第7話 少女の正体
焚き火を囲み、目の前につながれた捕虜の見張りと周囲の警戒をするハラダ。
捕虜二人は思いがけず食料にありつけたからか、満足そうに仲良く木にもたれながら、いびきをかいている。
エリナと救出した少女は、少し離れた所で同じ寝袋に包まっている。
食事をとるまではハラダ以外を警戒していたが、食事を提供したエリナに心許したらしく今やピッタリとくっついている。
救出した少女に食事の後エリナが事情を聞いたのだが、押し黙ったままなので続きはギルドに帰還してからとなった。
「師匠。変わりないですか?」
砦跡の事後処理を行っていたハンセンが戻ってきた。
「ああ、別に何もないな静かなものだ。そちらは何か収穫あったか?」
「まず魔物の討伐報酬の為に耳を切ってきました。ゴブリン五 オーク三 エイプ四ですね」
「ああ、あの猿は小型だったから只のエイプなのか。そうするとオークってあの猪顔のキバの奴か?」
「そうです。C級ですが肉が高く売れるので、冒険者は競って依頼を受けますよ。でも、今回は戦いで血抜きどころじゃなかったですから、売れませんがね」
ハンセンは『しょうがない』といった風に肩をすくめた。
「他には?」
「あのマスケット銃を回収しました。他にもう一本見つけましたよ。弾は百発ほどですが残念ながら火薬はかなり少ないです。なんとか二~三発ぐらいは撃てそうですが」
ちょっと、残念そうなハンセン。
「ハンセン殿は、鉄砲を扱ったことあるのかい?」
「はい、弾込めに三十数えるぐらいかかりますがね」
「たいしたものだ。私は見たことがあるだけで、触ったこともないからなあ」
鉄砲を扱えるハンセンに、触ったことさえないハラダは感嘆する。
「師匠良ければ教えますぞ? 丁度二本あることですし、まだ夜はこれからですからな」
「えっ、おお……そうだな……覚えておいて損はないな。良ければ頼む」
ハラダはハンセンに、マスケット銃の扱いを教えてもらう。
弾込めには手順があり、それを守らないと装填が遅くなり危険であるという。
「こんな感じだろうか?」
「ええっ! 私より速いですね……」
手慣れた感じで、装填したハラダ。扱った事が無いとは思えない。
「そうかな? でも、ちゃんと装填出来ているか心配だ」
「じゃあ、撃ってみましょう」
『この夜更けに?』 と、ハラダは周囲を見回す。
「いや、大きな音がするし危険じゃないか?」
「こんな山奥なんですから、別にいいじゃないですか。念の為に百歩ほど離れて砦方向に撃てば安全ですよ」
「安全か……わかった。では、撃ってくる」
ハラダは大股で百歩砦に向って歩き、木を避けて引き金を引いた。
パァンッ
銃からは問題なく弾が発射された。
「問題なかったようですね」
「ああ、ありがとう。コレでイザというときに使えるな」
礼を言うハラダに、ハンセンが突っ込んだ。
「いえいえ、私より弾込めが速い人が何を言っているんですか。一斉射撃の隊列にも入れますよ」
「ああ並んだ鉄砲隊が、入れ替わりながら絶えず撃ち続ける強力な戦法だな」
「一人で何発も撃てれば、そんなこともしなくて良いんですがね」
「そうだな、先に装填しておいて連発出来たらさらに強力になるな」
ハラダとハンセンはしばらく銃の戦法談義に花を咲かせる。
そして、談義が落ち着いた頃、突然ハンセンがハラダの胸元を指差しながら言った。
「師匠。その首から提げている物、今、光ってませんでしたか?」
ハンセンから指摘され、胸元を覗き込むハラダ。
「ああこれか? たまに光ったように見えるんだよ。たぶん光の反射だろうがな」
「そうなんですか。 私は何か知らせる魔道具かと思ったもので」
「まさか、腹痛の薬が入っているだけだぞ? でも、確かに何かが起こる時、光っているな」
ハラダは、別段代わり映えしない印籠に対し首を捻る。
「そんな凄い物には見えないけどな」
そう言って印籠から手を離し、何気なく顔をあげた次の瞬間、ハラダの顔色が変わった。
すぐさま、ハンセンに目配せし警戒するよう促す。
「ハンセン殿、向こうの山に松明が見える。まだ遠いがこちらに向ってくる者達がいる……十、いや三十……か」
