第8話 黒幕と怪物
「私を呼びましたか?」
皆が声の方向に振り向く。
月が雲に隠れて広がった暗闇から、うっすらと人の姿が浮かぶ。
「ランサット!!」
リズが怒り心頭の顔で睨みつける。
現れたのは三十代の優男。
黒髪が長く、体は細く華奢であるが、なぜか威圧感がある。
「おやおや、お怒りですねえリズ様。<古代森トカゲ>なんか使って連絡してくるとは思いませんでしたよ。お陰で内容改変するのに三人も始末することになってしまったじゃないですか」
「お前……王国の仲間を手にかけたのか?」
サガレスが腰の剣に手をかけた。
「嫌ですねえ、サガレス卿。私も少し哀れんだのですよ『リズ様が連絡さえしなければ殺さずにすんだのに』ってね」
「リズ様のせいでは無い! キサマ許さんぞランサット!」
サガレスはすぐさまランサットに切りかかり、その剣がランサットの頭部に命中する。
ギインッ
シュルルルル……グサッ
鈍い金属音が響いた。数秒遅れで横の地面に折れた剣の刃が突き刺さった。
まるで盾で剣を受けたかのような音だったが、ランサットは立っていただけだ。
盾等で防御はしていないし動いてもいない。
「力任せの攻撃ですね、まあまあの威力ですが私を倒すには、やはり足りませんね」
折れた剣をみて唖然とするサガレス。
哀れむ目でサガレスを見るランサット。
「慌てないでくださいよ、ちゃんと相手は用意してありますから。私はあなた達を全滅させる為に来たのですよ」
ランサットは『ニヤリ』と口角をあげた。
「ゴルゾフ! 来い!!」
「ヴぇい!」
濁った声での返事と共に『ズシン! ズシン!』と大きな足音がしたと思うと、
ハラダの身長の三倍はあろうかという継接ぎ鎧の大男がランサットの後方、離れた所に現れた。
頭が大きくほぼ三頭身。口が大きく耳元まで割れていて、人を丸呑みできそうだ。体が大きいので多少離れていてもよくわかる。
(これは、鬼の体にオオサンショウウオの頭がくっついたような化け物だな)
ハラダの思いをよそに、その大男が草木をなぎ倒しながら、ランサットに近付いて、後ろに立った。
「なっ、なんだコイツ!」
「行軍中こんなデカ物、いなかったぞ!」
突然の大男の出現に、驚き下がるサガレスと隊員達を尻目に、ランサットは大男のことを語り始める。
「どうです強そうでしょう? コイツは<ゴルゾフ>一人でオーガの集落を潰す古代文明が作りあげた最強兵です」
「なっ そんな、ありえない! C級冒険者五十人でギリギリな依頼を一人でなんて!」
エリナは驚く、ギルド最大級ともいえる規模の依頼を、一人でこなすなんて普通考えないからだ。
「いやあ、そこのハラダとかいう男は、砦の山賊を全滅させたじゃないですか? じゃあ、ありえるかもと思いませんか?」
『フフッ』とバカにしたように笑うランサット。
「おっ、お前! 私達をいつから見ていた!?」
ハンセンが身構える。
「ハンセンでしたっけ? あなたが必死に矢から逃れて岩に隠れたところぐらいですかね」
「うぐっ」
自分の失態を、ランサットに暴露されたハンセンは口ごもる。
そんな状況を知ってか知らずか、ゴルゾフがランサットに不満を述べた。
「おデ、腹ヘッてル。さっきの奴ラ、かたイ服ギてた。イッばイいタガ食ゥトコなカっタ!」
「ああ、リズ様奪還作戦の兵士達のことですか? せっかく全滅させたのに貴方への報酬が少なすぎでしたねえ」
「なんだと! 本隊を全滅させたのか!」
サガレスの言葉に、ハラダは松明の列を確認しようと山腹に目を向けた。
等間隔で並んでいた明かりは消え、一部で大きく燃え上がる火がある。
でも、それは全滅させられた証拠だ。
ハラダはランサットたちに目線を戻し、背中の槍に手をかけた。
「じゃあ、<ゴルゾフ>アイツらと戦え! 勝ったらお前にやる」
「おんナうまイ、やラかイ。なマで。オとコまズイ、焼イてくウ」
恐ろしい食事方法を述べるゴルゾフ。
「いいぞ? 食え! そして、殺せ!」
そして、それを焚きつけるランサット。
「おデ、はラヘッてル! デんブ食ゥ。ぜンブコロす!」
「そうだゴルゾフ! 戦闘開始だ!!」
「ウゴぉオオォー」
ゴルゾフが夜空を見あげ咆哮する。
「ヒイィイイイー 」
「に、逃げろぉおおー」
隊員達は咆哮に腰砕けになり立てない。
ハンセンやサガレスも構えてはいるが動けず固まっている。
しかし、ハラダは体を低く沈め力を溜めた。
「原田又佐衛門参る!」
