第12話 仲裁
武器庫の職人に礼を言って白い布で包装された槍と交換し、受付近くを通るとギルドに併設した軽食堂で騒ぎが起こった。
「おい! リーム。あのエルダーエイプの金を、ハラダとかいう新人に返しに行ったってのは本当か!」
むさくるしい髭を生やした禿げ頭で、ガラの悪そうな顔の大男。
B級<竜の咆哮>リーダー ガルズが、テーブル席にいるC級<水の剣>に絡む。
「行ってきたわよ。そしてハラダさんから依頼を受けて達成したわ。それが、死体分の報酬に値するから返さなくて良いって言ってもらった」
「ほお? 依頼を達成して、報酬の変わりにしてもらうとは、ちっとは俺の意見も聞いてたんだな。冒険者らしくて良いぞ」
少し感心したのか、声量を下げるガルズ。
「そうでしょ? 貴重な情報と交換したのよ。ピートが図書館の本の情報を覚えていたの」
リームは胸を張って答えるが、それを聞いたガルズは声を荒げた。
「なんだと! 貴重なエルダーエイプの素材が図書館の本に載っている情報と同価値だというのか! そんなもん子供でも調べられるわ!」
「そんなこといったって! 当の本人様が『それで良い』って言ってるんだからアンタには関係ないでしょう!」
「いいや、関係ある! エルダーエイプってのはなあB級の俺らでも死にかけるほど大変な相手なんだ。そんな苦労して手に入れた貴重な素材を、本で調べたカス情報と一緒にされたら素材の価値が下がる! 素材の価値低下は俺らの死活問題だぞ? そんなこともわからんのか!」
「そ、それは……」
ガルズの言葉に何も言い返せなくなるリーム。<水の剣>は皆うつむき落ち込む。
「そこまでにしておいてくれ」
いつの間にかガルズの背後についたハラダが、ガルズの肩に手を置く。
「うおっ、い、いつの間にまったく気配を感じなかった」
『ビクッ』と肩を震わせ、驚きの表情で振り返るガルズ。
「すまんな、今の話を聞かせてもらった。当事者のハラダだ」
ハラダが自己紹介すると、現場にいた者達がハラダに注目する。
「あれが? ハラダか」
「ハラダさんって言えばあの? マスターが手も足も出なかったっていう?」
「マスター血祭りにあげて、ギルドを出入り禁止になったんじゃねえの?」
「違うぞ、何処かの国の偉い貴族様で、マスターが負けてあげたっていうから、大したことないさ」
「そんなわけないだろ? 俺は実際の試合を見たぞ? 圧倒的な強さでマスターが赤子扱いだったよ」
「ホントかそれ!?」
ザワザワとし始める軽食堂。
「うるせえ! 静かにしろ!」
ガルズが皆の方を向き一喝した。
そして、ハラダに向き直る。
「おうおう、噂のハラダ様ですか? 『始めまして』だな。俺は<竜の咆哮>のガルズだ」
「すまんなガルズ殿、話は聞いた。エルダーエイプの死体の件で迷惑をかけたのは私だ。<水の剣>を責めるのは違うからやめてくれ」
「なんだと? おめぇ自分の立場わかって言ってんのか? ポッと出の新人が冒険者のマナーについて意見してんじゃねえ。いいか、新人は間違うのは当たり前だ、知らんことが多いからな。だが<水の剣>はC級だ一人前の冒険者なんだ。人が苦労して倒した獲物をタダでもらうなんてことはすべきじゃねえ。倒した奴と交渉して手数料として素材の何割かをもらうってのがここの冒険者の決まりだ」
話を聞いてハラダは思う。ガルズは厳つい顔しているが実は良い奴なんじゃないかと。
「こいつらは、ちょっとした情報で十割全部もらいやがった。相手がベテランの冒険者ならまあいい。決まりをわかった上での交渉だからな。でも、あんたは新人だ。その様子じゃこの決まり事なんか知らなかっただろう?」
「確かに知らないな」
「そこだ、一人前の冒険者なら新人に一応説明しないとな。それを怒っているんだ。新人を騙すようなことはするなってな」
『良いこと言っただろ?』みたいな感じで胸を張るガルズ。
「ガルズ殿。言いたいことはわかったが、<水の剣>は交渉はしたし、その対価分の仕事もした。その結果手に入れた十割の報酬だ。騙したことにならないぞ」
ハラダの助け舟に、リーム達も抗議の声をあげる。
「そうよ。私達は騙してなんかいないわ! ちゃんと交渉した結果よ。結果にまで文句つけないで欲しいわ」
「そうだ。俺らは別に奪い取ったわけじゃないぞ」
「自分達が新人の頃に『酷く騙されたから』って、交渉後の結果を見て難癖つけるのは違うと思う」
「うるさい! 昔のことは関係ないだろ!」
痛いところ疲れたのか、ガルズは<水の剣>三人に向って怒鳴る。
そのガルズにハラダが再度考えを述べる。
「ガルズ殿、戦闘に疲れきって素材を置き去りにするしかない冒険者救済の為に、この交渉する決まりは良いと思う。しかし、結果まで口出しするのはやめないか? <水の剣>に最初から『交渉にいけ』と言っていたらしいが、交渉しようと挨拶したいと言って来た<水の剣>に『死体は拾った彼らの物だと』言ったのは私だからな。<水の剣>は何も悪くないぞ?」
ハラダは冒険者の決まりの良い所を認めつつも、悪いところは直そうとガルズを諭した。
そんなハラダをずっと睨んでいたガルズだが、突然何かを思い出したかのように『フッ』と頬を緩めるとハラダにいった。
