第11話 討伐の報酬

 山賊討伐から三日。


「ハアッ」


 朝早く、トルネア村近くの川の中洲で槍を振るハンセンと側に立つハラダ。

 砦から帰ってから、毎朝二人はここに来ている。


「ど、どうでしょうか師匠!」


 一通り、槍の上中下段の振りを見せたハンセンがハラダに聞く。


「ちゃんと形になっていると思うが、腕に力を入れ過ぎだ。もっと速さを重視して柔らかく」


「えっ? 速さ重視ですか? それだと威力が落ちる気がします」


「逆だ。力を込めるより速さをあげたほうが威力ははるかに上がる」


 そう言うとハラダは槍を受け取り、少し離れた岩の前に立った。槍を上段に構え、体の動きはゆっくりと滑らかに柔らかく槍を振る。

 しかし、槍穂先は超高速な動きを見せた。


「うおぅっ」


 驚くハンセンの前に穂先で白線が引かれ、岩が斜めに切り落とされた。


「このように、体を柔らかく穂先の速さをあげると威力が増すのさ。また時期が来たら教えるが、まずは腕を柔らかく使う事からやろうか」


「はいっ」


 ハラダはハンセンに槍を返し、稽古を見守る為に数歩下がった。

 そんな、二人を川の土手から呼ぶ声がした。


「「「すいませ~ん。ハラダさん達ですかあ~」」」


「ん? 師匠、誰か来ましたね。」


「おっ? 誰だろうな?」


 ハラダは声が届くように、口横に手を当てる。そして、


「そうだハラダだ! 何か用か!」


 大きな声で返事をするハラダ。

 その返事を聞いて、土手を駆け下り中州に向ってくる三人。


 向ってくる三人にハンセンも気付き、稽古を中断し三人を待つ。

 中州に至る浅瀬を『ジャブジャブ』と渡ってきた三人は、女一人男二人の若い冒険者だった。


「あの、始めまして。私はギルドからの伝言依頼を受けた、C級パーティ<水の剣>のリームと言います。そしてこっちが仲間のトーマスとピート」


 リームと名乗る、黒髪長髪利発的な顔した少女が、白くて細い青瓢箪のようなトーマス、少し太った体のピートを紹介した。


「ああ、始めましてよろしく。私がハラダだ」


「始めまして私がハンセンだ。で、ギルドから何だ?」


 挨拶もそこそこに、ハンセンが用件を聞く。早く稽古を再開したいのが見え見えだ。


「ギルドから山賊討伐依頼のことで報告があるので、一度ギルドに来てくれと」


 ちょっと緊張した面持ちで報告するリーム。


「なんだそんなことか。わざわざ冒険者が来るから何事かと思ったぞ」


 ハンセンがあきれたように答えた。


「ハンセン殿、わざわざ来てくれた者に対してそれはちょっと失礼じゃないかな?」


 ハラダがハンセンを嗜める。


「し、師匠すいません。つい稽古に気が逸ってしまって」


 ハンセンがあわててハラダに謝る。

 それを、見たリームがハンセンをかばうように経緯を話す。


「いえ、ハンセンさんの言い分もっともです。実は私達ハラダさん達のエルダーエイプの死体をもらったパーティーなんです。お礼を言いたくてハラダさん達の居所をギルドで聞いたら、毎朝ここにいるって聞いて、『じゃあ、行って来ます』って受付のエリナさんに言ったら、ついでにギルドのお使いをお願いされて……」


「ああ、エリナ嬢ちゃんが楽をしたのか。納得だ」


「なるほど。エリナ殿らしい」


 ハラダとハンセンは事情を聞いて納得した。

 

