第45話 偽造

 莉緒の家の前まで行くと、周りに目を遣った。知っている人が誰もいないかを確認したかった。それを確認し、莉緒の家のチャイムを鳴らした。幾度となく鳴らしたことのあるチャイムだ。多分、出てくるのは妹だろう。そう思ったが、誰も出てくる気配がない。もう一度チャイムを鳴らしてみたが、やはり誰も出てこない。俺は莉緒の部屋の窓見上げた。その時、カーテンの隙間に莉緒がいる気配がした。


 避けられてる?


 なんだか怖くなった。意味が分からなかった。俺が知っている莉緒がそんな態度をとるとは考えられず、俺が知っている莉緒とは違う人がそこにいるような気がした。


 俺は莉緒がいるその窓を見上げた。怖かったけど、莉緒がこっちを見ている気がして、しばらくそうしていた。


「広川……」


 いきなり名前を呼ばれ、心臓が跳ね上がった。


「沢辺……なんで……」


「先生に頼まれたもの持ってきた。……あと、広川君には会いたくないって言って欲しいって……」


「莉緒が?」


「莉緒……ね。やっぱあんたら付き合ってんだ」


「もう付き合ってないよ。莉緒と話がしたいんだ。何とかしてくれないか?」


「なんで私が……って、でも莉緒なんかおかしいし、話してみるよ。でも今日は帰って。莉緒が会いたくないって言ってるんだし、帰ってくれるなら話してみる」


「わかった」


 結局、莉緒とは会うことができなかった。沢辺絵里からは、「どうしても嫌」だと言づけをもらっただけだった。意味も訳も分からないまま学校に来ない莉緒に、出てくれない電話を時々かけ続け、莉緒のいない卒業式を迎えた。


 莉緒がいないまま高校も卒業し、成人式で帰省しても莉緒の姿がなく、それでも時々莉緒の家に電話を入れることは欠かさなかった。


 そしてその一年後の年末、帰省した実家で莉緒の家にかけた電話で、初めて莉緒の母親が話を始めた。


「ずっと気にかけてくれてありがとう。莉緒は今、ここにはいません。二年ほど前から私の実家の家業を手伝うために行っています。ここには時々帰るだけで、この先もここで暮らすことはないと思いますよ。だから、もう電話をかけてこないでね。……莉緒があなたに何も言わないでというから黙っていたけど、これだけは言わせてね。多分、あなたは悪くない。今までこれだけ気にかけてくれたのだから、それは莉緒も私もわかっている。でもね、やっぱり私はあなたを許せないと思ってしまうの。莉緒があんな目に遭ったのも、あなたの呼び出しがあったからで、本当はあなたは名前を使われただけなんでしょうけど、でもね、やっぱり私はどうしてもあなたを許せない気持ちになってしまうのよ。だからもう電話もかけてこないでね。もう、忘れたい人だから」


 それだけ言うと、莉緒の母親は俺の言葉など何一つ聞かず切った。


 何があったのか全然わからなかった。意味も訳も分からなかったが、想像したことはあった。手紙で呼び出した『俺』が何をしたのか、何があったのか、想像しながらも目を瞑っていた。


 その足で山崎克哉の家に向かった。


 半分寝ぼけ眼の克哉に、子供の頃に遊んだ象の公園に来いと、半ば強制的に連れ出した。中学生の頃、なんでこんなふうに強くコイツに出られなかったのだろうか……なんで恐れたんだろうか……子供の頃は普通に遊んでいられた相手だったのに。不良と呼ばれる先輩たちとつるむようになってから、怖いもの知らずな行動が目に付くようになり避けてきた。


「なんだよ。何の話があんだよ」


「莉緒のことだけど。お前、なんか知らないか?」


「何かって、何だよ。今更何だよ」


「今更だから聞いてるんだ。なんで莉緒は学校に来なくなったんだ?なんで家から出てこなくなったんだ?」


「知らねーよ」


「お前だろ、俺の名前で莉緒を呼び出したの。わかってんだ」


「だから今更何だよ」


「今更だから聞いてんだよ」


「ふっ。聞かないほうがいいよ。だいたいさ、お前、莉緒と付き合ってないって、あの時言ってたよな。なら関係ないじゃん。どうでもいいことだろ」


「莉緒に何をしたんだ」


「うっせーな。うっせーんだよ、聞かねー方がいいよ。うっせーんだよ」


「何したんだ!莉緒に何をした」


「……うっせーな……可愛がってやっただけだよ」


 カーっとなった。なぜそんなにカーッとなってしまったのか、初めての感情で、自分でもわからなかった。ただ、カーッとなって気づいたら克哉の胸倉を掴んで殴り飛ばしていた。握った手のまま拳を振り下ろしたのは生まれて初めてだった。


「仕方ないだろ。逆らえなかったんだよ。俺だって、……下っ端の俺のために、先輩が……」


「は?どういうことだ?……どういうことだっ、何したんだ!!」


「最初にやったのは先輩だ。先輩と先輩の兄貴分の人と……それから……」


 克哉が最後まで何を言ってたのか覚えていない。


 気づいたときには、手錠をはめられた手が真っ赤だった。

 

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