第2話 Knight of the Giantの世界

 もしも憧れの世界に来たらどうする?


 日本男児なら一度はあの世界に行きたいと思うようなゲームをプレイしたことはあるだろう。


 少なくとも俺には合った。

それがKnight of the Giantの世界だ。


 じゃあ実際そうなったらどうなるか。


 答えはこうだ。


「……はぁ?」


 開いた口が塞がらない。

窓から見える光景をしばらく眺めることしかできない。

いまだ現実が信じられない、これは夢なのかと何度も頬をつねるが痛みしかない。


「まじ? 嘘だろ、え? ほんとに?」


 フルダイブ? どっきり? 催眠?

あらゆる可能性でその光景を否定しようとする。

しかし。


「現実だよな」


 目が、鼻が、耳が。

あらゆる感覚が、これは現実だとたたきつけてくる。


 思い出すのは最後のメッセージ。

『NEWルートが解放されました、挑戦しますか?』


 あのメッセージが意味することを真に受ければ。

つまりここは、あの世界なのだろう。

あの青春のすべてを費やしたゲームの世界。


 そして剣也は、もう一度机に置かれた封筒を見る。

中にあるのは、学生証、そして入学証明書。


「入学は4月1日、それにこの学校は散々ゲームの舞台になった学校だよな」


 封筒に入っていたのが学校のパンフレット。

見れば見るほどKOGの世界で主人公が入学していた学校。


 正式名称をアースガルズ帝国第13番軍事養成学校。


 いわゆる軍人を育てる学校だ。

しかもただの軍人ではない、KOGを乗りこなせるパイロットの養成学校。


「こんなことなら設定全部読んどくんだったな、まぁこんなこと予想できるわけないけど」


 やはりKOGの世界に転移? してしまったようだ。

現状はよくわからない、しかし混乱してばかりもいられない。


 この世界のことを良く知らないのだから。


 不安なのか、期待なのか。

鼓動が鳴る、心臓の音が耳まで聞こえているのではないかと思うほどに。

剣也はワクワクしていた。


「ところで今は何時だ? っというか何日だ?」


 ふとポケットに入っているはずのスマホを触る。

しかし存在していなかった。


 その代わり、机の上には似たようなデバイスが置かれている。


「これは、あれか? 主人公達が持ってたスマホみたいなやつか?」


 触れて起動する剣也。

すると画面が映し出されて今日の日付が表示される。


「えーっと帝国歴320年の…4月1日!?」


 4月1日 8時。

入学式は8時半からなので急いでいかなくてはいかないようだ。

訳もわからないが、それでも入学式には出ないといけないだろう。

この世界が何なのかもわかっていないが、初日から遅刻して目を付けられたくはない。


「何が起きてるかよくわからないけど、とりあえず行くか。何かわかるかもしれない」


 引きこもりの剣也だが、別に家から出れないわけではない。

というか普通に買い物にだって行く。

単純に学校に楽しさを感じていなかっただけ、それと嫌いな奴…というか嫌われている奴がいるのが最も大きい要因だが。


 ふと思うのは、この世界では俺は俺なのか?

鏡の前に立つ剣也、もしかしたら別人に転生しているのかと考えた。


 しかしそれは杞憂だった。


 そこには、生前? いや、死んでいないので元の世界の剣也が立っている。

高校1年生の頃のフレッシュで、そして見慣れぬ軍服のような制服を着ていた。


「制服まで用意してくれてるなんてな……」


 その制服はパイロット養成学校の生徒達が来ていた制服と同じ。


 机の上にあるものを全てかき集めて鞄に詰めて扉を開ける。


 太陽だけは変わらずに剣也を照らす。

眩しい朝日に身を焼かれ、いまだ信じ切れない頭を必死に動かし、目的地へ。


 剣也がいたのはどうやら学校の寮のようだった。

入学者らしき人がちらほらと同じ建物から出てくる。

ロボットがある世界だが、別に近未来のような建物ではない。


 普通に洋風なだけの住宅街だった。


 あたりを見渡しながら少しだけ距離のある学校へと地図を見ながら小走りで走っていく。


(それにしても……日本というには少し雰囲気が違うな…)