「リーム殿。 あの<エルダーエイプ>については何も気にしなくていい。私達が持ち帰れないから置いてきただけだから」


「そうそう、逆に死体を処理してくれて、ありがたいって話さ」


 ハラダとハンセンの二人は、水の剣のメンバーを見渡して大丈夫だと話す。


「で、でも相当な額になりましたし、ちょっと肩身が狭くて……」


 リームの声が細る。


「そ、そうなんだ。他のパーティも、俺らに『おごれ』やら『上手くやったな』とか嫌味言ってくるし」


「特にB級パーティーの<竜の咆哮>なんて僕らのこと<盗人>扱いでさ、こと在るごとに絡んでくるんだ」


 トーマスもピートも愚痴が出るほど嫌なようだ。


「C級パーティなんて他所じゃギルドで一人前と認められるレベルなのにな。やっぱりトルネアでは猛者が多すぎて駆け出し扱いか?」


 『冒険者が多く集まるトルネア村はやはり他とは違うのか?』と、ハンセンがリームに聞く。


「はい……私達が本当の駆け出しEF級なら、逆に褒めてもらえたかも知れません。『C級なんだからそんなことするなよ』なんて言われますから」


 リームが俯く。

 その話を黙って聞いていたハラダが口を開いた。


「嫉妬や羨みは何処でもあるが、私達が原因だと気分が悪いな。わかった、どうせギルドに行かねばならんし、皆の前で宣言しようか。私達は譲ったことに納得していると」


「あの、師匠? たぶんそれは逆効果です余計にやっかまれますよ? それより、何かリーム達に仕事依頼してその報酬に渡したことにするのが良いです。冒険者は依頼達成でもらった報酬なら多くても文句を言いませんから」


「そうなのか? うむ……それなら一つ欲しいものがある。依頼を出すから見つけてくれないか?」


「あの……私達で見つけられる物でしょうか……」


 リームが心配そうに聞くと、トーマスとピートも同時に頷く。

 そんな、リーム達を安心させるようにハラダは依頼内容を話し始めた


「まあ、見つけるのは難しいかもしれんが『米』という食べ物を知らぬか?」


「『コメ』ですか?」


「そう、『米』だ。こちらに来てから主食は『ぱん』という味無し饅頭ばかりだが、私としてはやはり米が食べたい」


「師匠それは私も興味ありますな。どのような形なのですかな?」


「そうだな、口で説明するより絵に描いた方が早いな、ええと……」


 ハラダは周りを見て砂地を見つけると、落ちていた木の棒を拾いさらさらと田園風景と稲穂と米を描いた。


「すごい! 絵が上手い! 師匠の国はこんな風景なのですね!」


 ハンセンがハラダの絵を見て感動している。


「ほえ~凄いな! ハラダさん絵描きになれますよ」


 リーム達も驚いている。


「絵は得意だったからな、それなりに描ける。そんなことより『米』について説明させてくれ」


 そういうとハラダは描いた絵を、指し示しながら米のことを説明していく。


「……で、要約すると春に水田に植えた苗が、秋にこのように稲穂になる。コレを乾燥脱穀すると『白い米』が出来るのさ」


「なるほど……師匠、興味深く聞かせてもらいましたが、私はこの『コメ』というものは知りませんなあ」


 長めの説明を聞いたハンセンは、申し訳なさそうにハラダに答える。


「私も知らないです」


「俺も」


 リームもトーマスも追従した。

 そんな沈みそうな空気の中、一人ピートが明るくいった。


「僕は本で見たことある!」


 胸を張るつもりだろうが、腹を突き出しているようにしか見えない。


「本当!!」「やった!」

 

 ルネとトーマスは喜んでピートの方を見た。

 半分諦めの境地だったハラダも、コレには喜びピートに確認する。


「そ、それで、その『米』は手に入るのかな?」


 ピートは自慢げに答えた。


「『コメ』って名前じゃなくて本では、『ライス』って名前だったよ。脱穀してから粉にはしないでそのまま魚介類と一緒に煮込むって書いてあったから『珍しいな』と思って覚えていたんだ。ここから東の海にある聖竜列島の主食だって書いてあったから。旅商人になら手に入れられるんじゃないかな?」