「そうですな、嬢ちゃん達を起こしてきます」
ハンセンも厳しい顔になり、エリナ達を急ぎ起こしに行った。
「何! 敵襲?」
叩き起こされたエリナは、ちょっと慌てている。
「……」
少女は少し不安そうだ。
「敵かどうかはまだわからん。ただ松明の数から、百人以上それなりの人数がやって来ている」
ハラダはわかっている現在の状況を伝えた。
さらにハンセンが情報を補足する。
「方向はドラン王国の方向だ。ここの砦跡は元々ドラン王国が前の戦争で使った前線基地。戦争が終結し、ロアーム国軍が破壊したが奪還に来たのかもしれない」
「それが本当なら逃げるのが正解だな。我々を追うことは無いだろう。捕虜には気の毒だがぐっすり寝ているようだし、このまま捨て置いて逃げるとするか」
「了解」
「わかったわ」
逃げることが決定したその瞬間、今までしゃべらなかった少女がいきなり口を開いた。
「あの! その部隊は私を探しにきたのかも……」
三人が驚き、一斉に少女を見る。ハラダは少女に声をかけた。
「君しゃべれたんだな。とりあえず良かった。色々事情はあるのだろうが、今は緊急事態だ。とりあえず名前ぐらいは教えてくれないか?」
「私はリズ……という」
「では、リズ。なぜそう思ったんだ?」
ハラダが、優しく聞く。
「それは、私が救出の緊急連絡をドラン王国の兄さん宛に送ったから。でも敵か味方か、どちらに連絡が渡ったかわからないの」
「じゃあ、リズはドラン王国の関係者か? そして、あの部隊は敵か味方かわからないと」
「うん……」
「ふむ。ハンセン殿どう思う?」
リズの話を聞いたハラダは首を捻り、ハンセンに意見を求める。
「そうですな、現在ドラン王国では次期王座を巡って王子達が激しく動いていますからなあ。最近では第九王子が辺境に送られ独立したとか? こちらに向かっているのがリズ殿の敵にせよ味方にせよ、リズ殿が高貴な身分なのは間違いないかと」
ハンセンの指摘に、気まずそうにうつむくリズ。
「大丈夫よリズちゃん。たとえ相手が王であろうと、ギルドは救出した人を本人の同意なしに差し出すなんてことしないから、私達を信用してね」
エリナが声をかける。
「……はい」
リズは少し考えて、ちゃんと返事をした。
「師匠、どうします?」
「そうだな、相手が敵にせよ味方にせよ情報が少なすぎる。とりあえず逃げるのが得策だろう」
「そうね、ギルドの随行員としても同意見だわ。依頼は完了したのだから無駄な戦いは避けるべきね」
「そうですな、すぐ下山しましょう」
ハンセンを先頭に、四人は逃げようと山を下る。
しかし少し下った所で、目の前の地面に矢が突き刺さった。
「くそ、回り込まれたか!」
ハンセンが悪態をつく。
その時、前方から何者かに警告された。
「そこの四人止まれ! 止まらないと次は頭を狙う!」
『師匠どうします? 突破しますか?』
『いや、敵の位置がわからないし。弓兵が多ければ、矢をさばききれない。無理に突破すると、エリナ殿とリズが危険だ』
小声で相談を終えたハラダは、背中に背負っていたマスケット銃を素早く構えると、銃口を矢の飛んできた射線上に向けた。
「一本でも射掛けてみろ! 先にこちらの弾が当たるぞ! この銃は十連装の最新式だ! 何ならすぐにでも連射して弾をばら撒いても良いんだぞ!」
「ウソをつくな! そんな銃聞いたことないぞ! ハッタリだ!」
「ハッタリと思うなら矢を射掛けてこい。その瞬間にそちらは全滅だ」
本当に酷いハッタリだ。
銃は単発で、茂みに隠れた敵も視認出来ていない。それ以前に弾込めすら出来ていない。
暫しの沈黙、ハラダの額にも汗が浮く。
「……よかろう、では交渉だ。こちらとしても敵国内で揉め事を起こしたくない。その少女を置いていけ。そうすれば追撃はしない」
「姿を見せずに交渉など信じられるか! 交渉したいなら姿をあらわせ!」
ハラダは空の銃を構えながら、かろうじて月明かりに照らされた向かいの茂みに怒鳴る。
「……わかった。そちらに行く、撃つなよ」
こちらに向ってくる一人の足音が聞こえる。
(奇襲には注意が必要だな)
ガサリッ
茂みをかき分けて出てくる交渉者。
