第42話 苦悩
「おい、話は済んだか?」
「うん。二人で話せるように時間潰してくれて、いつもありがとう」
「本当に今年最後でいいのか?来年も再来年も、何回でも付き合うぞ」
「ありがとう。でもいいの。いつか区切りをつけなきゃって思ってたし、五十年って節目でもあるしね」
あの日、戻ってきたのは清恵だけだった。
「おい、大丈夫か?体調が悪いならホテルに戻るか?」
その声に目を遣ると、夫がいた。未知留の絵を展示していたギャラリーには、義両親の介護前に趣味でやっていたパッチワークの作品が並んでいて、清恵はそれを旅行先で見つけて入っていた。
私の人生は、そう変化のないものになっていたようだ。夫はここにいるし、娘たちも変わらず自分たちの暮らしをしていた。考えてみたら、もともと小学六年のあの日から、未知留は清恵の前にはいたことがなかった。だから清恵の人生にもたらした変化は、小学六年で未知留とストーブを倒すことのなかった未来だ。未知留とは……その一年前に別れることになったのだが。
自分の手を汚さなく済んだ未来は、清恵に安堵をもららした。生涯背負うはずだった罪が消え、心の淀みが消えた。その代わり、未知留の消えた未来に心を痛めることになった。手元に残った戻り時計はもう一度使えるはずだ。未知留はそう言っていた。これを使って、未知留のいるギャラリーに戻って、過去に戻らない選択をしてみようかと何度も思った。が、自分の手を汚す過去をまた自分が持つことが怖かった。苦しかった。あのことが自分の人生の中で、どれだけ心を痛めつけたのかを清恵は知っている。
「私の正義感って、なんだったんだろう」
未知留はあの時、『一人だけで戻らせないっ』と清恵に怒声を浴びせた。
「ごめんね、未知留ちゃん」
あの日から五十年。供養に訪れた未知留の墓にそう呟いて、清恵は背を向けた。
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