第3話 服屋(雑貨屋)にて
トルネア村は他の村より大きいとはいえど、そこはやはり村なので専門店などはない。
いわゆる雑貨屋に、服の展示販売室があるだけである。
それでも、見本さえ置いていない他の村に比べればマシなのであるが。
「邪魔するよ女将、いるかい?」
「いらっしゃい! あら、ハンセンじゃないか」
入り口からハンセンが、顔を覗かせ声を掛けると、女将のルネが威勢よく出迎えた。
背が高く手足も細い華奢な女性で、見た目は四十代ぐらいか? 目鼻立ちがくっきりとした美人で尖った耳が特徴的だ。
「後ろの方は誰だい? 結構な使い手だね」
「さすが女将ルネ。伊達に長く生きてないな、当たってる。この方はこのたび私の師匠になったハラダ殿だ」
ルネに感心し、ハラダが自分の師匠だと紹介するハンセン。
「ええっ。領都の道場主様が、今更弟子入りかい? そりゃまたとんでもない達人なんだろうねえ。それで、弟子入り許可のお礼にアンタがその服の洗濯と着替えを買ってあげるってトコかしら?」
つらつらと推理する女将ルネ。
「そうだ。師匠の為に良い物を見繕ってくれるか?」
「いや、ハンセン殿。師匠はやめて名前で呼んでもらえないかな」
「いえ、ケジメですよケジメ。弟子になるのですから、まず形からです」
ハラダの頼みを一蹴するハンセン。
「なんだか面白い関係だねぇ? わかったわ。でも先にその体を何とかしないとね、ハラダさんだったわね?」
「はい。ハラダと申します」
「じゃあハラダさん、まず店裏に回ってくれる? 頭も体もかなり汚れがついているわ、井戸があるからそこで服脱いで体を水で洗ってね。着替えは見繕って持っていくから」
そういうと、どこから取り出したのか、彼女の手には手桶と手ぬぐいがあり、それをハラダに渡した。
「じゃあハンセン、ハラダさんを井戸まで連れていってあげてね。私は着替えを探してくるから」
そう言って彼女は、服の展示室に入っていった。ハラダはハンセンと裏の井戸に向った。
井戸に着くとハンセンが、つるべで水を汲み手桶に移す。
ハラダは汚れた裃と小袖を脱ぎ、ふんどし姿を見せる。
ハンセンが手ぬぐいを水に浸し、絞ってハラダに渡す。
手ぬぐいを受け取り、井戸の石組みに汚れた裃を掛けてから、体をぬぐい始めるハラダ。
その姿を見ながら、ハンセンが口を開いた。
「師匠。さっきの女将、凄く美人だったでしょう? でも、あれは北の森林地帯を治めるエルフ王国の出身です。あの美貌に騙されちゃいけませんぞ」
「あれが? 来る途中に聞いた長寿の種族なのか?」
山を下る途中に聞いた<エルフ>と言う種族だったなとハラダは思い返す。
「そうです、彼女は風魔法の達人で、ああ見えて四百歳。私なんてこの歳で子供扱い」
「四百歳! そりゃ凄いな」
「それでなお、現役の冒険者で風魔法の達人なんだから」
ハンセンは、まるで自分の事のように胸を張る。
「魔法? ああ、色々出来る不思議な術のことだね」
「そうです師匠。そういえば帰り道で『魔法と陰陽術は似ているかもな』とか言ってましたね?」
「いやいやどうかな? 私は陰陽術のことを文献で読んでただけだから、本当のところはなんとも……ただ聞いた限りだが、似ているなと思っただけなんだが」
などと、ハラダが話をしながら体を拭いていると、店の裏口から女将が着替えを持って現れた。
「おや? 変わった下着だねえ。お尻丸出しじゃないか」
着替えを裏口のベンチに置くと、ハラダの体をしげしげと眺める。
「ルネ! さすがに大の男の裸をしげしげと見つめるのは失礼だぞ」
「何言ってるの! あんたたちまだ百歳にもなってないでしょ? 私からすりゃ子供みたいなものじゃないか。子供の裸をしげしげ見たって問題ないわよ」
カラカラと笑いながらハラダに近寄り、お尻を『ペシンッ』と叩く女将ルネ。
(確かに昔近所のばあさんにやられた感じに似ているな)
とハラダは思う。
女将ルネは、ハラダの横を抜けて、井戸に掛けてあった汚れた裃と小袖を手に取り、しげしげと見た。
「こりゃ落ちないね、部分染めでごまかすか、染め直しだ。 それになんだいコレは! クロースアーマーかと思ったがどこにも補強が無いじゃないか!? こんな只の服で魔物と戦ったのかい?」
「すごいだろう? あの、エルダーエイプから一撃も食らわなかったんだぞ」
「なんだって! エルダーエイプを相手にかい!? そりゃ凄い英雄様じゃないか、これはちょっと考える必要があるかもしれないねえ……」
ルネの目が怪しく妖艶なものに変わる。視線がハラダの体を舐めまわす。
「おいルネ! 歳の差を考えろよ、ハラダ殿は子供みたいなんだろう? 変な気起こすなよ捕まるぞ」
ハンセンが慌ててルネを注意した。
「アンタうるさいね、勘違いするんじゃないよ。 私とパーティを組める戦士じゃないかって肉付きを見てたんじゃないか。まったくアンタは、いつまでも考えがガキだねえ」
仲良い壮年夫婦の、日常をみているようだ。
