第44話 初詣
「おい駿太、お前柴本莉緒と付き合ってんだってな」
二学期の終業式を明日に控えた日の放課後、教室から徐々にクラスメートが出て行って、自分もその波に乗ろうとした矢先、山崎克哉にいきなり腕で首を組まれた。それは組まれたというより絞められたと言った方が正しいかもしれない。
「いや、それ最近よく聞かれるけど、付き合ってないよ」
「本当か?」
「本当だよ」
「嘘だったらどうなるかわかってるよな」
耳元に息を感じた。それは俺にしか聞こえないような、怒りを含んだ囁き声だった。
そして年が明けたその日、以前から莉緒と約束していた初詣に行った。誰にも会わないように、それは早朝の逢瀬となった。
そんな年明けの早朝に、小さな神社にそう人はいないと思っていた。が、思いのほか人出があった。さすがに学生などの若い人は見かけないが、それでも同級生の親がいないとも限らない。誰かが俺か莉緒を知っていたら噂になるかもしれない。そんな不安を察したのか、莉緒が「離れてお参りしてこよっか」と言ってくれた。
「今日、会えただけで嬉しいから」
別れ際、莉緒はそう言った。俺はその時、何だか自分の小っささを感じた。せっかく二人できたのに、莉緒を一人でお参りさせたことに後ろめたさを感じたし、心のどこかで、なんでこんな思いをしなきゃならないんだろうという気持ちも微かにあった。
そしてそんな二人の様子は、三学期に入った頃にはしっかり広まってもいた。やはり誰かか誰かの親にでも気付かれたのだろう。俺の後ろめたさは、山崎克哉に対してもあったし、耳に入っていたにもかかわらず何も言ってこない山崎克哉に対しては、不穏な空気も感じていた。
それからも莉緒とのお喋りは続いていたが、それは以前のようにただ楽しいだけでなく、抱えた後ろめたさの分だけ気の重さを持つようになり、三年生になる直前には莉緒の方から「別れよっか」と言ってきた。それは莉緒の気持ちが変わったからではなく、この状況が苦しくなっている俺のことを考えてのことだったのだろう。
莉緒はどこまでも、俺を想って動いてくれていた。
そして三年生になったその日、莉緒の姿は学校になかった。
その日、莉緒が一番仲良くしている幼馴染の沢辺絵里を帰り道で捕まえ、莉緒はどうしたのかを聞いた。いや、正確には絵里が待ち構えていたと言った方が正解かもしれない。
「広川君さ、莉緒になんかした?」
「え?どういうこと?なんかって、なに?」
「莉緒と噂になってたよね?莉緒が広川君のこと好きだったのは知ってたけど、莉緒は否定してたし、だから付き合ってるとは思ってなかったけど……なんか様子が変なんだよね。寝込んでるって聞いたから三日に会いに行ったんだけど、話しているときに広川君から手紙が来て……会いに行ってとか、なんかそこからハッキリしないんだけど」
「え?俺から手紙?会いにって、俺は手紙を書いてないし会ってもいないけど……」
「はぁ?どういうこと?会ってないの?どうなってんの?っていうか、莉緒となんであんなに噂になったの?なんか身に覚えがあるんじゃない?」
「いや、ないっていうか、ないけど、……あるっていうか」
「は!?なんだかハッキリしないね。莉緒、あんたのどこに惚れたんだよって感じ」
「ごめん。ちょっといろいろよくわからなくて……柴本さん、なんで今日休んだの?」
やっと口にできた。今日一番聞きたかったことだ。
「だから、寝込んでるんだってば」
寝込んでるって、三日からってことは、もう四日間も寝込んでるのか。別れてからは、四月に入ってからは電話で話もしていない。たった一週間で、何があったんだろう。胡散臭そうなにらみ顔を残した絵里と別れてから、絵里の話を頭の中で繰り返した。
俺からの手紙、俺と会う……でも、俺には覚えがない。何かすごく嫌な予感がした。
家に帰り着くと、まず莉緒の家に電話をかけた。平日の昼間、家にいるのは莉緒か妹だけだろう。莉緒が出るといいなと思いながら待つと、出たのは妹の方だった。確か四月から六年生だ。
「お姉ちゃん、気分が悪くて出られません」
「少しでも無理かな?」
「聞いてみます」
結局、莉緒は電話口に出てくれなかった。今までの莉緒では考えられないことだった。が、別れたのだから当たり前かとも思ったが、気になって仕方なかった。悩んでいても仕方ないと、自転車にまたがったが、この自転車そのものが目立つのかもしれないと思い、歩いて莉緒の家に向かった。
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