銃から打ち出された弾丸のように、一直線でランサットに肉薄したハラダは槍を一閃。白い糸を引いた穂先はランサットに命中した。
リッ! リィイインンン
瞬間、まるで甲高い鈴のような音が聞こえ、ランサットから光霧が発生した。
「おっとぉ? 私の防御を破るとは!」
ランサットが距離を取り、身構えて言葉を続ける。
「その武器どこの遺跡からくすねてきたのですかあ? んんっ?! <遺跡武器>と思いきや、よく調べると只の槍じゃないですか!」
勝手に驚くランサット。ハラダは意味がわからない。
「さては貴方とんでもない槍の達人ですね!? これは相手してると時間がかかるな。<ゴルゾフ>に任せて私は撤退させてもらいますか」
勝手に納得し、ランサットは首を竦めると、一気に十歩ほど後ろに跳躍した。
「逃がすか!」
ハラダは槍を素早く上段に構えると瞬間的に跳躍。ランサットに再び肉薄し強撃を振り下ろした。
ガキィインッ
その攻撃を、ランサットは黒色の小刀(ナイフ)左右二本を交差させ受け止めた。
「さすがにそれの一撃を、もう一回食らうわけにはいかないんで、止めさせてもらいますよ」
「くっ」
ハラダは後方に跳躍し一旦距離を取る。
ランサットは、そのハラダにニヤリと笑い忠告する。
「私なんかに構っていていいんですか? お仲間が食べられてしまいますよ?」
『ハッ』として振り返ると、リズとエリナに迫るゴルゾフを、サガレス達が必死の形相で押し返している。
「では、サヨウナラ」
ランサットの声に向き直ると、すでに姿が消えていた。
「くそっ!」
ハラダは急いで、サガレス達の所に急ぐ。
そして、ゴルゾフと間に槍を振りあげながら飛び込んだ。
倒れた隊員の頭を掴もうと下を向いていたゴルゾフは、ハラダに気付き左手で防ごうとする。
腕が突き出された分、槍穂先が当たらず左腕に柄が当たる。
「グぎゃッ」
柄の凄まじい打撃に、一瞬ひるむゴルゾフ。
(やはり効かないか)
振りの途中からたいしたダメージを与えられないことを予想したハラダは、流れるような着地からしゃがみこみ、渾身の突きを相手の胸に放つ。
ズブリッ
「ギャぉオオおウッ」
穂先が刺さった瞬間、ゴルゾフは悲鳴と共に体が後ろにズレて立ち尽くす。
「今だ! 倒れてれている人と後ろに下がれ! リズの守りに集中しろ!」
「助かった! すまない!」
「ええ! 私も守ってよ!」
エリナは文句を言っているがそれは口だけで、ちゃんとリズを守るように行動している。
ハラダと隊員達が、ゴルゾフと距離を取ったのを確認した瞬間。ゴルゾフは前に詰めながら左手を振りあげた。
「今だっ!」
ハラダは軽く踏み込んで、右袈裟切りの牽制を入れながら槍を地面に着け、後ろ足で地面を蹴り、ゴルゾフの左上を飛び越え後ろをとる。
しかし、ゴルゾフは右腕の裏拳を放ちながら回転した。
「危なっ」
避けようと頭を下げたハラダに対し、ゴルゾフは切り返して振りあげた右腕を叩きつけた。
ガツンっ
「うおっとぉ」
ゴルゾフの拳は地面を叩いた。ハラダがしりもちをつきながらも後ろに飛び退いたからである。
素早く立ち上がるハラダ。しかし、その隙をゴルゾフは逃さなかった。
「フがぁッ」
ゴルゾフの左腕が横なぎに払らわれ、ハラダの体に激しい衝撃が伝わる。
「ぐはっっっ」
「師匠! 大丈夫ですか!?」
「大丈夫だ! ハンセン殿はリズを頼む!」
駆け寄ろうとするハンセンを制したハラダ。それを好機と捉え、仕留めようとしたゴルゾフ。
その右腕の攻撃が大振りになる。
「甘い!」
ハラダはその攻撃を、左に横っ飛びに回転してかわす。
ハラダが距離を取ろうと後ろに跳躍した時、次いでゴルゾフの左腕が振り下ろされる。
ゴッ
鈍い音がしてゴルゾフの拳が地面に突き刺さる。
「しめた!」
ハラダは一瞬、重心を後方に移し溜めを作った。
「いくぞ!!」
ハラダは大きく前に踏み込みながら、槍の三連続突きを放つ。
「ガぐッブボっ」
続けて上段に振りあげ、そのまま右左右左と槍を連続で縦回転させる。
「グガっ、グごゴゴごおオおぉ」
顔から肩を切り刻まれ、さすがのゴルゾフも片膝をつく。
「コレで、終わりだ!!」
そんな低い姿勢のゴルゾフの首にハラダの槍が強く振り下ろされた。
シュパンッ
ゴルゾフの首に白線が走った。
「……」
一瞬で、ゴルゾフの表情が消える。
首から血しぶきをあげゴルゾフの頭は、ゆっくりと地面に滑り落ちた――
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