 あたりの光景、人々の服装。

全てKOGの世界のもので、違和感を感じさせる。


「……ついた、ここが」


 パンフレットの地図通りに目的地へ向かい真っすぐに走ってくるとそこは、先ほど窓から見えたまるで軍事基地と併設している建物だった。


 デバイスーこれからはKOGデバイスと呼ぼうーを開いて時間を確認すると8時15分。

まだ時間の余裕はありそうで、自分と同じような生徒がちらほらと門をくぐる。


 すると複数の取り巻きに囲まれた生徒が入ってくる。


「ロード様! 本日のご予定です」

「あぁ…」

「ロード様! ご入学のご挨拶に選ばれるとはさすがです」

「あぁ……」

「ロード様!」「ロード様!」


 取り巻きに持ち上げに持ち上げられる金髪のイケメンだが小柄な少年。


「あれは……ロードか!?」


 囲まれているのは、ロード・アースガルズ。

アースガルズ帝国の第2王子。

ゲームの中でも主要人物の一人のはず。


 策略家、確かKOGの世界の設定では常勝の軍師。

それに人種よりも実力を見る、そんなリアリストだったような気がする。

うろ覚えだが、KOGのパイロットではないのでそこまで記憶にない。


 剣也は茫然とその場で突っ立ちロードを眺めていた。


「おい! おまえ!」


 するとその様子に気づいた取り巻きの一人に声を掛けられる。


 自分を指さし、俺ですか? という顔で見る剣也。


「お前だ、お前! 劣等人種!」


「俺?」


 自分に指さす剣也。

周りがざわめきだすが、見渡せば何人かの生徒が膝をついて下を向いている。


「そこの黒髪! お前2級だろ! なぜ膝をつかない!」


(何を言っているんだ?)


 剣也が首をかしげる。


「いいだろう、劣等人種。あくまで歯向かうと言うんだな」


 取り巻きがいきなり腰に携えた剣を抜く。


「別に私は構わないが…」


「殿下、お止めくださらないでください。知らしめる必要があります」


「へぇ!?」


「敗戦国の劣等人種がぁ! 皇族の前では頭を垂れろ!」


(まじ?)


「すみませぇーーん!!」


「うげぇ!!」


 取り巻きが剣を振り上げる直前。

剣也が後ろからドロップキックをかまされる。


 転がる剣也の頭を掴まれて地面にこすりつけられる。


「す、すみません! こいつちょっと頭があんぽんたんでして! ちゃんと教えておきますんで。ここはなんとか!」


「お、おい!」


「黙りなさい! ほら! あんたも謝って」


「す、すみませんでした」


 あまりの剣幕にとりあえずこの場は従った方がいいと感じた剣也は謝る。


「ふん! 分かればいいんだ。これからは我が帝国の手足となってその無駄な命を散らせるがいい」


 そして取り巻き達は去っていく。


「あんたバカなの!? 皇族の前では私達は頭下げないと不敬罪で切り殺されても文句いえないのよ!?」


 顔を上げた剣也にすごい剣幕で怒ってくる少女。

黒い髪にセミロング、短いスカートから伸びる健康的な足。

きりっとして芯の強そうな猫目の少女。

胸は…まぁないけど、その代わりしっかりと鍛えられた四肢は引き締まる。


 軍服のような、高校生の制服のような服を着こなし剣也の前で腕を組む。


 はっきり言おう可愛いと。


 何度も見た、夢でも見た。


 しかし現実は、違った。

この両の目で見る少女は仮想の映像の比ではない。


 数倍可愛い。


 気性の粗さはそのままに、それでいて本当は優しい少女。

このゲームのヒロインの一人。


 黒神 かぐやがその場に立っていた。


 剣也はゆっくりと近づく。

信じられないと手を伸ばす。

その目に感動の涙が滲んでいた。


 そして。


「かぐやぁぁ!!」


 抱きしめた。


「きゃぁぁぁ!! なにすんのよ! この変態!!」


 ビンタされて空を舞う。

そのあとめちゃくちゃ蹴られたし踏まれた。

我々の業界ではご褒美です。


 ゲームの中では何度か抱きしめたことがあった。

そのせいか体が勝手に動いてしまった、決して俺は変態なんかじゃない。


「はぁはぁはぁ、まさかバカじゃなくて変態だったとはね。助けて損したわ」


 正座する剣也の前で腕を組みゴミを見る目で見下すかぐや。

相変わらずのツンデレ具合だ。

ツンしか見たことはないが。


「ご、ごめん。つい…。でも助けてくれてありがとう。俺は御剣剣也だ。よろしく」


 差し出された手を汚物を見るような目で見るかぐや。

そんな目で見ないで、ゾクゾクするから。


「はぁ…まぁいいわ、数少ない日本人だしね。それにあんたの気持ちもわかるから」


(え? 俺の気持ちがわかるってかぐやも抱き締めたかったの?)


 かぐやは刺し伸ばした手を握り握手してくれた。

その目は少し寂しそうに。


「頭を下げたくないのはわかるけどだめよ。私だってはらわた煮えくりかえるけど。根性だけは認めるわ」


(あ、そっちか…)


 そしてかぐやの言葉で剣也は思い出す。

この世界の状況を、この国の現状を。


「あぁ、そうか。思い出した…」


 2級アースガルズ帝国民という入学証明書に書かれた文字の意味も。


 この世界は。


 いや、この国は。


 見上げるのは、学校に掲げられた国旗。

しかし見慣れた日の丸ではなく、そこには全く別の国旗。


 盾と剣の紋章。


 つまりこの国、元日本は。


「アースガルズ帝国に占領されているんだった」

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