槍の達人戦国から異世界へ ~ハラダ 神に憑かれる~
法行与多
第1話 切腹のち異世界
「さて、参ろうか」
名を呼ばれた武士は切腹の座に向かう為、部屋を出た。
部屋から座まで伸びる敷物の上を歩きながら、これまでの人生が頭に浮かぶ。
(戦国の世を駆け抜け、太平の世を見れた)
それは、生涯独身を貫き、齢を重ね爺となった身には充分な人生だったと思う。
ただ、老武士が口惜しいと思うのは、城主となった若様を甘やかす不忠者共を、根絶やしに出来なかったことだ。
領地の検分で行った村で、休憩で出された茶が気に入らないと、村長を斬ろうとした若様。
それを静観し、老武士が止めに入ったのを、不敬だと攻め立て若様に無礼討ちを進言する不忠者達。
「その進言を受け入れ、その不忠者達に、無礼討ちを許可した若様も若様だが……」
老武士は、大立ち回りを演じ、不忠者の半数十人ほど切り捨てた。
しかし、刀が折れ捕縛されてしまう。
「その結果、このようになった訳だが」
『フッ』と鼻で笑い、座に着いた老武士は、麻裃に手をかけ諸肌を脱いだ。
(さて、生まれ変われるなら、外道から弱き者を守れる強さが欲しいものだ)
老武士は頭の片隅に願いを浮かべながら、作法に乗っ取り腹に刀を当てた。
そして、その刃が腹に食い込んだ時、介錯の刃が落とされた。
ザシュッ!
こうして、老武士の意識は黒く塗りつぶされ、死を迎えたハズであった……。
『……力を与えます。新しき場所で……』
老武士は何やら声が聞こえた気がした――
******
ブゥゥゥンッ ヴッ ブゥゥウン
木々の間をヨタヨタと飛ぶ甲虫。
その背に白く灯る小さな光。
(コリャいよいよ年貢の納め時じゃな)
甲虫は空中で止まり、前足をバンザイして首を振った。
そんな甲虫の、前空間が突然歪み、そこから人間の男が一人放り出された。
地面にうつ伏せでバタンと倒れる男。
(なんじゃ? ああ、転移罠にでも飛ばされたか? 昔のように力があれば助けてやりたい所じゃが、今はそんな力もないしのう……)
無視して通り抜ける甲虫。
しかし、甲虫はすぐ戻ってきた。
(あの、小さい箱はなんじゃ?! 神の力に近いものを感じるぞい! しかも、元の主とのつながりが切れておる。コレはチャンスじゃ!!)
甲虫は、男の首にかかる紐に繋がり、体の側に落ちた小さい箱にとりつく。
そして、その箱を調べるかのように周りをガサゴソと歩く。
(おお! やはり元の主とのつながりは無い。コレなら今のワシでも乗り移れるではないか! 少し波長が違う力だが慣れれば問題なかろう。コレでワシも神に復活できる!)
甲虫はそのツノを小箱に乗せ、その背に灯った光が、頭からツノをつたって、小箱に吸い込まれる。
そして、小箱が一瞬輝くと、甲虫は仰向けにひっくり返り動かなくなった――
******
「う……」
どのくらいの時間が経ったのか、いやそれとも瞬間なのか……気が付いた老武士が、少し顔をあげ薄目を開ける。
目の前に草が見えた、『ハッ』と目を見開くと辺りは木々に囲まれている。
「ここは何処だ、あの世なのか?」
老武士は、うつぶせに倒れていた草むらから、ゆっくりと起き上がる。
身につけている衣服は、切腹時のまま。
その切腹をしたはずの腹を、確認してみるが傷はない。
それどころか、若く引き締まり青年の頃のように腹が割れている。
「若返った? なるほど、あの世では若い時分の姿になるのか」
若返ったその姿は、もはや老武士ではなく、眉目秀麗な若武者である。
その身の丈は六尺(百八十センチ)程、一見細身であるが腕や胸元には隆々とした筋肉が見える。
武士は、介錯を受けたはずの首にも手をあててみる。
「首も問題なさそう……」
カサリ
手に触れるものがある。
手に取ってみると、見覚えのある物が首から提げられていた。
「なぜ私の印籠が? 家族に渡るよう、世話人に託し、身につけてなかったハズだが?」
突然その印籠が一瞬、光の反射かのようにキラリと光った。
「―――ッ」
ほぼ同時に、何者かの殺気感じた武士は、素早く真横に跳ぶ。
そして、先ほどまでいた場所には、矢が突き刺さった。
「ギヒャヒャヒャッ」
