第6話 一万と7000時間
俺は中学の頃虐められた。
親がいないというしょうもない理由で。
今思えば理由なんてどうでも良くて俺の態度のせいなんだろう。
高校に上がった時、俺と同じように虐められている奴をがいた。
どうしてだろう。
高校では静かに過ごそうと思っていたのに。
誰にもにらまれないように。
どうしてだろう。
身体が勝手に動いてしまったのは。
わからない。
しょうもない正義感だったのか。
力を持つ奴に力のない奴が歯向かったらどうなるか結果は見えていたのに。
その結果標的が自分に向かうことぐらいわかっていたのに。
…
「よし、操作方法はほとんど同じだな」
剣也はシュミレーターに乗り込んだ。
マニュアルを流し読みしていたから確信があった。
シュミレーターの操作方法は元の世界の操作方法とほぼ同じだった。
もちろん細かい部分は異なるが、些細なことだ。
「つい数時間前なのに、少し懐かしく感じるな……」
この世界に来てからまで4,5時間。
なぜこの世界に来たのか、この世界で何を望まれるのか、なにをすればいいのか。
そんなことはわからない。
今日は様子見だけで目立つ行動は避けるつもりだった。
まだこの世界のこともよくわかったいないのだから。
でもあんなのを見せられて黙っていられるわけがない。
この世界で何を為すのか、そんなことはわからない。
でも一つだけ決まっていることがある、やりたいことがある。
それは、ヒロインを守ること。
その一心があのクエストを突破させてこの世界へと剣也を誘ったのだから。
ならば救うしかないだろう。
恋してしまったゲームのヒロインを。
目の前に現れてくれた大好きな彼女を、だから。
剣也が操作するKOGが立ち上がる。
「へぇ! あれだけ大口を叩いたんだ。さすがに立ち上がるくらいはしてくれるよね!」
操作するKOGの手の平を眺める剣也。
「あぁ、この感覚。少し古いバージョンみたいだが、手足のように動く…」
操作の感覚はもう掴んだ。
前の世界の少し前のSeasonのKOGだが、プレイ済みだ。
「では、両者準備は良いな、では」
3,2,1…Fight!
「はじめ!」
「さぁーて、どうやってなぶってあげようかな!!」
(大層な自信があるようだが僕は一月このシュミレーターで練習したんだ! 2級ごときに負ける道理はない!)
グッドがまっすぐと剣也へと走り出す。
それを見る観客たちは動かない剣也を見て敗北を悟る。
かぐやも祈るように両手を合わせて見つめることしかできなかった。
「お前達がどれだけこのシュミレーターで練習したか知らないけどな………動きを見たらわかる。良くて一月だろう」
一月KOGの練習を彼らは事前に行っている。
大まじめにやったとして一日8時間、つまり240時間程度が限界だろう。
十分なプレイ時間だ、操作を覚える程度なら。
「まずはその右足から壊して立てなくしてあげよう!」
グッドがKOGに装備されている巨大な剣を振りかぶる。
KOGの標準装備の巨大な剣型の武器、先端はまるでビームのように光っている。
剣也はそれでも動かない。
静かに、揺れの一切ない水面のように。
「でもな……俺のプレイ時間は…」
ポツン。
水面に水滴が落ち揺れる。
剣也が動く、目にもとまらぬ速さで。
しかしこれは0から100への動きによる緩急とKOGの死角への移動テクニック。
前の世界のトップランカー、トッププレイヤー達の基本技術である。
「え?」
直後目の前から消えた剣也の機体をグッドが見失う。
剣也の称号はたくさんある。
廃人、廃ゲーマー、世捨て人、自宅警備員。
青春のすべてをこのゲームに捧げた。
不名誉な称号もたくさん得た、でもその称号はこの世界では名前を変える。
なぜならその費やした時間は、剣也のプレイ時間は。
世界チャンピオンへと至った世界最強のプレイヤーのプレイ時間は。
「俺のプレイ時間は…1万と7000時間だぁぁぁぁ!!!」
抗う力へと変わる努力と研鑽の時間だから。
「うわぁぁ!!!」
一撃のもと背後からの一閃で首を飛ばされるグッドの機体。
激しい揺れと閃光のもとKOGが爆発する、
そして現れる勝者を告げるメッセージ。
そのメッセージは言い逃れができないほど、勝者をはっきりと告げる。
御剣剣也 WIN!
「は?」
「え? 負けた?
