第7話 白銀の氷姫
「私と戦いなさい、御剣剣也」
「メリットは?」
剣也はにやにやと笑いかける。
少しからかってやろう、そんな安易な気持ちで。
コミニケーションのつもりで。
「ゲスが。私に土下座でもさせたいのですか? あなたの性癖は歪んでいるようですね」
(あ、やべ。調子乗りすぎた)
ただでさえゴミを見るような目が、汚いゴミを見る目に変わった。
ゾクゾクするけど、今は好感度を上げなくては。
「そんなことは思ってないよ! あーそうだ! じゃあ剣也君と呼んでくれないか?」
作中では、君付けで呼んでくれていた。
ならばこの世界でもそうしてほしい。
それを聞いたレイナが少し驚く。
「?……いいでしょう。それが望みですか? 理解できませんね」
首をかしげて不思議そうに氷姫がこちらを見る。
あー綺麗だ、抱きしめたい。
しかしこの世界では関係は一切できていないので自制する。
多分あの腰の剣で叩き切られる。
するとアルフレッド教官が前にでた。
「では、レイナ君。頼むよ。お前もいいな」
「はい」「ええ」
「2級がクラストップになるなどあってはならぬ、帝国の歴史としてな。全力で頼む」
「教官、ハンデシステムは不要です。使った瞬間試合を止めます」
「!?……わかった」
(そういえば、レイナは軍神と呼ばれるこの国に駐在する軍のトップの娘だったな。
ムカつく奴だがこいつも大変そうだ。社長の息子だけじゃなく、上司の娘まで同じクラスか)
その様子を見る剣也が少しだけアルフレッドに同情するが、先ほどの態度から到底許せる存在ではないので考えを改める。
そして二人は向かい合う。
「じゃあ、よろしく。レイナ」
「慣れ合うつもりはありません」
相変わらず冷たいレイナ。
そして二人はシュミレーターへ。
そしてカウントが始まった。
3.2,1……Fight!
「さてと、お手並み拝見といき!?」
直後油断していた剣也の視界からレイナのKOGが消える。
これは、剣也がやった行動と一緒。
トッププレイヤーの基本技術。
「期待はずれ…ですか」
死角から一閃。
キーン!
しかしその剣は激しい火花と金属音で止まる。
「な!?」
その時レイナの表情は初めて崩れた。
(あぶねぇー油断したーー)
剣也は冷や汗を流しているが、そんなことはレイナにはわからない。
レイナが一度離れて、オープンチャンネルで剣也に話しかける。
「どうやって……完全に視界外からだったはずですが」
「視界外だったよ、完全に死角だった。だからわかった」
KOGは視界が悪い。
そもそもロボットなので死角はもちろん存在する。
人間に見えない範囲があるように。
「KOGの死角をすべて把握している。見えないなら死角にいるんだろ、消える前の位置からどの死角か逆算できる」
トッププレイヤーの基本技術。
それが死角への移動、それだけで低ランクは無双できる。
しかしトッププレイヤーの応用技術。
それが死角の把握、見えなくてもどこなら、どこの角度ならKOGから見えないのかをすべて把握し位置を逆算する。
それを聞いたレイナの声に感情が乗る。
「なるほど……そんな方法が……ありがとうございます」
素直に感謝を述べるレイナ。
敵からでも吸収するその姿勢は、素直に称賛する。
「はは、レイナらしいな。じゃあ、遠慮なくいかせてもらうよ」
「?…私の何を知っていると?」
(知ってるさ。ずっと戦ってきたんだから。どんな性格かも)
そして剣也とレイナの戦いが始まる。
ハイレベルな攻防、見ている生徒達は唖然とする。
自分達では理解できない、わかることは彼らは自分達の遥か上にいるということ。
「ぐっ!」
しかしやはり戦いは一方的だった。
(強いなレイナ、さっきのグッドとか言うやつの100倍強い…)
とはいえ、一撃で倒せるほど圧倒しているわけではない。
しかしHPがすでに半分を切っている。
「強い…。ここまで差があるなんて……パパ以来です、これほど差を感じるのは…!?…隙あり!」
オープンチャンネルを開けっぱなしにしているレイナ。
実は父親をパパと呼んでいるレイナ。
クールキャラの不意なパパという単語に剣也は不覚にも。
(いきなりパパは、キュンってするじゃないかぁ!! ってまずい!!)
