第33話 発覚
「また何かあったら連絡ください」
そういって仕事用のスマホのラインを教えた。いや、ライン交換をした。美緒にはこれが仕事用だとは教えなかった。そしてその日のうちに、礼の言葉が入りそれに返信し、そして返信に返信が入り、美緒が部屋を借りて三ヶ月が経つ頃、美緒の部屋で結ばれた。
「仕事が終わったら仕事用のその指輪、外してね」
その言葉通り、美緒の部屋に行くときには指輪を外すようにした。
上手く立ち回れたということだろう。美緒は祥吾が妻帯者であることに気付かないまま、妻の美晴に祥吾の浮気がバレないまま五年の月日が流れていた。
そして、美緒の兄に妻帯者であることがバレた。
美緒は自分のことを、自分の恋人のことなど家族にベラベラ喋るタイプではなかった。そのため、三十をとうに過ぎても彼氏の存在などまるでない美緒に、しつこいくらい婚活を進め、美緒は彼氏がいると兄に伝えた。
「いつか独立したいと考えているんだ。だから結婚は独立して安定してからで」
付き合い始めて三年が過ぎた頃、苦し紛れについた嘘を美緒はずっと信じ、それを兄に伝えていたことを知ったのは、いつまで経っても結婚しそうにない美緒を心配し、祥吾のことを調べた兄の手によって、あっけなくバレてしまったときだった。
美緒の兄、隆雄は冷静な男だった。
『部屋を探したい』
そう言って来店し、妹が世話になったことがあると、祥吾を指名した。そして、内覧希望と口実を作り、空き部屋に案内した。
「騒ぎを起こして美緒を傷付けることだけは避けたい。それが最優先だ。まず聞きたい。これからどうするんだ?女房と別れるのか?それとも美緒とは遊びか?」
「申し訳ありませんでした。美緒さんを好きになってしまいました。遊びのつもりはありませんでした。でも……」
「でもなんだ?女房とは別れないということか?」
「すみません……考えたこともなくて」
「じゃあ、美緒と別れるのか?独立したら結婚するんじゃなかったのか?」
「すみません。美緒さんのこと好きになってしまいました。離れたくなくて本当のことが言えませんでした」
「じゃあ美緒と別れるのか?美緒の五年はどう責任を取るんだ?美緒の五年の責任は、キチンととってもらうぞ。責任の一つとして、まずお前の女房にお前のしでかしたことを話せ。話せないなら俺が話に行く。高校生の付き合いの話じゃないんだ。当人同士で済む話じゃないぞ。結婚をチラつかせていたんだからな。結婚となると互いの家族とも親戚になるって話だ。そんな話を持ち出していたんだから、家族にも知ってもらう必要がある」
「すみません……すみません、妻には……本当に勝手だってわかってますけど、妻には……」
「なんだ?妻を傷つけたくないとでもいうのか?」
「美緒さんも、傷つけたくありません」
「ふ、ふざけるな。このままで済むわけないだろ。お前は選ばなければならないんだ。女房か美緒か。だがな、お前が二股かけてたって知ったら、女房はどうするだろうな。家族でい続けてくれるかな?美緒はどうするだろうな。一発殴って別れられるだろうか。美緒はお前を信じていたぞ。いつか独立するお前との未来を信じていたぞ。お前に騙されていたことを知ったら何をするかわからないぞ。どうするんだ?お前、どうするんだ。美緒を傷つけるなよ。美緒を傷つけたら俺も黙っちゃいないからな。よーく考えろ」
よーく……考えたさ。とっくに考えた。けど、どうしていいのかわからないからこうなっているんだ。妻と子供たちとの生活は絶対に失いたくない。けど、美緒は……美緒も失いたくない。美緒といる時間は安らぎを与えてくれる。美緒を愛している。美緒を幸せにしたい。美緒と幸せになりたい。でも……堂々巡りになってしまう。妻も大切だと思っている。失いたくない。
祥吾は今まで何度も考えたことを繰り返し考えた。答えが出ない。でも、今までと違うのは美緒の兄に知られたことだ。結論を出さなければならない……
あの時、なんで独身のふりをしてしまったのだろう。指輪はお客様を安心させるためなどと、なぜ言ってしまったんだろう。あの時、ちゃんと……
「ふっ」
結論は出ている。わかっているさ、本当はどうしたらいいのか、わかってるんだ。でも、美緒を傷つけることになるそれができないんだ。したくないんだ。
戻り時計。あれが本当にあればいいのに。都市伝説で耳にしたその時計があれば、人生やり直せる。そんなことも、何度も思ったさ。もしかしてと何度も検索し、それらしきものも買ってみた。が、伝説は伝説、買った時計はどう見てもただの時計だった。
「一週間後、また連絡させてもらう。よーく考えて答えを出せ。なんなら自分で女房に話して、二人で話に来てもいいぞ。その時はこちらにも考えがあるからな。美緒はお前に騙されたんだ。それ相応の責任を取ってもらう。女房とどう責任を取るのか、ちゃんと話し合ってこい」
祥吾は美緒の兄、隆雄と会った日の夜、家路に足が向かないままデスクのパソコンで、また探した。どこにもない戻り時計を。
誰でも売り買いできるサイトでまた『戻り時計』と謳う代物を見つけ、そして、また偽物かもしれないそれをポチっとした。それこそ、藁にも縋る思いで……
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