第22話 やり直し

 ドンッドンッドンッドンッドンッダン


 君主の足音だ。怒っています!なのか、上がるぞ!なのかわからないが、あの音はわざとらしく、それは一瞬で現実に戻ったイラついた潤の勘に触り、手にしていた月形の時計を壁に投げつけようとして、慌てて止めた。


「開けるぞ」


 静かな怒りが伝わる声がしてドアが開くと、「何度も呼ばせるな。ご飯は一緒に食べる約束だぞっ。さっさと下りて来い」


それだけ言うと、バタンとドアを閉めてしまった。冷静な君主は、慣れない怒りを抑えることに苦労しているようだ。でもこの部屋を見ても眉を少しだけひそめるだけで、何も言わない。そのうち聞かれるだろう、この先どうするのかを。そして答え次第で、片付けろとも言われるのだろう。だがその声色は、以前聞いたものと違い、怒りを含むのか、それとも侮蔑に満ちるのか。


 それにしても、なぜ上手くいかないのだ。なぜ万引きしたあと店員を突き飛ばして逃げたのか。自分はそれほどの怒りを抱えたのか?……その時の心境は、ただ、マズイと思って困って慌てて逃げ出しただけなのに、あいつが追いかけてきて自転車を掴むから、怖くて突き飛ばして……店から出てきたもう一人の店員、あとでわかったのだがそれが店主で、潤は父親か担任を呼べと言われ、また担任を呼んだ。これも間違いの一つだったのだろう。学校に知られるということは退学になるということで、親にも知られる。どうせ親にバレるのなら、最初から父親に連絡を取ればよかったのだ。そうすれば、もしかしたら学校にバレずに済んだのかもしれない。と、つい都合よく考えてしまう自分がいる。


 戻ろう、もう一度。やり直せるならやり直そう。たぶん、城東高校にいる自分はどこにも存在しないのだろう。受験日をやり直しても、大した変化はないじゃないか。なら、あの日、コンビニなどよらずに家に帰ろう。三回使用できるうちの一回をやってしまった。次は失敗できない。もし二回目も失敗したら、最後の三回目をどうしたらいいのかわからない。元通りにするのか、それとも違う未来に賭けるのか……でも、賭けて一回目のように悪い方向になっていたら……そう考えると恐ろしくなる。


 三回使えるって、三回も使えると思ったけれど、三回しか使えないんだ。怖い。これは、こんなにも怖いものだったのか……


 やり直そう。


 三回は使わない。二回目で戻った未来が元いた誠南高校の生徒で、面白くもない日々を過ごしていても、そこに通い馴染もうとしてみよう。自分の力で手にしたものを大切にしていこう。きっとそれが未来を大切にすることになるんだろう。


 潤は自分の居場所を失い、戻り時計を使うことで、大切なことに気付いた気がした。


 戻る過去 2012年 6月 14日 15時


 戻る未来 2012年 7月 3日 22時


 時間をセットし、両端ボタンを押した。



「おーい、坂本ぉ。寝るな~ちゃんと聞けよ~」


 ハッとして顔を上げた。


「おいおい、なんて顔してるんだ。ちゃんと聞け」


「あ、はい」


 そうか、ここに戻ったんだ。もうすぐ学活が終わると、俺はいつも通り誰とも口を利くこともなく帰路につく。自転車置き場で真生からのラインを読むんだ。キャンプに行かないかという誘いと、明絵と付き合うことになったというラインを。


 なんだか不思議な気分だ。これから来るとわかっているラインに、あの時は頭に血が上るほど怒りがこみ上げた。だが今はどうだ。それを知っているから怒りなど湧かない。いや、怒る気持ちすらない。それよりも自分が失わずに済むだろう気持ちで見るこの場所は、決して居心地がいいわけではないが、とても貴重なものに思えた。


 潤は自転車置き場で消していたスマホの電源を入れた。あの日と同じだ。そして真生からのラインを読み、静かな気持ちで自転車を漕ぎ出した。


 明絵…明絵、明絵、ずっと好きだった。明絵は真生が好きだったのか。二年のキャンプの時、肝試しの組み合わせを決める時、明絵とできたらいいなと思ったが、クジの神様は願いを叶えてはくれなかった。怖がる明絵と手を繋いで肝試しから帰ってきた二人を見た時、込み上げてくる感情を誤魔化すように、「大丈夫?」と、明絵に声をかけた。夜の闇は有り難かった。潤みそうになる目を隠してくれた。


 二回目は、できることならあの日に戻りたかった。そんな気持ちが心の底にはあった。一回目で城東高校に合格した未来を手に入れることがわかったならば、二回目、組み合わせのくじ引きの日に戻して、明絵と組む未来に期待を残せたかもしれなかった。何かの流れを変えれば、明絵も自分が手に入れられるかもしれない。そんな淡い期待も消え失せてしまった。三回目にそれに賭けてみることなど自分にはできない。


 手に入れられないものを思い浮かべながら、コンビニを素通りして家に帰った。あの日、夕食は何食べたっけ?コンビニで父親か担任を呼べと言われ、担任を呼んで学校に連れ戻され、コンビニからの連絡で事務から校長の耳にも入り退学が決まった。結局親にもバレて……


 あれ?夕食、何食べたっけ?全然記憶にないや。


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