第4話 冒険者ギルドへ
ハンセンに買ってもらった上下衣と、オマケにつけてもらった<ブーツ>を履いたハラダ。現在ルネの店を後にし、ハンセンの定宿に向っている。
<ブーツ>の履き心地は、具足の<貫>を履いているようで悪くない。
あと、『そんな頭じゃ不審者にしか見えないよ』と、<フード>という、『昔の仲間が使っていた』という年季の入った茶色の頭巾をくれた。
『頭頂部の髪が生えるまで、被っときな。生えたら捨てていいから』なんて言ってたが、上手く不用品を押し付けられたような気もする。
ハンセンに、もう一つのオマケの手袋を渡すと、しばらく喜んでいたが、少し経った今は、上下衣の値段が高かったことに気付いたらしく、悔しそうにしている。
ハラダの麻裃と小袖は汚れが落ちきらないので、染め直しになった。
一週間後には出来ると言っていたので、それまでこの村に滞在することになるだろう。
そんな中ハンセンが、おずおずとハラダに話しかけてきた。
「師匠実は先ほどの買い物で、宿代が今の手持ちでは足りません。申し訳ないのですが、今から冒険者ギルドで金を下ろしてきます。師匠もついでに、エルダーエイプの討伐証明をギルドで換金してみませんか?」
「ああ、それは構わないが。かなり無理したんじゃないか? 懐具合は大丈夫なのか?」
「ええ、蓄えはまだありますから大丈夫です。でも、少し余裕が欲しいので昨日ギルドで『山賊の大規模討伐があるから』と参加を要請されていた依頼を受けようかと思ってます」
「ほう? 山賊退治ならば、私も参加できんかな?」
山賊討伐にハラダも行きたいと考え、ハンセンに聞いてみた。
「さすがに、無理だと思いますよ。師匠は強いですが、まだ冒険者じゃありませんからね。すぐ冒険者になれたとしても、ギルドは、なりたてのF級の者をさすがに大規模討伐に参加させませんぞ」
「そうか。だが駄目で元々、聞いてみるのはいいだろう?」
「まあ、聞くのはタダですからね。でも、無理だと思いますよ」
『ニヤッ』と笑いあった二人は、冒険者ギルドに向った。
*****
ギルドに入るとすぐに大きな広間があり、そこら中から話し声が聞こえてくる。
冒険者達であろうか? それぞれ、様々な防具や武器を身につけている。
数人のグループで集まっているものもいれば、一人で壁にもたれているもの、何やらいっぱい紙が貼り付けてある板の前で悩んでいる者など個々様々であり、ハラダは面食らう。
「師匠、受付はこっちです」
ハンセンに言われてハラダがついて行くと、奥の壁側に両側を木板で仕切った机が三つ並び、担当者が一人ずつ席についている。
ハンセンは、一番左の机の前に立った。
すると、すぐ机の向こうに座った少女が声をかけてきた。
背は小さいが元気があり、目が『くりっ』としたカワイイ顔立ちをしている。
「あっハンセンさんいらっしゃい。今日は何か仕留めて来たんですか?」
「あ、いやエリナ。私は金を下ろしに来ただけだ。今日は私の師匠が魔物を討伐したんで、その報酬をもらう手続きをしようと思って」
「ん? ハンセンさんの師匠ですか?」
不思議そうに視線をハラダに移した少女。
「ああ、よろしくハラダと申します」
ハラダは少女に挨拶した。
「こんにちは! ハラダさん。討伐報酬でしたね。まずは、ギルド証の提出をお願いします」
挨拶を返した少女は、当然と言わんばかりにギルド証の提示を求めた。
「すまない。ギルド証はないんだが?」
「えっ、冒険者登録してないんですか? そうしますと、討伐報酬が半分になってしまいますよ? 先に登録をすれば満額もらえますから、今から登録してはどうですか? こちらの紙に必要事項を書いて、この水晶に手を触れてもらうだけですぐ登録できますよ」
にっこり笑顔で、登録を勧められるハラダ。
それを、牽制するようにハンセンがエリナに話しかける。
「エリナ嬢。スマンが師匠は外国の人でな、今すぐ、冒険者になるには身辺調査とかで時間がかかるから難しいだろう?」
「確かにそうですが、外国の人でも身元保証人がいれば問題ないですよ。師匠なんですから、ハンセンさんが保証人になりますよね?」
エリナは『そうですよね?』といわんばかりに首をかしげている。
「あっ』そうだったと言わんばかりの顔をするハンセン。
「はははっ! どうやら私の思い違いだったようです。書類は私が書きますから、すぐ登録しましょう! あ、師匠。そういえば歳いくつです?」
ハンセンは、なにやらごまかすように、ハラダに歳を聞いた。
突然、聞かれたハラダはちょっと悩む。