(大変面白いが、そろそろ体も冷えてきたし服を着たい)
そう思ったハラダは、女将に着替えを催促する。
「なあ汚れも落ちたし、そろそろ着替えをもらって良いか?」
「おっと、そうだね体冷えちまうね。着替えはそこのベンチに置いてあるから着てみておくれよ」
「おっ、どんな服か気になるな」
三人はベンチの側まで移動する。
「ちょっと細いが、これは袴に似ているな」
ハラダは着替えの下衣を持ちあげて眺めた。
黒色に染められてたその下衣は、脚に張り付くのではと思うぐらいに細い。
わかりづらいが良くみると、太ももの前部にヘビに似た皮があてられている。
「それは、クロースアーマーの下衣さ。ちょっと高級品でね、太ももの前あてにブラックリザードの皮が使われてる良いものだよ」
「ブラックリザード!? なんでそんな高級品この村にあるんだよ!!」
ハンセンが悲鳴をあげる。
「アンタが良い物を見繕えっていったから、ウチで一番の物を持ってきたんじゃないか? 領都の騎士道場主様が、いまさら引っ込めろとは言わないわよねえ」
「ぐうっ」
ルネに言い負かされ、ハンセンは声にならない。
ハラダはその下衣を穿いてみた。脚になじんで、とても動きやすく、しかも軽い。
「これは良いな」
「ほら! 良いだろう。 私が風魔法を付与したから蒸れることもないよ」
「ひいいっ! 魔法付与までされてるぅ」
ハラダとルネが話している横で、ハンセンは値段がいくらになるのか戦々恐々としている。
「うるさいね、アンタは! まだ、上衣の説明がまだだよ!」
ルネはハンセンに一喝すると、ハラダに上衣を差し出した。
ハラダの知っている着物と違い、これも体の線に張り付くような作りだ。
「ほら、ハラダさん。コレが高硬質と高弾性を併せ持つ最高級素材、グリーンワイバーンの皮を使ったレザーアーマーさ。残念ながら素材自体に魔法耐性があるから、魔法付与は無いけどね」
「そ、そんな……グリーンワイバーンのレザーアーマーなんて領都の一級工房でもそうそう見られないぞ……」
ハンセンが諦めたようにつぶやく。
「ああ、なるほどこうやって前を留めれば、帯は要らないのか。手首も絞ってあって袖が邪魔にならなくて良いな」
ハラダは上衣の着心地を確かめると、ルネに話かけた。
「なあ、女将。この上衣もとても軽くて動きやすい良い物だと思うが、そんなに高価なものなのか?」
「そうねえ確かに庶民には手が出せないだろうね。でも、領都の道場主様なら大丈夫さ。二つあわせてたったの大白金貨一枚だ。今なら沼牛のブーツと手袋をつけるよ」
「だ、大白金貨一枚! 領都に家が建つぞ……」
「家が建つ!? 天下の名刀クラスの品じゃないか! そ、そんなものはさすがに辞退するぞ。女将もっと安い、一般人向きの服はないのか?」
あまりの高額に驚き、購入辞退を申し出るハラダ。
それを聞いたルネは大きな溜息をつく。
「は~っ、なんだい、なんだい! そろいも揃って肝っ玉が小さいねえ。エルダーエイプを倒したんだろう? そこは図太い態度で、堂々とハンセンに買ってもらう流れだろうよ。ハンセンが『金無くて買えませんっ』て頭下げるのを楽しみにしてたのに、そこでハラダさんが逃げちまったら元も子もないじゃないか」
どうやら女将は、ハンセンに悪戯を仕掛けて反応を楽しみたかったようだ。
「えっじゃあ、その上下衣はニセモノ……」
ハンセンが呆けた顔でつぶやく。
「まあ、ニセモノって程じゃ無いさ、ちゃんと良いものだよ。下衣はブラックボアの皮を使ってる。通気性が良いから弱い風魔法しか付与してない。上衣はねグリーンリザードの皮さ。ブラックリザードの皮より一段落ちるが、上級の冒険者でも愛用者がいる良い物さ。合わせて大金貨一枚安いだろ」
「そ、それなら買える! 買いますぅ~」
ルネの言葉にハンセンが食いつく。
ハラダはその様子を見て、悪徳で有名な呉服屋の手法を思い出していた。
(手の出ない値段の高い品物を見せて、その少し下の品物を買わせる。実はその品物も十分に値段が高いという訳か)
ハラダはルネの思惑を見抜いたが、ここは口出しをしなかった。
ルネの眼光に『黙ってろ』と釘を刺されたと感じていたからである。
(さすが、四百歳抜け目がないな)
女将ルネに感心しきりのハラダであった。
******
印籠内の小さな空間に光が灯る。
そして、小さな白髭の爺さんが、印籠内に現れる
「エルフか・・・・・・乗り込んできた<帝国>とか言う邪神が作った種族は、大量に見るのう。『ワシの庇護下だった種族が肩身が狭いじゃろうが!』と文句言っても届かんのがつらいのう。ともかく、この力を完全にする為、頑張るしかないわな。そうじゃとも、何回もここで休憩しとる場合ではない! しばらく集中して神力をなんとか物にするぞい」
そう言って爺が消えると同時に、印籠内の灯りも消えた。
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