第9話 遺品

 四十九日には和真夫婦が娘たちと共にやってきた。和彦が亡くなったときには、夫婦二人で泊りがけできていたが、社会人の長女と、大学生の次女は葬儀だけに来てくれ、その時も賑やかな二人はひとしきり悲しんだあとは、雪乃を励ますことにその賑やかさを使っていた。そんな二人だから、四十九日の法要が済んで、精進落としの食事が済んで家に戻ると、晴美の娘、淳美が連れてきたもうすぐ二歳になる花菜の相手を、あーでもないこーでもないと、賑やかなことこの上ない。


 雪乃は、こうして子供、孫、曾孫へと自分と和彦の命が一つになって繋がっていったことを感慨深く感じた。きっと、もっと増えていくだろう命たちに想いを馳せていると、和真と晴美が揃って口を開いた。


「ねぇお母さん、和真とも話したんだけど、お母さんここで一人で暮らしていくの寂しくない?なんなら私のところか和真のところにこない?うちはもう子供たちも出ちゃったから部屋も余ってるし、和真のところも最初から母さんか父さんが一人になった時を考えて、和室を作ってあるんだしさ……でも和真のところは慣れない場所になるから、やっぱうちに来ればいいと思うんだけど。亮太さんもそう言ってるし」


「あらまあ、そりゃ有り難いことだね。でも晴美のところならそんな遠いわけじゃないし、身体が動くうちは世話になろうとは思ってないよ。もし、一人でいるのが大変になった時は、その時は頼むよ。それにまだそんなにすぐにここから離れたくないよ」


「そう。うん、わかった。まあ、私もちょくちょく来るし、困ったらうちにくればいいね。その時は素直にそうしてよ」


「はいはい、わかったわかった。その時はお願いしますよ。でもこの際だから言っておくけど、介護が必要なことになったら、ここ売って施設へ入れてくれていいから。もし認知症にでもなったら、そうしてくれたほうが私も安心だわ。それはそうと、あんたたちおじいさんの遺品を何か持って行くかい?」


「施設って……って、そうならないように早めにうちに来たほうがいいわ。やっぱ話相手って大事だと思うよ。ここにいたいなら老人会とか、入ってみるのもいいかも」


「そうだな、できるだけ外に出て行きなよ。公園散歩したり、ご近所さんと話したりさ。俺もちょくちょく電話を入れるようにするから。そうか、遺品か……そういや上の俺の部屋、なんかじいさんが色々置いてたみたいだな。ちょっと見てみるか」


「あ、じゃあ私も」


 二人は揃って、元自分たちの部屋があった二階へ向かった。


 二階には三部屋があり、一番広い十畳の部屋を和彦と雪乃の寝室にしていたのは、十数年ほど前までだった。生活に必要な衣類はもうほとんど一階の和室の押し入れに入っており、二階へは風を入れるために時々上がるだけになっていた。


「この前は姉さんの部屋に寝泊まりしたけど、あっちは泊まれるように何も置いてなかったな。俺の部屋だけこんなだ」


「あんたの部屋は洋間だからね、寝泊まりするには痛いから荷物部屋にしたんでしょ。なんかめぼしい物はあるかな……あ、これいいわね」


 そう言って晴美が手にしたのは、金色の扇子だ。


「なんで金色なんだ?金でできてるわけじゃないだろ?」


「そうね、金箔でも貼ってあるのかな……見おぼえないね」


「俺はこれにしようかな。これ、親父が昔してたよな。いつもはめてた」


 和真が手にしたのは、捨てられることなく和彦が引き継いで使っていた和真の学習机の上のケースに入れてあった、止まったままの腕時計だ。


「それ、お母さんがプレゼントしたものだって話してたの聞いた覚えがある。お父さん、仕事に行く時には絶対それしてたよね」


「おっ、これもいいな。父さんの名前が彫ってある」


 和真は和彦の名前がローマ字で掘られた万年筆を手にし、一緒に置かれた未開封のインクも手にし「まだ使えるかな?」と首を傾げた。いずれはこの家を処分するかもしれないから、その時にはまた片付けついでに欲しいものはお互い持ち帰ればいいなと話しながら、とりあえずの遺品をそれぞれ手にした。


 二人揃って階下へ降り、雪乃の了承を得てそれらを遺品として持ち帰ることにした。


「二階を片付けるなら手伝いに来るからさ、言ってよ。これからもっと歳をとっていくと二階に上がるのも無理になるかもしれないから、お母さんも早いうちにいるものといらないものと見ておいた方がいいかもしれないよ。寝室もね」


「そうだねぇ、必要なものはもう下にあるから、あんまり上には行かないけど、見ておいた方がいいかもねぇ、あんたたちが後で大変にならないようにしておかないとね」

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