気味の悪い、甲高い笑い声と共に、奇妙な生物が現れた。
緑褐色の肌を持ち、耳まで裂けたような大きな口から飛び出た牙。
角がない鬼を、小さくしたような奴が二匹いる。
前に陣取る奴は、短い槍を持ち威嚇している。
後ろの奴は弓に矢を継ぎ、さらに若武者を追撃する為、弓を引き絞った。
「なんの!」
武士は素早く前鬼の懐に飛び込む。
そのまま流れるように、その手から短い槍を奪い、そのまま首をはねる。
そして、後衛の鬼に素早く槍を投げつけた。
投げつけられた槍は、一直線に後衛の頭に突き刺さる。
そして矢があさっての方に飛び、ほぼ同時に崩れ落ちる二体の鬼。
「なんだこれは? 鬼なのか? いや、絵図絵巻に描かれている餓鬼みたいだ。こんなものがいるとは……」
着崩れを直し、武士はあらためて周辺を見る。
草や木に小さな花などを見れば、故郷の山と別段替わらない景色である。
「しかし、これが黄泉の国の日常なのか……。何にせよ、こんなことが続くなら、この槍はもらっておくべきだな」
武士は後ろの餓鬼に近付き、刺さった槍を抜く。
柄の途中で折れたのであろうか? 石突きがない。この折れた槍は三尺ほどの手突槍ほどの長さしかない。
ブンッ
しかし、軽く振ってみると以外にもしっかりしていた。
「元は良い槍だな、袋穂は中々いい。出来れば六~八尺ほどの柄が良いが、贅沢も言っておれん。当面はこれでなんとかしよう」
武士が、あらためて周辺を調べようとした時だった。
ギィインッ
激しく、武器が交わる音が聞こえた。
それに続く男の声。
「くそっ! これまでか!」
武士は一も二も無く、声がする方に走る。
現場に着くと、人の二倍ほどある<大猿>が、見慣れない服装した壮年の男を襲おうとしていた。
剣を大猿に弾き飛ばされたらしく、壮年の男は丸腰である。
木の根元に追い詰められているが、必死に右手を振り大猿を追い払おうとしている。
「お前の相手は、こっちだ!」
武士は<大猿>目掛けて、石を投げて走る。
「グヲオオオォッ」
石が当たった<大猿>は、咆哮をあげながら躊躇せず武士に走り、距離を詰めた。
そして、大きく踏み込んだと思うと右斜め下から拳をを斜めに振りぬいた。
「うおっ!」
懐に潜りこもうと、頭を下げ低い体勢になっていた武士。
その顔面に迫る拳を、慌ててのけぞり避ける。
しかし、大猿の攻撃は止まらず、そのまま裏拳で返す。
武士は槍の穂先で、裏拳を受け流そうとした。
だが、袋穂に猿の腕毛が引っかかり、武士の体が外に引っ張られた。
体勢を崩した武士の顔面が、ガラ空きになる。
「ぐっ!」
その瞬間<大猿>は、武士の顔面に躊躇無く左拳の突きを放った。
バツンッ
鈍い音が響く。
武士は顔面の寸前で<大猿>の拳を、槍から離した左手で受け止めた。
「ガフッ」
<大猿>の動きが止まる。
武士はその一瞬を逃さず、槍を持つ右腕を振り<大猿>の顔面を切りつけた。
「ギャッ、ギャアァァ~」
飛び散る鮮血に、思わず顔を抑えて横を向く<大猿>。
その大きな隙を逃さず、その横腹に槍を突き刺す武士。
「グガアアァッ!」
激しい痛みに怒り心頭で武士に向き直り、上段に両拳を構える大猿。
だが、武士は素早く突き刺してある槍を、横に振り抜き腹を掻っ捌いた。
血しぶきと共に振り切った穂先の軌跡が、白糸のように空中に現れ消える。
「グォオウオオオォォォ~」
どこか悲しげな咆哮を残した大猿は、武士の目の前で突っ伏して倒れ、絶命した。
短い時間に行われた攻防の結末に、あぜんとしている壮年の男。
武士は壮年の男の元に駆け寄る。
「大丈夫か? 怪我はないだろうか?」
「$%&#~&%$$#」
武士には壮年の男の言葉が聞き取れない。
(言葉がわからん)
武士が困って頭をかいていると、
「聞こえているか?」
突然聞こえた言葉。
その、壮年男性の言葉に驚く武士。
「あ、ああ、どうやら耳の調子が悪かったようだ。ところで怪我はないか?」
「ああ……それは、大丈夫だ」
壮年の男は問題ないとばかりに『スクッ』と立ち上がる。
武士には見慣れない大柄な体、背は六尺弱(百七十五センチ)程。
鼻の高い威厳のある顔つきで、何皮であろうか着ている服もめずらしい。
(蘭人か?)