 しかし、そのピートの説明に反応したのはハンセンだった。


「うーむ、ここは聖教国ロアームだ、竜の総本山 聖竜列島の物は禁制になっているからな。密輸になってしまう。しかし、隣国ドランに行けば、手に入るかも知れません」


「おおっ! ドラン王国なら手に入るのか! リズの了承が得られれば帰国する時についていくのもありだな。私はどの国の人間でもないし!」


 ハラダは今すぐドラン王国に旅立ちそうなぐらいご機嫌だ。


「師匠! ドランに行くのは、私の全稽古が終わってからにしてくださいよ? お願いしますね?」


「ハンセン殿。私がまたドコかに飛ばされでもしない限り約束は守る。二言はないぞ」


 少し慌てるハンセンに答えてから、ハラダはリーム達に向き直った。


「ありがとう良い情報だった。ハンセン殿も知らない情報だから貴重な情報だ。エルダーエイプの素材分として十分。これで依頼達成だ」


 それを聞いたハンセンも『ハッ』と気付きリーム達に話しかけた。


「確かに! これで素材分の依頼を達成したことに出来ますな! エリナ嬢に話しておくから、皆に『エルダーエイプの素材報酬分の依頼は達成した』と言えば良いぞ」


「こんな情報でいいのかな? 覚えていた本の情報を伝えただけだけど……」


「これを自分で調べたら見つけられないかも知れないだろう? それがあっという間にわかったんだ、十分報酬に値するよ」


 心配するピートを安心させるように語りかける。


「やったねピート! 報酬はピートの取り分を多くしなくちゃね」


「いや、皆三割で分けて。残り一割をパーティー資金にしよう」


 ピートが平等な分配を提案する。


「それで、いいの? これはピートの功績だよ?」


 リームがピートに確認する。


「いいよ! 僕らはパーティなんだから当たり前だろ。でも、今日の夕飯は奢って欲しいな」


 ピートは頷き大人の態度を見せたが、最後、食欲に少しだけ負けた。


「奢るわよ! もちろん」


「そうだね、パーッと行こう!」


 三人は夕食を何にするか協議をはじめた。

 その様子を微笑ましく眺めながらハラダとハンセンは稽古に戻るのであった。


*****


 稽古が終わり、土手を見ると<水の剣>のメンバーが座って終わるのを待っていた。

『どうした?』とハンセンが聞けば、『ギルドに行くのだったら一緒に』と答えたので、ハラダ達は<水の剣>と一緒にギルドに向うことにした。


 ギルドに着くと、ハラダを目ざとく見つけたエリナに捕まり、ハラダとハンセンはマスターの部屋に放り込まれる。


「おう、この前の特別依頼の功績査定が終わったぞ。人質を助け捕虜も捕まえたし<追加報酬>も考えたが、『めんどくせぇこと』にギルドを巻き込みやがったから報酬から手数料を引いたからな」


 ゴランが机に並べた書類から顔をあげて、ハラダにそう告げる。



 二人が席に着くとゴランが『報酬を渡してくれ』と、エリナに指示を出した。

 エリナは、後ろの棚に準備してあったトレーを取り出し、二人に差し出す。

 そのトレーには、中金貨一枚がのっていた。


「ちょっと待て! いくらなんでも手数料引きすぎだろ? 一人大金貨二枚が最低査定ラインじゃないのか」


 ハンセンがゴランに文句をいう。


「うるさいな。だから先に言っただろうが! 敵国兵士の越境をもみ消した上に重要人物まで匿っているんだぞ? それがどれだけ大変でめんどうなことか! 各方面への口止め料に、匿ってくれるルネに対しての日々の生活費の支払い、それだけで褒賞金全部消えてるところだ! 中金貨一枚でもあるだけ感謝しろ!」


 売り言葉に買い言葉、ゴランが怒る。


「う……確かにそうだが……」


 ゴランの反撃にたじろぐハンセン。

 その様子を見ていたハラダが仲裁をする。


「ハンセン殿、迷惑をかけているは間違いなくこちらだ。報酬が無くなるところを少しでも出してくれたんだからありがたく頂戴しよう」


「わかりました。仕方ありませんね」


 ハンセンは渋々引き下がった。

 その様子を厳しい顔で見ていたゴランだが、怒った気恥ずかしさを隠す為に、ちょっと強引に次の話に移った。


「次の話に移るぞ。今回の事件の現状報告だ。捕虜からの情報で山賊を指揮していたのは、ほぼ、ランサットだということがわかった。各地にアジトを持っていて、かなり大掛かりに特定の特徴ある人間を探して拉致していたらしい」


