第21話 戻り時計

   戻り時計取扱説明書


後ろの過去ボタンを使い、過去の戻りたい日時をセットする。


後ろの未来ボタンを使い、過去の戻りたい日時から戻りたい時点をセットする。ただし、今現在より未来の時点へは戻れない。


セットをしたら、両端にある二つのボタンを同時に押す。


戻り時計は計三回まで使用可能。



 これは本当の話なのか?随分とあっさりとした説明書だな。つまり、戻りたい過去に戻れて、そこから今現在までの未来にまた戻れるということだな。潤は先ほど思ったことを確認するように、復唱した。


「ははっ」


 そんなバカな話があるか?過去に戻ってやり直せるだと?そんなバカな話があるか。何度もそう思ってみたものの、頭の中ではどこに戻ってやり直せばいいのか考えていた。受験の前に戻れば、もしかしたら城東高校に入れるかもしれない。いや、入れる。だって俺はいつだって真生よりは勉強ができていたんだし。


 一度そう思ってしまったら、そればかり考えるようになってしまう。戻れるならどこに戻るか、そればかりだ。


 そうだ、なんなら万引きをしたあの日に戻って、コンビニなどよらずに帰れば、今も珠光高校に自分の居場所があるはずだ。行きたかったわけでもなかった珠光高校だったが、いざ退学になるとなんだか大きな何かを失った気がして悔いが残る。どこに戻る……どこに戻ればいいんだ……


 潤はどこに戻ってやり直したら思うような今になれるのかを考えた。そして、やはり受験の前に戻ってみようと考えた。いや、こんな話はあるわけない。過去に戻れるなんて、できるはずがない。そう思いながらも、ダメもとで一度試してみようと思っていた。それに、どこに戻ってみようと、三回使えるのだから、一度使ってみるのもいいだろう。そういう結論に至った。



 戻る過去 2012年 3月5日 6時


 戻る未来 2012年 7月3日 22時


 よし、これでいい。受験日の朝に戻って、やり直しだ。


 

「じゅーん、起きたーー?」


 呼び声にハッとして目が覚めた。


「え?」


 今日は何日だっけ?ぼんやりとした頭で昨日何やってたっけ……今日は、


「受験日だ!」


 潤は慌てて立ち上がると、その手に月形の時計を手にしていることに気付いた。そうだ、受験日の朝だ。嘘だろ?本当に?


「潤、起きた?今日は早めにご飯を食べるんでしょ?ほら、できてるから下りてきて」


「あ、うん、すぐ行く」


 そう答えて改めて月形の時計を見て、「マジかよ」と呟いた。


 

 それからその一日は、一度経験した受験日のおさらいをするように朝の時間を過ごし、支度をしてあった荷物を持ち、7時15分に家を出ようとした。


「あっ、そうだ……」


 潤は急いで部屋に戻って、新しい消しゴムを手に持った。一度経験したこの受験日当日、お前正気か?と言いたくなるような話で、真生は消しゴムを忘れたのだ。それで慌てる真生に潤は自分の消しゴムを半分に切って渡していた。それが試験に落ちた原因かどうかはわからないが、使いにくい消しゴムを使うことはない。真生が忘れていたら、新しいのを渡そう。そして一言付け加えればいい。「買って返せ」と。


 試験はそこそこできたと思う。自分が戻ったことが原因かはわからないが、知っている問題ではなかった。が、そうは言っても中学で習っているところが範囲なわけで、手ごたえはある。たぶん大丈夫だ。


 そして変わらなかったこともあった。真生はやっぱり消しゴムを忘れた。普通、受験日に消しゴムを忘れるなんてありえないだろ。どんだけ神経が図太いんだ。


 そうして一日を過ごしてベッドに入った。たぶん、これで目覚めたら戻っているのだろう。今朝、目覚めた時のように。


 

 ピピッピピッピピッピピッピピッ……


 聞き慣れた目覚まし時計の音で、夢の中から引き戻されて目が覚めた。


 ああ、起きなきゃ。もうこんな時間か。ちゃんと起きて朝ご飯を食べないと……と、ああ、変な夢を見たな。受験をやり直す夢なんて……起き上がろうとして手に何か持っていることに気付いた。


 えっ?……あ、これ、そうだ、これは戻り時計だ。夢じゃなかった?受験をやり直した?そしてここに戻った?潤は見慣れた自分の部屋に視線を移した。


 な、なんだこれ。オレ、どうしたんだ。なんでこんなんなってるんだ。


 潤の部屋は壁紙が剥がされたところがあり、凹みもある。物は散乱し荒れた住人を感じさせる光景だった。それは、戻る前よりも酷い状況だ。


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