第2話 師匠をさがす師範

 山の中腹をぐるっとまわり北側の斜面に来ると、前が突然開けた。眼下には広大な平地が広がる。

 平地の左奥から正面奥遠くまで、鉤手に囲う山脈。

 そこから何本か川が流れ、平地の右側にある海か湖であろう水面に流れ込んでいる。


 雄大な景色にハラダが感動し見入っていると、『正面山脈の尾根に横たわる、大きな要塞があります』とハンセンが教えてくれた。

 

 目を凝らして何とか見える要塞から、こちらまで森や林を避けるように、街道が延びている。

 平地中央で道が交差している交通の要所に、宿場町があるらしい。


 その他は、青々とした草原に見える麦畑が占めていて、その中に小さな集落がいくつか点在している。そのうち一番こちらに近い集落をハンセンは指差した。


「あれが、トルネア村です」


「ああ、あれがトルネア村か。確かに他の集落より、大きく見えるな」


「ええ、他の集落の二~三倍で、宿場町の半分ほどの大きさがあります。トルネアは辺境に近くて魔物が多く、討伐する冒険者が集まって大きくなった村なので」


「魔物? あの倒した<大猿>のことかな?」


「ええ、あれも魔物です。我々は<エルダーエイプ>と呼んでいますが」


「<エルダーエイプ>というのか……そういえば、ハンセン殿と会う前に緑の小さな餓鬼を倒したのだが、それも、もしかして魔物ですかな?」


「緑の小さい……ああ、それは<ゴブリン>ですね。討伐対象の魔物ですから、同じく右耳を持っていけば賞金が出ますよ。ただ、かなり弱いので額は少ないですが」


「ほう、あれも討伐対象ですか? では、もしかして頭に角がある大きな鬼なんかもいたりしますかな?」


 ハラダは自分の頭に、人指し指で角を作りながら聞いてみる。


「いますよ。それは<エルダーオーガ>の事ですな? もちろん、討伐対象で<エルダーエイプ>と同等の賞金が出ます」


(そうか、ここには妖魔が本当にいるのだな……そして、それらを討伐する冒険者か……)


 暫し、考え込むハラダ。


「あの……どうかしましたか?」


 突然黙ったハラダを気遣い、伺うハンセン。


「ハンセン殿。その冒険者とやら、私にも出来るであろうか?」


「えっ、冒険者をですか?」


「ええ、『これからどうしようか?』と思っていたのですが、ハンセン殿の話を聞くと冒険者稼業も『良いな』と思いまして」


「ハラダ殿の腕前であれば、問題ないと思いますが……。ただ『今スグ』となると難しいかと。他国から来た者には厳しい審査がありますからな。でもなりたいとおっしゃるならば、手助けをしますよ」


「かたじけない。衣食に宿に仕事にまで、ハンセン殿に頼りきりで恩にきます」


 ハラダが感謝の意を示した。

 ハンセンは『ここだ!』と思った。そして、すぐに自身の願いを切り出した。


「いや、恩にきてくださるなら、こちらの願いを一つ聞いてくれませんかな?」


「なんでしょう?」


「ハラダ殿。私を弟子にしてもらえませんかな?」


「はぁ?」


 ハンセンの突然の申し出にハラダは困惑した――


******


「――では、これから弟子として頑張らせて頂きます!」


 ハラダは、ハンセンに押し切られ、弟子にする事を了承した。

 月謝まで払おうとしたハンセンに対し、替わりにロアーム国の情報を教えてもらうことで折り合いをつけ、なんとかハラダは槍指南の月謝を断った。


 「はい。師匠がそう言われるなら分かりました。少し私としては残念ですが、そうしましょう。では、歩きながらでも話をしていきましょうか? わからないことがあれば質問してください」


 二人は話をしながら山を下る。


 しばらく歩くと山道が終わり、平地に入った。

 麦畑の間を縫うように広がる細い道を歩き、二人は村の入り口までやって来る。


 さすがは魔物討伐の村。村中心に丸く円を書くように太い丸太の壁で囲んでいる。さらに、その外側に堀を作り魔物の襲撃に備えている。


 そして村の入り口は太い丸太で組まれた大きな扉の門があり、門番が二人立って監視をしている。


「ご苦労さん。マシュウ」


 ハンセンは向って右に立っている、背の高い鋭く厳しい目付きをした中年の門番に話しかけた。


「あっ、ハンセン様おかえりなさい……って、あれっ? 夕方に帰るって言ってませんでしたか?」


「ああ、山でエルダーエイプに襲われてな、まだ早いが帰ってきた」


「<エルダーエイプ>!? あいつらは今の時期は夜行性のはず……巣でも攻撃しないと襲って来ないはずですよ!!」


「ゴブリンにでも矢でも射掛けられたんじゃないか? あいつら粗末な弓矢ぐらいは持ってるからな。まあそれで運悪く<エルダーエイプ>に襲われた私は、運よくこのハラダ殿に助けてもらったのだ」