「リズは弱体化され魔法を抜き取られたと言っていた。他に拉致された人は何を目的に拉致されたのか?」


 ハラダは、他の拉致された人々が気になった。

 そのことについて、ゴランが答えた。


「あの怪物、あれは<ゴルゾフ>だったか? 他の拉致の目的はあれに関係していたらしいな。どうやら<ゴルゾフ>は<死霊術>で作られたらしい」


「<死霊術>だって?! ロアーム教の禁忌に触れることじゃないか!」


 ハンセンが驚く。


「ああ最悪だ。幾人もの臓器や体をつなぎ合わせた形跡があるとのロアーム教調査部からの情報だ。リズ殿も今回ハラダ達が助けなかったら最悪<死霊術>の餌食だったかもしれんな。まったく、胸糞悪い!」


 ゴランが顔を歪める。

 そこで、エリナが突拍子もないことを言い出した。


「もしかして、竜魔法を怪物に移植しようとしてたんじゃないかしら?」


 それにハンセンが異論を唱える。


「イヤイヤ、エリナ嬢ちゃん。竜の魔法を人間は使えないぞ。 竜魔法は覚えるものじゃないから。動物が教えなくても立って歩けるように、生まれつき持っている力だからな」


「それくらいは私もギルド職員だから知ってます。だから、何とかして使えるように人造人間を作ろうとしてたんじゃないかな。だって竜から<竜魔法>を抜き取っても、人間は使えない。だから、使える怪物を作ろうみたいな」


 竜魔法についての持論を展開するエリナ。


「竜であるリズ殿が魔法を抜かれ、怪物を作る為に<死霊術>が使われた。それは間違いない。だが、それ以外はあくまで憶測だ。今はこれ以上新しい情報がない。とりあえず、リズ殿への連絡員が数日後こちらに到着すると伝書鳥の隠密便で連絡があったから、それに期待だな」


「そうだな。連絡員が来たら<崩印石 >の在処もわかるし、他の情報にも期待できる。一緒に護衛役も来るだろうから、リズ殿の警護は終了かな?」


 ゴランの話に相槌を打ち、警護の早期御役御免を期待するハラダ。


「ハラダさん、そんなことを期待してると逆に警護を続けることになりますよ」


「ええっ? それはいやだなあ」


 エリナに忠告を真に受けたハラダ。


「そうだな、そのせいで警護延長になるようだったら、ギルドは手を引くからな。そこからの費用は、全部そっちで面倒みろよハンセン」


 ゴランもそれにのって軽口を叩く。


「ええっ、カンベンしてくれ。そんな金は無いよ」


 ハンセンが悲鳴を上げる。


「ハハハッ、冗談だ。こちらも乗りかかった船だちゃんとサポートするさ。さて、突然だが、お前達がここに来る前にハラダ殿の槍が修理完了したぞ」


「早いな! もう、か?」


 ハラダが驚く。


「別に急がせてないからな? 槍を武器職人に見せたら数年前に亡くなった高名な職人の作品とわかってな。偶然その職人の弟子が村に来ていて、『柄だけなら直せる』というので直してもらった。今、貸している槍より長いから扱いが難しくなるぞ?」

 

「ああ、大丈夫だ。戦場でならもう少し長くても良いぐらいだ」


 ハラダは問題ないと手を振った。


「よし、じゃあ貸していた槍を返してもらおうか」


 ゴランが『ズイ』と身を乗り出した。


「わかった。この部屋入り口に立て掛けてある。持ってこようか?」


「いや、貸した槍を武器庫の職員に渡してくれ。修理した槍と交換する手筈になっている」


「了承した」


 ハラダは席を立ち部屋を出ようとした。

 しかし、ハンセンがハラダに待ったをかけた。


「すいません師匠。私はエリナ嬢に先ほどの竜魔法の考察について聞きたいので、ちょっと、ここに残りたいのですが?」


「ああ、ハンセン殿。一人で行けるから問題ないですよ。でもエリナ殿の仕事は良いんですか?」


 ハラダは『エリナの仕事は大丈夫なのか?』と、心配する。


「今日の受付は新人君で心配ですけど、ここは引けません。本当にちょっとだけですよ」


 二人共『ちょっと』と言いながら、すでに臨戦態勢だ。


「ハンセンにエリナ。ここは俺の部屋なんだぞ、出来ればそういうのは違う場所でやってくれんかな?」


 ゴランがあきれたようにつぶやく。


「ははっ。ゆっくり議論してくれ。槍をもらったら戻るから」


 軽く笑って無責任な発言を残したハラダは、ゴランに睨まれながら武器庫に向った。

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