第5話 敗北者とイレギュラー

 二人が乗り込む。


「マニュアル通りね。必死で読み込んだ。私ならやれる! 頑張れ、私!」


 かぐやは自分を鼓舞する。

シュミレーターは今日が初めてだ。


 そもそもKOGには年齢制限があり高校生つまり15歳からしか乗れないことになっている。

幼過ぎるとそもそも足が届かないし、操作できない。


 KOGが危険だという事もあるのだが、そもそも軍人になれるのが15歳だからだ。

アーズガルドでは15から成人として扱われる。


「ふふ、楽しみだね。悔しそうに涙を流す顔を見るのは大好きだよ」


「二人とも準備はいいな。では」


 二人の画面の前にはカウントダウンが現れる。

3,2,1…Fight!


「はじめ!」


(頑張れ! かぐや!)


 剣也には応援することしかできなかった。

かぐやはエース級のパイロットだ。

しかしそれは今なのか、未来なのかわからない。


 しかし結果はすぐにわかることになる。


「ぐっ!」


「ははは! やるじゃないか! ちゃんと立ててるぞ! 偉い偉い!」


「な、舐めるな!!」


 かぐやは必死に動かす。

しかし今日初めて操作できるほどKOGの操作は簡単ではない。

それは剣也が一番わかっている。


 慣れるだけでも丸一日はかかるだろう。

剣也だって夢中で操作の練習をしたが、最初は立つだけでも苦労する。


 その戦いを見る剣也は理解した。

かぐやはまだエース級などではない。

全くの初心者だと。


「ほら!」


「くっ!」


 完全に弄ばれている。

とどめを刺すのは簡単なはずなのに。

何度も転ばして立ち上がるのを待っている。


「おい、グッド! ほどほどにしてやれよ! 可哀そうだぞ!」

「降参だってできるんだぞ! 降参しろ!」

「そんなしょうもないプライドあるから負けるんだよお前たちは!」


 言いたい放題のヤジが飛ぶ。


(操作は少しは慣れてきた。これなら!)


「な!?」


 かぐやが反撃した。

予想外の攻撃だったようで、少しグッドがよろめく。


「よし! いけ! かぐや!」

 

 剣也は応援する。

周りの日本人達も祈るように眺める。


(さすがは未来のエースパイロット、勘を掴むのが早い!)


 まだ動きはおぼつかない。

しかしそれでも少しずつ上達しているように見えた。

徐々にグッドとかいうアーズガルド人を押している。


「くっ!」


「はぁ!!」


 それを見るアルフレッドがシュミレーターを起動する操作パネルへと移動した。


「おい、これやばくねぇ?」

「グッド負けるなんてことねぇよな?」


 このままならいける。

剣也含め、日本人達が固唾をのんで見守った。


 しかし徐々に様子がおかしくなる。

押しているはずのかぐやのHPの方が減る速度が速い。

そしてグッドの方はダメージが少ないように見える。


(まさか…これって)


 感付いた剣也はアルフレッド教官を見る。

パネルを操作しているのが見えた。


(そういうことか……これは…)


「なんで? なんで押し切れないの!?」


 かぐやは混乱していた。

ダメージの交換になるはずの攻撃が一方的なまでにこちらのHPを減らしている。


 剣也は知っていた。

この現象を前の世界で知っていた。


(これは…ハンデシステムか)


 ハンデシステムとは、実力のあるものが無いものと遊ぶための機能だった。

主にダメージの軽減や増加を行える。

本来は実力差のある友人同士で二人ともが楽しむためのシステム、しかしここではそんな使い方はされていない。


(それほど勝たせたくないのか…)


「ふふ、ははは! やはりお前達が勝つことなんてできないんだよ! 劣等種!」


「どうして……きゃぁあ!!」


 激しい揺れの元勝者が決まった。

かぐやの操作するKOGが煙を上げて爆発する。


 グッド WIN!


「あぶねぇぞ、グッド!」

「さすがに負けはねぇよな!」


「ふふ、少し相手に花を持たせてあげただけさ。僕はほら博愛主義だから」


 汗まみれの額をハンカチで拭いながらべたつく髪をキザに書き上げる。


 そしてかぐやもシュミレーターから降りてきた。


「おかしい! おかしいわ、あんなの!」


「はぁ、認めたまえよ。見苦しい」


「そうだぞ、だまれ、黒神。さっさと負けの宣言をしろ」


 アルフレッド教官が向かい合う二人の前に立ちかぐやの主張を殺す。


「で、でも!」


「私に逆らうのか? 2級軍人が」


「……あ、あんなの……っ!」


 それでも口答えするかぐやの頬をアルフレッドが強く叩く。

かぐやは口を切ったのが、血が滴る。


「全く見苦しいよ? 自分の負けも素直に認められないなんて。まずはそこからだよ、君達は。戦争に負けたことをしっかりと認めて、立場を理解したまえよ。頭が悪いんだから」