推しに対するオタクの部分が隙を作る、しかしすぐに立て直す剣也。
「それにしても強いな…ダイヤ、いやマスターに触れるぐらいか?」
前の世界のKOGにはランク制度があった。
アイアン、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ダイヤ。
そしてその上に、マスターと呼ばれるそのサーバで最強の100人。
もちろん剣也はマスターの一位、プロを抑えてのアマチュア最強。
それでもダイヤに行くまでは相当時間がかかったのを覚えている。
しかしダイヤ程度なら簡単に勝てる剣也。
攻めあぐねているのは迷っているから。
(さてどうしたものか…)
剣也は悩んでいた。
勝ってしまうべきか。
威勢よく乗り込んだは良いものの、よくよく考えると勝つと都合が悪い。
ここで勝ってしまうと序列一位となってしまう。
ただでさえ2級は迫害の対象となっているこの世界。
一位になんてなってしまったら、どんな嫌がらせが待っているか。
暗殺まであり得る。
(剣也君呼びは、残念でならないが……ごめん)
だから剣也は負けることにした。
嫌がらせや暗殺は嫌だというのは本当だが、理由は別。
(ごめん、レイナ。今日はわざと負けさせてもらう)
彼にはやらなければいけないことがある。
そのためには今は自由に動きたい。
かぐやの時はつい体が動いてしまったが、後悔はしていない。
でも今は違う。
この場の勝利なんかよりも、もっと大事なものがある。
それは。
「二人の未来だから」
そして剣也は剣戟のさなか、彼女レベルにしかわからない隙を見せる。
誘われているのか判断できずに、レイナはそのまま流れるように一撃を入れた。
剣也のHPが全損し、勝者が決まる。
レイナ・シルフィード WIN!
「よし!」
「ざまぁみろ! 2級が!」
アルフレッドがガッツポーズをして、他のアースガルズ帝国民も歓声を上げる。
「あー負けちゃった、でもあの白銀の氷姫にいい線言ってたよな!」
「うん、やっぱり彼はすごいよ!」
しかしかぐやだけは直観で気づいていた。
(最後の一瞬だけ動きが変だった気がする…)
まだ違和感のレベルだが、いずれはるか高みへと至るエースパイロットは直観で理解していた。
彼が手を抜いていたことを、わざと負けたことも。
そしてレイナも攻防中は必死だったため気づかなかった。
しかし試合が終了し冷静になった瞬間気づいてしまった。
だから。
「ふざけないでください!」
シュミレーターから降りて向かい合う二人。
レイナは冷静さを失って怒りを露わに剣也を睨みつける。
感情が伴っていなかった目には怒りが見て分かるほど剣也を睨む。
「私の負けです! 2級の私にご指導いただきありがとうございました!」
しかし剣也は冷静に頭を下げる。
その様子にさらに拳を強く握るレイナ。
周りではアースガルズ帝国民のヤジが飛ぶ。
「くっ! 何故! なぜですか!」
「レイナ……わかるだろ。聡明な君なら理由ぐらい。俺がどういう立ち位置なのか」
「なにを!…………いや……そうですか」
そこでレイナは理解した。
手を抜かれた事実に怒りを感じたが、すぐ冷静になりレイナは理解した。
彼の環境を、彼が2級だという事を。
そして自分は何者か、自分達の関係を。
とたんにまるで子供のように声を荒げた自分が恥ずかしくなる。
「……すみませんでした。私の思慮が足りませんでした」
強く握った拳を緩めて、背を向けて立ち去ろうとする。
「でも、二人きりなら何時でも全力で」
頭を下げながらレイナにしか聞こえない声で剣也は答える。
レイナはその言葉を小さく反芻し、口角を少し上げる。
「二人きり………」
腰まで伸びた銀色の髪をなびかせて、勢いよく振り返る。
その氷のような瞳に剣也を映し、雪のように白い肌を少し赤く染めて恥ずかしそうにこちらを指さして言い放つ。
「約束です! 絶対ですよ!」
そして少しだけ笑ったような表情で。
「剣也君!」
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