武士は、さらにこの男を観察する。
そうして、小さいが服にある見栄えの良い装飾を見つけた。
それなりに高い身分の者だろうと推測する。
「すまん助かった。私の名はハンセン・ウィラードという」
男は名乗ったが、武士には聞きなれない名だ。
(ハンセン? やはり蘭人か?)
などと武士が考えていると、その”ハンセン”から問いかけられる。
「すまんが? 君は、冒険者か旅人か? いやまず、名前を教えてもらえんかな?」
(いや旅人はわかるが、冒険者とは何だ? まあ、私はどちらでもないからな、正直に答えるしかない)
そう思った武士は、正直に話した。
「私は原田又佐衛門と申す。死んで、このあの世に来た」
「ハハッ!? バカな、ここがあの世? ハラダ殿それならば私も亡者となるぞ? しかし、私は今まで死んだことはないし、ちゃんと生きているぞ?」
一瞬、戸惑った反応を見せたが、冗談と思ったのだろう。ハンセンは一笑に付す。
「しかし、私は首を落とされたはずで……」
「いや、どう見ても繋がってるぞ? 殺されそうになった時に、転移でもしたんじゃないか?」
聞いた事が無い言葉に、首を捻るハラダ。
「転移? それは術か何かか?」
「術? ああ、魔法のことか? それよりも、突然の転移だったのだろう? たぶん魔法じゃなく、神の悪戯だろうな」
ハラダの顔を見て答えるハンセン。
「神様の悪戯……ああ、神隠しのことか! 突然消えた人間が数年経って戻ることがある、アレか?」
「ああ、たぶんソレだ。そのハラダ殿のいう神隠しは、この辺では<強制転移>といってな。たまに起こるのさ」
そう言ってハンセンは軽く指を鳴らした。
(そうか私は、<神隠し>に遭って、どこか遠くに飛ばされたのか)
(なるほど。この男、<強制転移>の被害者か)
なんとなく状況を理解した、ハラダとハンセンは、さらに情報を交換するべく話をつづける。
「異国からの転移か……そう言えばハラダ殿の国の名前は何というのだ? ここは<聖教国ロアーム>という国だ、まあ端の方だがな?」
「私の故郷は伊勢の岩出という。まあ言わばヒノモトの一部だな。ところで、この国は<聖教国>というのか? では、<ロアーム>というのはこの土地の名前なのだろうか?」
「(ヒノモト? 聞いた事ないな)いや、ロアームが国の名前でな。聖教というのは聖なる神の教えという意味で――」
「なんと! 神の国と申されるか!?」
神と聞いて驚くハラダ。
「いやいや。神を敬えと教えているだけですぞ。そういうのはどの国でもあると思いますが」
「おっと、そうですな。早とちりしました。確かに私共も神に祈ります」
ハラダは、ちょっと恥ずかしそうに頭をボリボリかく。
「よかった、ヒノモトも神を崇拝しておられるのですな。中には竜や魔物を極端に信奉する国もありますから、反発されないかと心配していたのです」
「私共は、神と名がつけば、竜でもヘビでも木でも敬いますな。人々は各自、色々な神を崇拝していますからな。自分と違う神を信仰しているからといって、大丈夫です反発などしませんよ。」
ハラダは素直に、自分について話している。
だが、ハンセンはもう少し『ハラダ個人の情報がほしい』と思っていた。
しかし、仮にも命を助けてもらった手前、『無理に聞くことは出来ないな』とも思っていた。
ハンセンはハラダの人柄が、まともであるか知りたかったのだ。
ハラダの先ほどの戦闘は、常人の動きでは無かった。
間違いなく圧倒的な強者であり、その扱いを間違えれば大変なことになる。
薄水色の変わった衣服に、頭の真ん中を剃った<奇抜な髪型をしている男>を、ハンセンは警戒感を持って慎重に吟味する。
他人の危機に体を張れる男はそういない、性根は良い奴だと思う。
話してみると多少の行き違いはあるが、異国人だと考えればそれも仕方ない。