「……」


 かぐやが震えている。

怒りだろう、悔しさからだろう。

しかし敗者は全てを失い、勝者は全てを手に入れる。


 それが侵略戦争の結果。


 まるでそれを体現するかのような理不尽な仕打ち。


「どうした? 早く宣言したまえ。あ、土下座も忘れずにね」


 その一言はプライドの高いかぐやの心をえぐった。


「うっうっ……」


 かぐやはうつむいて下を見る。

嗚咽を漏らして悔し涙を流している。


「おいおい、泣くことはないじゃないか。これでは僕が弱い者いじめしているみたいじゃないか。僕はこの世界のルールを教えてあげているだけだよ? だから…さっさとしろ! ノロマ!」


 それでもかぐやは動けない。


 ゆっくりとグッドがため息交じりに近づき、かぐやの顎を持ち上げて、泣き顔を見る。


「まったく……でも君中々顔は悪くないね」


 涙を隠すことすら許さないグッドはかぐやを見てゲスな顔を見せる。


「そうだ、僕の専属性奴隷にしてあげよう。ちゃんと奉仕できれば、子供を産む権利もあげよう。そうすれば君の子供は1級だ。土下座しながら嘆願するといい。それしか君達にはできないんだから…ほら! 早くしろ! クズ!」


 ささやいたかと思うと、突然大きな怒鳴り声をあげ、かぐやを脅すグッド。

それに身体を震わせたかぐやがびくっと跳ねて、顔が青ざめる。

ゆっくりと涙をこぼしながら膝をつこうとした。


「うっうっわ、わたしの……」


「声が小さい!」


「わ、わ˝た˝し˝の!」

 

 かぐやが膝をつこうと腰を下げる。

それをみてグッドが下卑た笑みを浮かべる。


(あーきもちぃー)


 興奮して光悦の表情を浮かべるグッド。

人を虐げて見下すことに快感を感じる最低な男だった。

しかし。

 

「え?」


 しかし彼の思い通りにはならなかった。

寸前でかぐやの身体は支えられて膝をつかない。

一人の少年によって、かぐやが支えられる。


「なんだい、君は。今いいところなんだが?」


 膝をつこうとするかぐやを腕で支えたのは剣也。


「認めなくていい、さっきのは君の勝ちだった」


 剣也は震えていた。


 抑えきれない怒りで。


 かぐやが辱めを受けている光景に怒った。

ここは静観するべきだと我慢していたのに。

この世界のことを良く知らない今は目立つ行動は避けるべきなのに。


 頭ではわかっていた。

それでも止められなかった。


 自分の心が、心臓が、彼女を助けろと鳴動する。

彼女が泣いているのを眺めるだけなんてどうしてもできなかった。

だから勝手に体が動いてしまった。


「グッド…でよかったな」


 静かに剣也は声を出す。

噴火寸前の火山のように、怒りを押し殺して。


「呼び捨てにされる覚えはないのだが? なんだい、君は」


「俺とも戦ってくれないか?」


「僕に何かメリットでも?」


「俺が負けたら裸で土下座してやるよ」


「ふふ、ははは! それで守ったつもりかい! ダメだ! 二人とも裸で土下座するぐらいでないと」


「いいだろう」


「ちょ、ちょっと! あんたまで巻き込まれる必要は……」


「かぐや、信じてくれ。俺は負けない」


 剣也はかぐやを真っすぐと見つめる。

かぐやは、その目に何も言えなくなった。

根拠なんてない、勝てるはずもない。

でもなぜか信じてしまう、そんな気持ちにさせられる。


 それほど彼の目は燃えていて、まっすぐと前を向く。

自信に満ちて、つい頼ってしまいそうになる。


「いいですか? アルフレッド教官」


「ふむ…」


(なにか自信ありげだが、ハンデシステムがある限り問題ない…か)


「いいだろう、やりたまえ。存分に自分の立ち位置を知るがいい。これも教育だ」


「……じゃあかぐや、行ってくるよ」


「え? う、うん…」


 震えるかぐやをその場で座らせて剣也は向かう。

かぐやには後ろ姿しか見ることはできないが、その背中が、今まで変人だと思っていた少年の背中が。


 幼き頃の自分を守ろうとしてくれた兄の背中に重なった。


「ふふ、楽しみだね。まぁ男の裸になんか興味はないが」


 両者がシュミレーターの前で向かい合う。


「俺が勝ったら彼女にはもう手を出さないと誓ってもらう」


「は! 2級ごときがこの僕に勝てると? いいだろう。誓ってやるよ。その代わり僕が勝ったら一生僕の奴隷になると誓え」


 二人は向かい合う。

まっすぐ睨む剣也、見下すグッド。

対照的な支配者と奴隷、黒髪と金髪。

日本人とアースガルズ人。


 ただし、この奴隷、もとい日本人は。


「では、始めたまえ」


 この世界のイレギュラー。

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