「おめぇ強いらしいな? 俺と一戦、刃を交えろ。真剣勝負だ」
「真剣勝負だと? 私は問題ないが危険だぞ? いいのか?」
「さすがにな、人伝に聞いただけの強者に『訂正しろ』とご教授いただいても素直に従えんさ。やはりこういうのは実際に戦って勝った奴の言い分を聞くのが筋だろう? ウチの回復魔法師を側に控えさせるからトドメさえ入れなければ死にはしない」
「私も武芸者の考えはわかる。なるほど、死にはしない真剣勝負か、ケジメだな」
「そう、ケジメだ」
「よし、わかった受けよう」
ハラダとガルズの真剣試合が決まった。
「<水の剣>よ、お前ら今の聞いたな。俺が勝ったらわかってるな?」
「ハラダさんは負けないわよ」
リームは腰に手をあて、胸を張って自身満々だ。
「ふん。凄い信頼だが勝負は時の運もある、どうなるかわからないぞ? ウィッチ! 頼む回復役で来てくれよ」
ガルズは、自パーティの回復師で、切れ長の目をした細身の男ウィッチに頼んだ。
「まったく真剣勝負好きだなあ。死なないように頼みますよ?」
「善処する」
ウィッチの返事にガルズはそう答えて、身の丈ほどの剣を担いで地下訓練場に向う。
ウィッチと同じ机で、それを眺めていた女性が、もう一人の男に話しかけた。
「さて、どう思うヤット?」
「へへっ、今回はリーダー、アブねえんじゃないの?」
話しかけられたヤットは、机に突っ伏したまま顔を上げ悪戯小僧のような笑みを浮かべる。
「そうかもね。でも、私達は噂になってるハラダの試合見てないでしょ? 本当にハラダが強いかなんてわからない。そりゃリーダーはへっぽこだけど、粘りだけは凄いから負ける気はしないんだよねえ」
話しかけた女性は、冷静に分析した。
「そうなのか? まあ確かに信じられん噂だしな。じゃあいつもどおりリーダーの勝ちかな?」
「そうよね、でもこれじゃあ賭けが成立しないわね。しかたないコインを上に投げてっと……裏ね、ヤットが先に選んでいいわよ」
「ようし! 俺はリーダー粘りに粘って勝ちに持ち込むってのに小銀貨一枚!」
それを聞いて、ニヤリと笑った女性。
「私は瞬時にハラダの勝ちで小銀貨一枚!」
一瞬、喜ぶヤット。しかし、女性の表情を見てはめられたことに気がついた。
「ライア! おめぇハメやがったな! そのコイン表でも裏でも俺から先に選ばせるつもりだったろう!」
「フフフッ、すでに賭けは成立したわ。反対に<賭け>てくれる相手がいないと<賭け>は成立しないからね。なんなら今、負けを認めてもらってもいいのよ」
「うるせえ、こうなったら死ぬ気でリーダー応援するわ! 見てろよ俺の応援で勝負をひっくり返してやる」
プリプリ怒りながら先を行くヤットを、笑いながら追いかけるライア。
ガルズのパーティーメンバーらしき、この二人も地下に向った。
******
「さてと、トドメをささないようにか……どうするかな」
ハラダが考えながら地下に向おうとすると、ハンセンが急いでやってきた。
「師匠! 真剣勝負するんですって!? 大丈夫なんですか?」
どうやら受付からその様子を見ていた新人君が、驚いてマスターの部屋に駆け込んだらしい。
「ああ、大丈夫だと言いたいが相手の力量がわからないし、そこは何とも言えないかな」
「違いますよ、心配なのは相手のガルズですよ! あいつじゃあ師匠の牽制の振りだけで致命傷になります! 絶対刃の部分を当てないでくださいね」
「そうなのか? じゃあ、石突きで殴るとかは?」
「それも部位によっては駄目ですよ。頭は外してくださいね」
「それじゃあ真剣勝負にならないぞ? ガルズが手を抜かれて納得するとは思えない」
「だったら、一瞬で終わらせて下さい。手を抜かれたか判らない様に」
「槍の演舞のように剣をさばき、棒術で打ち据えるのを一瞬でやるわけか」
「それなら手加減されているのかどうか判断もできないと思いますね。あと、無理だとは思いますが一応戦闘回避の説得もしてみます」
「そうだな、その方向でやるか。では、行こう」
ハラダとハンセンも少し遅れて地下に向った。
******
フウウウゥッ
その会話を近くで聞いていた<水の剣>と、遠巻きにしていた野次馬達が緊張にこらえていた息を盛大に吐いた。
「……って今の話、何よ? 訳わかんない!」
リームがトーマスとピートに驚きながら質問する。
「要約すると、ハラダさんが強すぎるから『まともに相手すると死んじゃうよ』ってことだな」
トーマスが言えば、ピート受けて答える。
「そうだね、だから手加減した上で、それに気付かせないようにって」
「そうなんだ、じゃあ……」
リームが再度質問しようとしたところで、近付いてきた一人の野次馬から声が飛ぶ。
「おい、お前ら当事者だろ? グダグダやってないで早く見に行こうぜ!」
『ハッ』と気づき周りを確認する三人。
他の野次馬達はすでに地下の階段に向って移動を始めていた。
「そ、そうですね我々の為に戦ってくれる姿を見に行かなくては」
「そうだ、いそげ! 良い場所取られちまう」
「うん、行こう! 応援は必要無いと思うけど応援するぞ!」
三人はゾロゾロと地下に向う野次馬達に続いた。
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