(ううむ、七十歳というと、人間と違う種族だと言われそうだし、見た目にするか)
「ああ、ちょっと聞きたいんだが、私の見た目は三十歳ぐらいだろうか?」
「まあ、私には二十代に見えますが?」
「じゃあ、二十五歳にしよう。私は二十五歳だ。」
ハンセンに、『年齢は二十代』と言われたハラダは、そのど真ん中の二十五才とした。
「「ええっ? 見た目の年齢にするんですか?」」
見た目で歳を決めたハラダとハンセンの会話に、ちょっと驚くエリナ。
「若く見えるなら、それに越したことはない。すまんが、それでお願いする」
ハラダはそう言って押し切り、水晶の珠に手を置いた。
「フフッ、その気持ちわかりますよ」
ハラダの言い分に、エリナがなぜか同意し、そのまま計測に移る。
「では、計測します。そのままジッとしてください……??? あれ? 魔力無し? これは珍しいですね」
「そうなのか? 他の人は魔力とやらがあるものなのか?」
「普通微量でもあるんですよ? 微量でもあると、鍛えれば魔法も使えるようになるんですが、まったく無しだとどうしようもないんです」
申し訳なさそうにいうエリナ。
「でも師匠なら大丈夫ですよ、槍の達人ですからな。それに魔力無しってことは直接魔法にかかりません。魔法使いにとってこれほどの天敵はいないんですよ?」
ハンセンがハラダに訳知り顔で説明するが、エリナが心配そうに待ったをかけた。
「ハンセンさん。でも、爆発系の魔法で大量の石を飛ばされたら避けられないし、間接的に家などに火をつけられたら焼け死ぬこともあるじゃないですか」
「ああ、でもそれは物理攻撃とただの火事だろ? 物理攻撃は弾けばいいし、火事は事故と同じで、注意すれば避けられるからな。師匠なら大丈夫だ」
エリナの心配にも、ハンセンが訳知り顔で問題ないと断言する、そのハンセンの言い分に、エリナが目を見開いた。
「ええっ、ハラダさんって、そんなにすごい人なんですか?」
「なにせ、私の師匠になった人だからな。しかも、今回討伐した魔物は<エルダーエイプ>だ。すごいだろう?」
「ええっ! もしかして、南の山中の<エルダーエイプ>の死体ってハンセンさん達が討伐したんですか!? ちょ、ちょっと待ってください! マスターを呼びますから!」
ハンセンの言葉に少女は驚き、あわてて奥に走っていった。
「おいおい、冒険者登録、どうするんだよ」
エリナが急にいなくなったことににハンセンがあきれている。
「まあ、後でもいいじゃないか。何か急いでたみたいだし」
二人が幾分か待った頃、少女と共に、禿頭で顎に髭を蓄えた厳つい大柄の男が、こちらにゆっくりとやって来た。
「本当か? ハンセンがエルダーエイプを討伐したってのは」
「いえ、ハンセンさんの師匠が倒されたとのことですが」
「はぁっ? 師匠だあ? 待て、それはおかしいぞ! ジアス師匠はすでに亡くなってる。俺とハンセンは同門だからな間違えるわけない。どういうことだ?」
「いやそれでも……ハンセンさん本人が師匠という方を、一緒に連れていらしていて……」
声が大きいから丸聞こえだ。
マスターと呼ばれる男は想像通りの大声だが、少女もかなり大きい声をしている。
まあ、これだけ大人数集まるところで、接客してたらそうなるか。
などとハラダが思っていると、大声二人組が周りの注目を集めながらやって来た。
「おう、ハンセン。エルダーエイプを殺った奴はそいつか」
「ああ、ゴラン。そうだ紹介する、新しく我が師匠となったハラダ殿だ」
ハラダの腕を取り、ゴランの目の前に引っ張り出すハンセン。
「こんにちは、ハラダと言います」
「ほう、こんな若造がな……。そんなに強いのか?」
「強いなんてもんじゃない。エルダーエイプの一撃を素手で止め、折れた槍で腹を掻っ捌く! 破格の強さだよ」
「エルダーエイプの攻撃を素手で止めただぁ? ガハハハッ! それは無いだろ! 単独討伐は百歩譲ってあるかもしんねえが、亜人でもないのに素手でアイツの攻撃は止められないだろ」
「ウソじゃないぞ! 私がこの目で見たんだ! 信じろよ!」
『自分は嘘をついていない!』と必死のハンセン。
「わかった、わかった。とにかく討伐証明の耳を出せ。信じる信じないはそれからだ」
ゴランに言われ、ハラダは腹のサラシの中に入れておいたエルダーエイプの耳を机の上に出した。
「ほお? 確かにエルダーエイプの耳だな。おい、エリナ。コレ持って裏の解体場で切り痕と照合して来い」
「は、はいっ」
エリナは、耳を持ってギルド裏口に走っていった。
「なんだ? あの死体ここまで運んできた奴がいるのか?」
ハンセンがゴランに質問する。