 ハンセンの説明を聞いたマシュウの目がハラダに向く。

 折れた短い槍を持ち、奇妙な髪型で髪が乱れている。服は血みどろで死闘だったことは想像に難くない。


「相手が<エルダーエイプ>だって? お手柄だな! アンタのその様子じゃ何とかギリギリ追い払ったって感じだろうが……なにしろハンセン様を無事助けたんだ、胸張っていいぞ」


 追い払ったと勘違いしているマシュウがハラダを褒めると、ハンセンが横入りした。


「何を言っているんだマシュウ!? ハラダ殿は、その折れた槍でエルダーエイプを倒したんだぞ! しかも一人で!」


「は? そんなバカな! A級魔物ですよ一人で倒せる訳無いですよ!」


「それがなそんな訳があるんだ。しかも、瞬殺だ瞬殺!」


 ハンセンは自分が倒したとばかりに、自慢話を始めた。

 そんなハンセンに疑いの眼差しを向けていたマシュウは、ハラダに目を移して話しかけた。


「なあ、あんたが倒したなら討伐証明の耳は持ってるよな? 見せてみろ」


「ああ、コレか?」


 ハラダは間髪いれず<大猿>の耳を取り出した。


「うぉっ。本当に本物じゃねえか! もう、わかったから大事に仕舞っとけ。誰かに奪われたら高額報酬がもらえないからな」


「ほれ、本当だったろう? だからな、私はなこのハラダ殿に弟子入り志願したんだ」 


誇らしげに胸を張るハンセン。

その言葉を聞いて、『ギョッ』とするマシュウ。


「えっ ハンセン様って領都に道場開いているのだろう? 道場どうするんだよ!」


「この村でしばらくハラダ殿に稽古つけてもらう予定だからな。まあ、なかなか道場には戻れんだろうが大丈夫さ。別に道場をやめるわけじゃない。私がいなくても師範代がおるしな、弟子共は勝手に稽古して帰っていくさ」


「ふーん。まあ人様の道場に文句は言えんか」


 そういうとマシュウは、頭を掻きながらハラダの方を向いて謝る。


「それよりハラダさんよ悪かったな。あんたの実力は認めさせてもらうわ。なんたって<エルダーエイプ>の討伐証明を持っている上に、領都の道場主を弟子にしちまうんだからな」


「お褒めの言葉かたじけない」


「なんだ? また変な言葉使いだな。ドランの田舎からでも出てきたのか? ……まあいいか、とにかくハラダさんよ? 決まりなんで、外から村に入るなら入村料を払ってくれ。銅貨三枚だ」


「ああ、それは私が払う。命の恩人に払わせられない」


 ハンセンはズボンのポケットから数枚硬貨を出すとマシュウに手渡した。

 手の中の硬貨を確認しようとしたマシュウが『あっ』と声をあげた。


「ハンセン様ちょっと! 銀貨が混じってますぜ?! 多すぎます!」


 マシュウが慌てて銀貨を返そうとする。


「それは、口止め料だ。私が魔物から襲われて、人に助けられたことを吹聴するなよ。特にギルドマスターのゴランには絶対だ。そこの新人君と一緒に飲みにでも行くと良い」


「へへッ! そういうことですか了解です! 一切口にいたしません! ほれビンス、お前もお礼言っとけ」


「ハンセン様! お初にお目にかかります! このたびは大変な目に……じゃなかった口止め料ありがとうございます」


「ばか! そこは『ありがとうございます』だけでいいんだ! 余計なこというな」


 マシュウはビンスを小突く。

 小突かれたビンスは、いかにも新人と言った少年で『へへっ』と頭を掻いている。


「マシュウ……新人への口止めも、ベテランの役目だぞ? 頼むからな」


 そう言ってハンセンは門をくぐり、村の中に入っていく。

 ハラダもそれに続いて、中に入った。

 中に入って少し歩くと、ハンセンが立ち止まりハラダに向き直る。


「さて、さすがにそれでは目立ちます。師匠のお召し物をまず何とかしなければなりませんな。まず服屋に行って、一通りそろえましょう。御代は私が持ちますので心配なく」


 確かに、行き交う人々がハラダを見て様々な反応を見せる。

 反応は様々だが目立っているのは確かだ。


「すまんな、ハンセン殿。かたじけない」


「いえいえ、久方ぶりの<弟子入り>ですからな。奮発させてもらいますよ。さ、急ぎましょう」


 ハンセンとハラダは服屋に急いで向うのであった。


******


 また、印籠内の小さな空間に光が灯った。

 そして、小さな白髭の爺さんが、印籠内に現れる


 <元神>はハンセンの今のやり取りについて思うところがあった。


(師範にまでなった者が、他人に弟子入りするとは、よほど悔しかった事があったのであろうな。ワシも、どこからともなく現れた<人神>にこの星の人々の信仰心をゴッソリ奪われた時は悔しかったからな。だが! ワシがこの小箱の全ての神力を手に入れた暁には、<元神>から<神>へと返り咲ける……ハズじゃ)


 はっきりと神に戻ると言い切れず<元神>はポリポリと頬をかく。


「ふぅ、また波長を合わせる為に頑張るかの……」


 そう溜息をついて、印籠内の灯りが消えた。

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