動きを見ても、速くて流派はわからない。
A級魔物<エルダーエイプ>その大型種の拳を素手で受け止め、折れた槍一本で討伐した。
恐ろしいことに、それを一人で簡単にこなした。
破格の強さ、それは間違いない。
(コレは逃すべきではない。もう一歩踏み込むか)
ハンセンは、交渉に入ることを決意する。
******
『先ほど名前は聞けたが食い違いが多いな』とハンセンはどう切り出すか悩んでいる。ただその後も、取り留めの無い話が続いた。
なかなか本題の話が出来ず、ただ時間が過ぎていく。
(これは、謝礼について話して、まずは接点をつくるのが先か)
ハンセンは、思い切って謝礼の話を切り出した。
「あの、ハラダ殿。私を助けてもらった<お礼>について話したいのだが」
「<お礼>? そんなものはいらないですぞ。人助けは武士として当然のことですからな」
「しかし、失礼ですがそのお姿を見るに、今日の宿にも困ると思うのですが……」
ハンセンに指摘され、自分の姿を改めて調べるハラダ。
麻裃と小袖は餓鬼と大猿の返り血で汚れ、髪結いの糸が解け頭が落ち武者のようになっている。
「確かにコレでは宿から追い出されますな。まあその前に宿賃さえもないのだが」
『わははっ』と笑い飛ばすハラダ。そこで、ハンセンは1歩踏み込む。
「それなら私と共に来ていただけませんか? ハラダ殿が落ち着くまで、宿もお食事もご用意させていただくが?」
ハンセンの握った手に力が入る。
「それはありがたい話。だが良いのか? 自分で言うのもなんだが、こんな得体の知れぬ男を、親切にもてなしても何も出ないですぞ」
「いやいや、ハラダ殿は突然の転移で、こちらの国に来たのでしょう? 困っている者を助けるのも、元騎士の役目ですからな」
ハンセンはそう言うと、『ニヤリ』と笑った。
「コレは一本取られましたな! では、遠慮なく世話になりますぞ。よろしく頼みます」
ハラダは破顔一笑。申し出を受けた。
「ならば、この近くに私が滞在している<トルネア>という、かなり大きい村があります。そこに向いましょう。」
「わかり申した」
「では行きましょう。おっと、その前にその大猿の右耳を、根元から切り取ってください。討伐証明になりますので。村にもって行けばお金に変わりますよ。賞金がかかっていた大猿ですからね」
そう言われたハラダは、大猿の右耳を切り取りに向かった。
その間に、ハンセンは自身の剣を捜索する。
「こんな感じで良いだろうか?」
ハラダが大猿の右耳を切り取ってきた。
「ええ、問題無いです。では、村に向いましょうか」
自分の剣を探し終えたハンセンが、その耳を見て頷く。
そして、ハラダとハンセンは村を目指し、山道を進み始めた。
******
二人が村に向かう途中、印籠内の小さな空間に光が灯った。
そして、小さな白髭の爺さんが、印籠内に現れる。
「なんじゃ? この底にある黒の丸薬は? なかなかエグイニオイじゃのう。ま、しかたない。新たな神力を得る為には、我慢我慢」
<元神>はそうつぶやくと、ハラダ達の会話を振り返る。
(やはり、この星の者ではなかったか。ヒノモトとやらはこの星にはないからの。なけなしの神力を使って、このハラダに言語の神魔法をかけたのは正解じゃったな。ハラダから情報が入れば、この小箱の神力がどんなものか解かるハズじゃからな。まぁ、ハラダの特徴的な言葉使いでは少々誤変換もあると思うがご愛嬌じゃ許せよ?)
そして、パン!と手を叩き、<元神>は気を入れなおす。
「さて、休憩は終わりじゃな、波長を合わせることに集中するかの……」
そうつぶやくと、印籠内の灯りが消え、白髭の爺さんも消えた。
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