付けられブラック企業も真っ青な扱いを受けている。
死ぬなら死ねと言わんばかりの扱いだが、この世界に3級アースガルズ帝国民を守る36協定などはない。
「食材買っても、どこで食べるのよ」
「そりゃ、俺の部屋だろ」
「え?」
「え?」
沈黙が流れ、かぐやがこちらを見る。
直後剣也から脱兎のごとく離れた。
両手で体を抱いて、護るようなポーズをしながら恨めしそうにこちらを見る。
「い、いきなり部屋に連れ込もうとするなんて! あんたの倫理観どうなってんのよ!」
「ち、違う! ちょっとだけだから! 少し休むだけだから!」
「やめて、触らないで!」
「こ、ここまで来てごねるんじゃない! 少しだけ! 先っちょだけだから!」
まるでホテルの前で急に気が変わった女性を連れ込もうとする男のようだと剣也は思った。
しかし懸命な攻防の末かぐやが折れる。
「ぜ、絶対変なことしないでよ?」
「しろってこと? うぐっ!」
(押すなは、押せの合図ではないのか…)
元の世界では、そういう法則だと聞いたことがあるのだがここでは法則が異なるようだ。
かぐやに腹を蹴られてうずくまる。
そもそも引きこもりにデートの誘いなどハードルが高い。
コミュ障ではないと信じたいが、人に話しかけるのはそれほど得意ではない。
かぐやとレイナに関しては、ゲームを通して散々話しかけたせいか一切苦にならないが。
ゲームのヒロインに話しかけるな? うるさい、だまれ。
「とりあえずカレーでいいか」
(よかった、見たこともない食材とかだったらどうしようかと思った)
スーパーは思ったより普通だった。
店員の目が死んでいること以外は。
四六時中働き、娯楽もない。
そんな生活を死ぬまで送らされるなんて、どれほど辛いことなのだろう。
「……」
それを見てかぐやは悲しい顔をする。
レジを通すとき、ちゃんとお礼をいうかぐやはやっぱり優しい子だと思った。
彼女はレジスタンス、日本の現状を憂うものなので、どうしよもないと分かっていても少し悲しい気持ちになるのかもしれない。
ひとしきり買い物を済ませて、剣也の家へ。
お金はKOGデバイスで支払った。
軍からいくらか支給されているようで、この世界は前の世界よりキャッシュレスが進んでいるみたいだ。
…
「ここが、あんたの部屋ね」
腕を組んで見下すように。
「散らかってすらいないほど、何もないけどね」
前の世界の部屋。
「でもなんだろう、落ち着くわね」
畳のせいだろうか。
剣也の部屋は6畳和室。
畳は日本人の心なので、かぐやもどこか懐かしく感じているのかもしれない。
そして料理を始める剣也。
一人暮らしが長かったため料理ぐらいはお手の物。
「へーちゃんと料理とかできるんだ」
「あぁ、カレーだし特にやることないから俺一人でいいよ、かぐやは……」
ふと思いつくのは、彼女と彼氏のやり取り。
こういう時、彼女が部屋に遊びに来た時彼氏がいう言葉は決まっている。
「先にシャワー。浴びて来いよ」
俺は決め顔でそういった。
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