「うそだろ? 何が起きた?」
アルフレッドは開いた口が塞がらない。
危なくなったらハンデシステムを使おうと思ったのに、まさか一撃で倒されるなんて。
「い、今のはなしだ! こちらが操作をミスした! 今のはなし!」
アルフレッドが今のはなしだと慌てて大きな声で宣言する。
「な、なんだ! 先生のミスか」
「そうだよな、ありえないよな」
アースガルズ人たちが安堵の声を上げる。
ただ一人、銀色の髪の少女だけは真っすぐと剣也を見つめていた。
(今のは……、教官のミス? そんなはずは)
「ははは、なんだ、先生のミスか! びっくりしたよ。あんなことありえないからね!」
そして再度システムが起動され、二人はもう一度相対する。
そしてアルフレッドは、パネルを操作する。
剣也の操作技術は危険だと、ハンデシステムを最大にする。
これなら一撃当たればHPは全欠損する。
逆に100、いや200回は当てなければグッドが負けることはない。
(いささか露骨だが、仕方ない。一体あいつは……御剣剣也…知らん名前だ)
「よ、よし! 準備ができた、それでは準備は良いか。もう一度はじめ!」
ひとまずこれで安心。
そう思っていたアルフレッドの顔はすぐに青ざめる。
(なんだ……なんだこれは……一体)
「何が起きてるんだぁぁ!!!」
グッドは叫ぶ。
その戦いを見たものがその戦いに感じたのは圧倒的な蹂躙。
ただの一度の反撃も許さない隔絶の技術差。
「どこだ! どこにいる! 卑怯者!」
KOGの中から通信でグッドが叫ぶ。
「卑怯? 力の差を卑怯と呼ぶのか? お前らの国では」
(これはハンデ最大にしたな……でもハンデシステムはダメージの補正のみ、当たらなければどうという事はない)
まるで別の機体だ。
高速で動く剣也に四方八方から剣で切り刻まれ、銃弾を浴びせられるグッドの機体。
「すごい……」
かぐやはその映像を見て声を漏らす。
先ほどの自信にたがわぬ力。
素直に思った、すごいと、まるで未来が見えているかのような動き。
かぐやはKOGに詳しくない、それでも見たらわかる。
極まった動きとはかくも美しいものなのだと。
激しい火花、銃弾と斬撃。
しかしすべては一方から放たれたもの。
5分ほどだろうか、ひとしきり蹂躙されたグッド。
「も、もう許して……うっぷ」
シュミレーターとはいえ、斬撃、銃撃の嵐で爆音とフラッシュと激しい振動が続く。
終わりすらないかと思われる長い時間グッドはそれにさらされ続けて精神が疲労。
そして激しい揺れで吐き気を催していた。
ハンデシステムによってHPがほとんど減らないグッド。
しかしついにその時はやってきた。
100回以上の攻撃をすべて受けてついにHPが全欠損。
そして表示されるのは。
御剣剣也 WIN!
勝者を称えるメッセージ。
「うぉぉぉ!!!」
日本人達が湧いた。
今度ばかりは言い逃れができない。
誰が見ても勝者は明らかだった。
(まさか……2級が勝利してしまうとは…いや、あれは2級なのか? 特別な訓練でも積まなければ…これでは、聖騎士クラス、いやそれ以上……)
アルフレッドは悔しさよりも驚きが勝る。
しかし認めざるを得ない。
勝者は2級で、敗者が1級。
勝者は日本人で、敗者はアースガルズ人。
この戦いにおいてのみ、歴史は覆った。
その二人がシュミレーターから出てくる。
「御剣君!」
かぐやが剣也に駆け寄る。
かぐや含めて多くの日本人達が剣也に駆け寄って拍手でたたえた。
「す、すごいよ! 御剣君! 君はすごい!」
「俺たちの希望の星だ!」
「かっこよかった!! スカッとしたよ!」
日本人にわちゃわちゃされる剣也。
そしてそれをかき分けて、かぐやが一歩前にでて感謝を述べる。
「ありがとう、御剣君……」
かぐやが剣也に感謝を述べる。
「じゃあ、ご褒美としてキスを…」
「はぁ?」
「というのは冗談で……じゃ、じゃあ俺のことは剣也って呼んでくれ。あとかぐやって呼ぶことを許してほしい」
「……ふふ、ぶれないわね。いいわ……特別よ。じゃああらためて。ありがとう、剣也!」
先ほどまで泣いていた少女が満面の笑みで微笑んでくれた。
それだけでこんな無茶もやったかいがあったってもんだ。
そして対するもう一人は。
「オボボボォォォ!!」
「き、きたねぇ!!」
「グッドが吐いたぞ!!」
激しい揺れで吐き気が限界にきたグッド。
盛大に朝食を吐いて、運ばれていった。
その様子を見てアルフレッドがため息を吐きながら宣言する。
「勝者は彼のようだな、で誰か彼に仇を打つものは?」
静寂が包む。
アルフレッドもいないとは分かっている。
しかしこれでは示しがつかない。
今日は序列を決めなくてはならないからだ。
このままでは2級がこのクラスで一位となってしまう。
そんなことは帝国の歴史で起きたことはないし、あってはならない。
しかし誰も手を挙げない。
その戦いを見ていたアースガルズ人は、アルフレッドと目を合わせない。
なぜなら敗北を悟ってしまっている。
認めたくはないがあの2級は自分達よりもKOGに関しては上だと。
だから誰も声を上げない。
ただ一人を除いて。
「前に出なさい、私が相手になります」
ゆっくりとシュミレーターの前に歩いてきたアースガルズ人。
その声を聞いた剣也がにやりと笑う。
聞きなれた声が自分に向けられているからだ。
「あぁもちろんだとも」
剣也は了承する。
売られた戦いは買う主義だ、誰だって向かってくる相手には全力で戦った。
そして今回の挑戦者は。
「御剣剣也君でしたね、先ほどは失礼しました」
その言葉に剣也が思い浮かべるのは教室での第一声。
「あなたに興味がないといいましたが訂正します」
銀色の髪をなびかせて、氷のような冷たい目。
自分以外はすべて興味なしとでもいわんばかりの冷たい目の少女。
その吸い込まれそうな氷のような蒼い瞳には。
「私はあなたに興味がある」
確かに剣也が映っていた。
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