第28話 羨望
そして中学を卒業する頃には、悠里の体重は55kgにまで増えていた。入院前の45kgから10kgも増えてしまっていた。
食べるものには気を付けていた。ご飯のお代わりはしないようにしたし、コロッケは三つを二つにした。カツ丼もご飯を減らしたし、ご飯の時にはまず野菜から食べるようにした。お菓子だって減らしたし、ジュースも止めた。動かないで痩せる方法が他に分からなかった。
高校生になって、運動部に入るのは止めた。運動をやりたいという気持ちはもうなかった。ただでさえ自転車通学になり、朝から三十分以上も自転車を漕いでいたのだ。運動はそれで十分だと思った。そして、一日一時間の自転車漕ぎは、きっと体重を少しずつ減らしてくれるはずだ。
高校の購買では昼になると、スーパーやコンビニでは見かけないパンがいくつも並んでいた。某メーカーが高校の購買用に作っているパンがあることをそのとき知ったわけだが、その珍しいパンを食べた時、衝撃が走った。美味しいのだ。その中で二つのパンにハマり、しょっちゅう注文した。悠里の通う高校では、朝のうちに注文した分は必ず買えるようになっていた。もちろん母の手作り弁当も毎日持っていた。
毎日自転車で一時間走るんだから、このくらいすぐ消費できちゃう。そう思っていた。いや、思おうとしていた。
夏になると、みんなで海へ行こう、プールに行こう、そんな誘いがいくつかあったが、自分の水着姿を想像し、全部断った。海、楽しいだろうな。プールではウォータースライダーや広くて海を彷彿とさせる波の来るプールや、彼とゴムボードに乗って……なんて話になると、いいな、やってみたいな、行きたいな。そんな気持ちにもなるが、自分の水着姿を想像して行きたい気持ちを抑え込んだ。
「夏までに痩せなきゃ」
そう言った友達と同じようにご飯を減らしたり、縄跳びなんかもやってみたが、悠里はその夜、金縛りに遭った。これは昼間の縄跳びのせいだと思った。しばらく運動らしい運動をしていない悠里に、急な縄跳びは身体を疲れさせただけだと思った。金縛りというのは、身体が眠り脳が起きている状態だと聞いたことがあり、覚醒した脳は動かない身体と反比例な状態をもたらしたのだ。と、頭ではわかっていたが、怖かった。だから縄跳びは止めた。
それにしても、痩せない。それどころか体重は日々増えていくように感じていた。それなりに動いているつもりだし、自転車通学でもせっせと自転車を漕ぐようにしていたのに、体重が減らない。でも……購買のパンは美味しい。
そうして悠里は痩せないまま高校三年生になった。
夏が近づくと、周りは高校生活最後の夏だからと、また海やプールに行く話をしている。二年続けて誘いを断った悠里のことも一応は誘ってくれるが、どうせ行かないだろうなというような誘い方だ。けどそれは間違ってはいない。行かないのだから。
夏が終わり、みんなでキャンプに行った話や海での話、海に浮かぶ水上アトラクションに挑戦した話などで盛り上がっているところで耳にした、ずっと好きだった真山浩紀と長岡美月がこの夏から付き合うことになった話や二人で夜の海岸を歩いた話……二人が楽しそうに海ではしゃいでいる写真を見せられた時、心の中で何かが弾け飛んだ。スタイルのいい美月はブルーのビキニ姿で、膨らんだ胸をその中に隠して、日焼けした肌を出した浩紀とそれを密着させていた。
いいな。
「悠里も来ればよかったのに。すっごく楽しかったんだから」
「ううん、いいよ私は。日焼けするの嫌だし」
「日焼け止め塗ってたからそんなに焼けてないよ」
そうでしょうよ。美月の白い肌がそれを物語っていた。白く綺麗な肌、浩紀の焼けた肌。二人の笑顔。見つめ合う瞳。そこだけ違う空気感が、悠里の胸を抉った。
私だって、海に行きたかった。去年だって一昨年だって行きたかった。ふくよかな胸を、綺麗な肌を浩紀にアピールしたかった。夏の思い出、みんなと作りたかった。
やっぱりあれ、買ってみよう。嘘くさいと思ってスルーしたけど、買ってみようかな、千円だし。
悠里はエアコンの効いた部屋で、スマホをいじってばかりの夏休みのある日、あるサイトでそれを知った。過去に戻ってやり直せる。そんな時計があることを。
が、そんな都市伝説のような噂話はいくつもあり、まさかと思っていた。そしてその時計をいくら探しても見つけられなかった。ずっと見つけられなかったのだが、それは昨日、母の美里に頼まれて誰でも売り買いできるサイトに、祖母の大正琴を売りに出す手続きをした時だった。
その時計って、もしかして……これ?
今までいろんなサイトでそれらしい文言で検索して探してみたがみつからなかった。それがこんな誰でもすぐ見つけられるようなところに、そんな時計があるものなの?しかも千円?いやいやないない、どう考えても違うでしょ。
そう思った。
そう思ってスルーしたけれど、もし本当だったら……
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