第27話 体重

 退院した翌日、クラスメートの女子の半数ほどがやってきた。事故に遭った日は面会謝絶になり、担任がそう言ったためお見舞いを遠慮していたそうだ。退院してきたことが耳に入り、病院に見舞いに行かなかった割と仲良くしてた2人がお見舞いに行こうと話していると、私も私もとなって、この人数だ。


 私って、こんな人気あったっけ?冗談抜きでそう思った。既にクラスからのお見舞いを病院で受け取っていたのに、個人でも見舞いに来てくれた子もいたし、退院してきてからもこんなにたくさん……


 母の美里は大勢で見舞いに来てくれたことを喜び、近くの我が家の行きつけの中華料理屋から出前を取った。全員分のラーメンと餃子だ。そしてみんなでそれを食べたあと、みんながお小遣いを出し合って買って来てくれた見舞いの洋菓子の詰め合わせを開け、他にも届いていた見舞いのお菓子を出し、みんなでお喋りとデザートを楽しんだ。


 そして約二週間ぶりの登校になった。頭を打ち、面会謝絶にまでなっていたのに、二週間で学校に戻れたことにみんな驚き、そして気を使ってくれた。教室を移動するときは「大丈夫?ゆっくりね」と声をかけてくれたし、何かをどこかまで取りに行くという動きが必要な時には、誰かが代わってやってくれた。


 そして学校に戻って一週間、次に診察に行った時、少しずつなら体育もやっていいという許可が出た。ただし、激しい動きは控えるようにと。そうして送り迎えの登校も終わった。


 学期末が近づいていたこともその助けになったのか、体育をやっていいと言われたと言っても、体育の先生には軽い体操以外は見学だと言われ、まだ走るなと止められ、部活に行っても同じで、軽い、運動ともいえないような体操と審判の補助のようなことをやらされた。新しくなった校庭を、みんなと同じように走れないことが、少しだけ悲しかった。


 そうして春休みを終え、悠里は三年生になった。


 四月になり、ようやく以前のように何でもやっていいと許可が出たときは、新学期にもなったことだし、いいタイミングだったなと気持ちを新たにした。


 そうしてきた体育の時間のことだった。体育の時間には準備運動で体操をしたあと、学校周辺を走ることがあった。東中コースと呼ばれる1.5キロほどのコースで、裏に一級河川を抱える学校の周りの遊歩道をその一部のコースに取り入れたものだ。そして二ヶ月ぶりにそこを走り始めた悠里は、すぐに自分の異変に気付いた。みんなについていけないのだ。いつも女子の中では先頭を走っていたのに、いつの間にか後ろに誰もいない。足が動かない。足が重い。なんで?なんで?なんでついていけないの?なんで今まで一番遅かった咲美にまで置いていかれてるのよ……


 やっとのことで校庭に辿り着くと、みんな温かく迎えてくれた。


「お疲れ」「大丈夫?」「無理してない?」「痛いところない?」「頑張ったねー」


 いくつもの声がかぶさって聞こえ、「うん、ありがとう」と、ハアハア言いながらなんとか答えた。


 なんで、なんでこうなっちゃうんだろう。


 そしてそれは部活でも同じだった。今までのようにボールに追いつくのがスムーズにいかない。なんだか疲れが早くて大きい。なんで?なんで?こんなんじゃなかったのに、なんで……


 答えは一つしかない。私は太ったのだ。


 その頃の悠里は、退院した時に51kgに届きそうだったのが、いつの間にかそれも超え、気付けば53kgを超えていた。たった二ヶ月で8kgも増えていたのだ。


 四月から以前のような生活ができる。そうすれば痩せてくるはずだ。動くことは嫌いじゃない。走ることも嫌いじゃない。部活も楽しくやっていた。だから……そう思って、自分に甘くしていた。お見舞いでもらったお菓子、姉妹で分け合ってもそれなりの量があったし、そういうものがあるのに両親も祖父母も悠里の好きなものをしばらくはやたら買って来ていたし、……と、全て言い訳だ。


 でも、元のように動ければ減っていくだろうとは思っていた。


 思ってはいたが、本当に動けるのだろうか?今までのように走れない、思ったように足が動かない。身体が動かない。今日、それがハッキリとわかった。


 どうしよう……痩せられるだろうか……


 それからは体育をやるのが億劫になった。走っても遅いし、足が重くて走ったあとは脹脛がカチカチになり、ますます体育が嫌になった。部活も同じだ。三年最後の試合に向けてみんな団体戦メンバーを狙って頑張っていたが、悠里も頑張ってるふうには見せていたが、その実、メンバーに選ばれたりしたらますます練習に励まなければならないし、団体戦メンバーになんかならなくていいと思っていたし、なんなら個人戦メンバーにも入れなくてもいいと思っていた。さっさと引退したかった。とにかく体が重い、思うように動けない、疲れるのだ。


 そんな調子で、なんとか地区予選の個人戦には選ばれたが、ペアを組んだ中田麻衣には申し訳ないが、そこまで勝ちたいという気持ちはなかったし、だから一回戦で負けて、やっと引退できるとホッとした。

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