第18話 思案

 何も変わっていない。


 戻り時計を使った翌日の土曜日、目覚めた明絵は何がいけなかったのかを考えた。まだベットの中だ。


 やり直そうと戻り時計を使った明絵は、キャンプの夜に戻って、真生と手を繋がない選択をしたが、結局手を繋ぐ羽目になった。真生の過去を知ったからだ。なら、戻る過去はもっと過去、誰とペアを組むのかまで遡って、真生とは組まないようにすればいいのではないか。そう思ったが、もし、真生と組んだ理沙か優美が真生の過去を知ったら、そして実は怖かった真生のほうから手を繋ぐようなことがあって、自分の時のように男の子に媚びてるとかなんとか周りに言われた場合、真生が怖がった事だとか過去の話だとか、真生が知られたくないことをみんなに話してしまうかもしれない。それはダメだ。真生は誰にも知られたくないのだから……


 では、どこに戻ってやり直したらいいか……明絵はその日一日中、どこに戻って何をやればいいのか考えていた。その姿はボーっとしているように映ったのか、母親の千賀子が「熱でもあるの?」と、進まない昼食中に額を触ったくらいだ。


 考えて考えて考えて、どこに戻るとしても真生と組むこと、そして手を繋ぐことからは避けられない。そして自分が怖がっているように見せることもだ。なら、男の子に媚びているように見えなければいいのではないか。そこに辿り着いた。


 言ってしまおう。肝試しが始まる前、いや、もっと前でもいい。なんなら肝試しのペアを決めたあと、そこで「実は……」と、真生の経験したようなことを自分が経験したように話して、暗闇がとても怖いんだと、そう話せばいい。だからペアを組む杉尾君、よろしくねと。


 明日は日曜日だ。今夜また決行だ。



 戻る過去 2010年 5月10日 14時30分


 戻る未来 2010年 6月19日 22時


 明絵は生活帳を確認して。肝試しのペアを決めた日の学活が終わる頃の時間に時計を合わせ、セットボタンを両手の親指で同時に押した。


「じゃあペアも決まって、他に決めることは……」


 え?あ……そうか、ここに戻ったんだ。


「あっ、バーベキューのときの串、家にあるかどうかみんな聞いてみて」


 班長の潤のその言葉にみんなが頷いた。そうだ、今だ、ここで……


「ちょっといい?」


「明絵、何?どうかした?バーベキューじゃない方がいい?」


 里沙のその言葉に首を振り、里沙の目を見た。その視線に里沙が何?とでも言うように、目を大きくした。


「あのね、私ね、実は暗闇って、かなり苦手なんだ」


「え?そうなの?」優美が優し気に聞き返してきた。


「小学生の頃、イトコたちと山の神社に行ったことがあって、そこでかくれんぼしてて迷子になったの。隠れようとして本堂の裏山にある階段を上ったんだけど、その向こう側に行こうとして斜面を転がっちゃって……なかなか上れなくて、日が暮れてきてどんどん暗くなって、誰かーって呼んでたんだけど、鳥獣除けの空砲がしょっちゅう鳴ってて……上に行けないから下に向かって歩いたり滑ったりして、暗くなって真っ暗だし、怖くて怖くて……」


「そんなことがあったんだ……ねえ杉尾君、明絵のことちゃんと護ってよ。離れないで一人にしないでよ!っていうか、それより肝試し止めさせてもらう?」


「ううん、せっかくみんな楽しみにしてるし、やる。だから杉尾君……」


「わかった。大丈夫だよ。キャンプ場だし、今度は迷子になるわけないし、ちゃんと一緒にいるから」


 これでいい。明絵はぎこちない笑顔で頷いた。


 戻ろう。


 明絵はその日の自分をおさらいするように残りの時間を過ごして、家に帰り着くとベットに身体を横たえた。



 ピピピピッピピピピッピピピピッ……


 遠くで目覚まし時計が鳴る音が聞こえ、小学校に入学した時に買ってもらったキャラクターの絵が描いてある目覚まし時計を止めた。


「あれ?日曜なのになんで目覚ましなんか……」


 そうだ。今日は優美と里沙と図書館でテスト勉強をしようって約束してたんだ。


 明絵は約束の時間に遅刻しちゃいけないと目覚ましをかけたことを思い出し、出かける支度をするために洗面所に向かった。


 そこに戻り時計はなかった。



 明絵は自分を想う優しい気持ちを失った。いずれその想いが自分を暖かく包み込む未来も、そのことに気付くことすら、明絵にはもうない。



           ~明絵編 了~

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