そして、交渉役の男は顔がギリギリ確認出来る位置で止まった。
リズはその顔を見て目を見開き驚いている。
「私はドラン王国守護竜クロード様の近衛騎士であり、交渉役のサガレスである! キサマらが山賊か! 今ここでリズ様を我々に返せば、今回だけは見逃してやる!」
そのサガレスの言い草に対し、ボソリとつぶやくハラダ
『おいおい、人違いだよ。大体その言い方は助ける気無いだろ?』
『そうですね、人質返したら一斉攻撃の感じですよね』
ハラダのつぶやきにハンセンが同意する。
その時、相手の敵対的な態度に、リズがあわてて大声をあげた。
「待て! サガレス! 彼は私を助けてくれた冒険者だ。山賊達は砦の中で死体となっているハズだ!」
(お! これは味方を引いたか? リズはサガレスのことを知っているようだ)
ハラダの期待値が上がる。
「リズ様! それは本当ですか!」
「そうだ! すぐに剣を収めよコレは命令だ!」
サガレスはリズの言葉に従った。後方に合図して、ハラダ達が敵ではないことを知らせる。
すると、すぐに五人の隊員達が、サガレスの元に集まってきた。
ハラダが銃を収めた時、リズはサガレスの元まで走り、その手を取った。
ハラダも顔が判別できる位置まで、ゆっくりと近づく。
歳は四十代か? スラリとした長身で騎士であるようだ。
「良かった! まさかサガレスが来てくれるとは思わなかったぞ!」
「喜んでもらえてなにより。それよりも『賊に連れ去られた』と聞いたときは耳を疑いましたぞ?」
「不覚をとってしまったわ。力を封印されてしまったの。ほら、姿もこの通り」
リズは<クルンッ>と回ってサガレス達に自分の姿を見せる。
「おお、少女だ……コレはすばらしい、これなら殴られる心配がない。」
「た、確かに……いつもの凶暴性のかけらもないです」
「リズ様の力を封印してくれた神様ありがとう……今日、安息の日がやってきました」
(この隊員達は本当にリズの無事に安堵しているのか? ちょっと違う気がする――)
首を捻りながら、そう思うハラダ。
「ゴ、ゴホンッ! お前達! 心の声が漏れているぞ注意せよ!」
「うん? サガレス、私の無事を喜んでいるのだから、そう怒るな」
サガレスを注意するリズ。
リズは、隊員達が自分の無事を『喜んでくれた』と思っている。
「ところでサガレス? お前がここに来たということは、私からの緊急連絡が届いたのよね?」
「はい、『力を封じられ賊に捕まった』と聞いて急ぎやって来ました」
「ということは、あ奴、<ランサット>はすでに獄中か? それともすでに処刑されたか?」
リズはさも極刑は『当たり前だ』と言わんばかりに、首謀者の名を口に出し、その者の状況を聞いた。
「は? ランサット子爵ですか? 処刑なんてとんでもない! ランサット子爵はいち早く王家と守護竜様にリズ様誘拐の情報を伝えた今回の功労者ですぞ!?」
サガレスからランサット子爵のことを聞いたリズの顔は、急に青ざめていく。
「どうした? リズ何があった?」
様子がおかしいと気付いたハラダは、ゆっくりリズに近付き訳を聞いた。
リズは動揺していたが、ハラダに問われたことで我に返った。
「ラ、ランサットは今回の誘拐の主犯よ! 私の力を石で封印し、私の身体を調べて竜魔法を調べて抜き取ろうとしていたの! それで私は山賊の砦で監禁されてたのよ!」
「ええっ! ま、まさか!!」
サガレスが目を見開く。
「私は何とか兄さんと連絡をつけたいと思っていたわ。でも、力を封印されて、なす術がなかった。そんな時<古代森トカゲ>が偶然牢屋の中に入ってきたの。私に運が向いたと思ったわ。コレが最後のチャンスと思って、竜語で話しかけて契約。緊急連絡を頼んだのよ」
「緊急連絡はついた。でも、内容はランサットに改変されたということか?」
「でしょうね」
ハンセンにエリナが同意する。
「サガレス。それで? 今、ランサットは何処に?」
リズは真剣な面持ちで聞いた。
「ランサット子爵は――」
サガレスが答えようとした時、それを遮るように暗闇から声がした――
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