「ああ、討伐の褒賞金はもらえないが、毛皮や肉は売れるからな。若いが中堅のパーティが運んで来た」
「中堅の冒険者ならいい稼ぎになっただろうな。そいつらは幸運だ」
「律儀な奴らでな、討伐者が現れたら売った素材分け前の『交渉をしたい』と言ってたぞ。あと『死体を置いていってもらって助かりました』ってな」
若手のクセに律儀だと褒めるゴラン。
「ハハッそりゃ、『どういたしまして』としか言えんな。ね、師匠」
ハンセンがハラダに同意を促す。
「そうですね、放置した死体は拾った彼らの物だよ。私としては褒賞金があることさえ知らなかったし」
「はぁ? 褒賞金目的でエルダーエイプを狩ったんじゃないのか?」
ハラダの言葉に耳を疑うゴラン。
「ええ、ハンセン殿が襲われていたから助けた……」
「待ってハラダ殿! それ秘密だから、特にコイツには」
ハンセンが悲壮な顔をしてハラダに待ったをかけた。
「何! それは、聞き逃せんな。この男エルダーエイプに負けるところだったのか? ヨシッ! いいぞ討伐の状況報告は重要だ。しっかり話してくれ」
ゴランは一瞬で机を飛び越え、ハンセンの後ろに回り口をふさいだ。
「ウググググッ」
ハンセンは口を手でふさがれ、後ろから拘束されて声が出せない。
ハラダはゴランに促され、当時の状況を順を追って話していく。
ハラダの話し終えるのを待って、ゴランはハンセンの拘束を解いた。
ハンセンはゴランからすぐ距離をとり、言い放つ。
「ど、どうだ!師匠は凄いだろ!」
「お前、言ってて悲しくないか? 自分はエルダーエイプに剣を弾き飛ばされたんだろ」
「うるさい! 別にいいんだよ! これから稽古つけてもらって、今よりず~っと強くなるんだから」
まるで悔し紛れに言い返す子供の言い分だが、それにゴランが反応し、気になってることを問いただす。
「ハンセン。どうしても引っかかるんだが? 俺もエルダーエイプを単独で倒せるし。お前も全盛期なら倒してた。それなのに単独討伐に成功しただけの男に弟子入りだと? 攻撃を素手で受け止めたのが本当だとしても、それは身体能力が凄いだけだ。仮にもジアス騎士道場を引き継いだお前の眼鏡にかなうとは思えんのだが……ハンセンお前、実は何か特別なモノを見ただろ?」
ゴランは、ハラダの実力を見定めたハンセンを、問いただす。
「ああ見た。刃が、空中に白線を引いたんだよ……」
「はぁっ? なんだそりゃ?」
ハンセンの言っている意味がわからず、聞き直すゴラン。
「ジアス師匠と同じか……いや、それ以上の長さだった。ハラダ殿が振った槍の穂先が空中に白線を引いたんだ」
「なんだと!? ジアス師匠が演舞で時折見せた、あの高速の振りか?」
昔、師匠だったジアスが稽古で時折、剣で空中に白線を引いた光景がゴランの脳裏に浮かぶ。
「そうだ。それを師匠は実戦で見せた。しかも、相手を掻っ捌いた後で勢いが鈍るハズの振りぬきでだ」
「あの技、実戦で出来るモノなのか……いや、面白い! ハラダ、俺と今から試合をしろ!」
ゴランはにわかに笑い出し、ハラダに試合を申し込んだ。
「これはまた唐突ですね? 何故ですか?」
「俺が面白いと思ったからだ。 俺と試合しないと冒険者登録を許可しないぞ」
「ゴラン! それは、ギルドマスターだからといって横暴だぞ! 師匠。そんな試合受ける必要ありません!」
ハンセンはそれは「筋が通らない』と、その試合に反対した。
「お前、実はハラダが『負けるんじゃないか』と心配しているだろう? お前の師匠はそんなに弱いのか?」
ゴランはそんなハンセンを煽る。
「ハンセン殿。どのみち試合しなければ冒険者になれないらしい。やるしかないと思うが?」
ハラダは冷静に答え、宥めるようにハンセンの肩を軽くたたく。
「おっと、お師匠様はやる気だぞ? 弟子が反対することはないよなあ」
ゴランは意地悪くニヤリとハンセンを見やる。
二人に説得されたハンセンは折れた。
「ぐっ……しかたありません。師匠、こうなったらアイツを完膚なきまでにやっつけてください」
それを聞いたゴランが高らかに宣言した。
「ようし、決まりだ! 半刻後、地下訓練場に来い。逃げるなよ」
そういうとゴランは受付を離れ、地下に下りていった。
「おまたせしました……って、アレ? マスターはどうしたんですか?」
入れ替わるように裏口から帰ってきたエリナに、ハラダは経緯を話し、ハンセンは溜息をつきながら、自分のお金を忘れずに下ろすのだった。
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