月の苦しみと天より迫りくる災厄
「本当は帰るつもりはなかった」
一緒にお風呂に入っている陽菜に向けて月菜は申し訳なさそうに告げる。
「わかっている。まだ、自分を許せないのも」
陽菜もその理由を察していた。
二人は再会したことで、繋がった。月菜が風花と海花との不意の再会の時、罪悪感に心を大きく揺さぶられていたことがダイレクトに伝わってくるくらいに。
「ずっと私は死神を追っていた。自身で決着をつけたかったから。操られていたとはいえ、私は父さん、母さん、伯父さんと伯母さん、風花を・・・」
月菜の背中が震えている。自身の罪の意識にだ。
「ずっと、どう償えばいいのかわからずに生きていた。できることはしたい。でも、できることもあまりない。力を得ても、できることは限られていたから」
月菜はずっと償いの方法を求め、できることをずっと探し、頑張ってきた。
「ずっと忘れられない。この手で殺してしまったことを。傷つけてしまったことを」
忘れられるわけがない。
「・・・陽菜姉さん。ごめん・・・そっちも辛いのはわかっているけど」
月菜もまた陽菜の気持ちを感じ取っている。
悲劇を防げなかったことをずっと悔いていることを。
「どうしようかな。本当に。取り返しのつかないことが多すぎるよ」
「うん…まだ答えがでないよ」
二人は気づけば涙を流していた。互いの痛みを感じ取ったがゆえに。
その声を風呂の窓の外側に張り付いていた一匹の蝶が聞いていた。
「・・・予想はしていたけど、想像以上に重傷・・・か」
それを聞いていた星矢は嘆いていた。
「我の力で最初に作り出したのが偵察用の蝶とは。それもあの少女たちのためか・・・」
クライムは己の力――魔物創造の力で作成した蝶を周りで羽ばたかせながら呆れた声をあげていた。
死神が奪い取ろうとしたクライム固有のとてつもない力である。彼一人で数多くの魔物の軍勢を生み出せる。
エレメンタリアンと呼ばれし、雑兵などもそうだ。
だが、制御、生み出し方などで制約もあるのだ。
「魔物の制御のために魔導書を一つ使う点といい、運用にも手抜かりはないか」
偵察用の虫型の魔物。その制御のために魔導書を新たに一冊生み出し、クライムが操作をしているのだ。
蟲程度ならマナを集めて固めるとはもちろん、蟲の死骸を媒体にすることでも簡単に生み出せる。
「星矢よ。お前からしたら今のこの状況は良くないのだな?」
「当然。月菜は想像以上に傷ついている。そして、陽菜も・・・これでは風花を何とかする以前の問題・・・」
星矢は深くため息をつく。
「いいきっかけがあればいいのだが・・・待っていてもどうにもならん」
思案に暮れる星矢。
「俺にできることはあるか?」
そんな彼に話しかけてくるものがいる。それは雷斗である。
「・・・驚いた。もう目覚めたの?」
「想像以上に適合率が高かったとはいえ、調子は悪くなさそう」
「おかげさまで。しかしいいのか?この二つも・・・」
雷斗の手に現れるのは銃。そして鎖である。
「・・・やっぱり、この二つは君を選んでいたか」
「お前の特異性を考えたらおかしくはないか、少し診断させてもらうぞ?」
金の書を展開させ、雷斗を診察し始めるクライム。
「それと本格的にこの黒蟲王の書を君とリンクさせる、もし協力してくれるのなら、これが終わったあとでいい」
「・・・あんた、本当に高潔な人だな。だが、謀略も得意と。清濁共に併せ持った男か」
「評価が過ぎる。魔王軍に入ってくれるにしろ、こちらも誠意を見せないといけないというだけだ」
雷斗の評価に苦笑しながら星矢は偽りもなく答える。
「やることは大きい。それに巻き込んでいいのかわからな・・・」
その言葉に雷斗は何か引っかかったのか何度も瞬きをし、そして笑った。
「どうした?」
「いや、こんなにすぐに立場が逆転するなんて思わなかったから」
雷斗は笑いを引っ込めて告げる。
「もう、巻き込まれている。あんたらには命を救ってくれた恩もあるし、仲間を助けてくれると約束してくれた。これで巻き込めないなんて・・・今更だろ?」
「あ~・・・こういった形で返してくる?」
困ったように眉を顰める星矢。己の言ったことがそのまま帰ってくるブーメランみたいな出来事故に。
「たのむ、あんたの軍門に入らせてくれ。仲間、家族を救うために」
「・・・わかった。こちらとしても非常に心強いよ。ならこちらも事情も話していくことにしよう」
「事情?あんたらが家族のために暗躍していたこと以外にもあるのか?」
雷斗は首をかしげる。彼らが戦う理由を端的に指摘してくることに星矢も肩を竦める。
「…見事に本質をついてくる。おおむね正解だ」
星矢はそういいつつ、どこから話したらいいかと考えていた。だが、彼の目の前で金の書が開き、何かを指し示すのを見てため息をついた。
「本当はすぐにでも話したかったが、どうやら機会というものは唐突に来るものらしい」
星矢は告げる。
「これより、計画を第二ステージに移す。すまないが雷斗君、色々と活躍してもらうよ?」
やってきた機会。それに対する宣言にいつの間にか現れていた勇矢も翔矢も笑みを深める。
雷斗もその意図に気づいたのか不敵な笑みを見せる。
「上等。あんたらの共犯者になら喜んでなってやる」
「・・・頼りにさせてもらう。さあ、試しの時を始めようじゃないか」
星矢の背後にはエキドナとクライムもいつの間にか出現している。
その中で彼は宣言する。
「これより我々、魔王軍が表にでる」
家族の皆が眠り、月菜がこっそりと夜空を見上げていたのに気づいた陽菜。
2人して、無言でただ屋根の上に座っていた。
二人の繋がりは、互いの気持ちをダイレクトに伝えてくる。
喪失感と罪悪感に悲鳴を上げる心を抱えながらその償いに皆を巻き込んでいいのか悩んでいる月菜。
罪に苦しんでいる月菜を支えたい、助けになりたい陽菜。
無言で、二人は空を見る
「なんか不思議だよね」
「うん、お互いに思っていることが伝わるって」
それでも悪い気がしない。お互いの気持ちを受け入れることができるほどに二人には深い絆ができていた。
「痛い・・・とても痛い。ずっと私はこれを抱えて生きることになると思う」
月菜は淡々と告げる。この心の傷は癒えることはないだろうと。
その痛みは陽菜の心にも伝わってくる・
「付き合うよ。私の半身」
だからこそ、その痛みすら受け入れると陽菜は告げる。
「・・・うん」
だからこそ、二人は寄り添う。自然と重ねられた手。
「明日からあわただしくなりそう・・・ん?」
その二人が夜空を見上げるとそこには月以外の巨大な何かがあった。
赤く燃えながらやってくる其れを視界に入れた二人。
「あれって・・・」
――――――なんであんなものが?!
二人の側にはデフォルメ化した守護神達が現れ声を荒げる。
―――――あれは隕石だ。それも私の目から見てもかなり大きい・・・小さな島ほどの大きさはあるぞ。
鳥の王であるフェニックス。その眼はまさに神の目。望遠鏡のように正確にみることができる。
その巨大隕石が近づいているのにもかかわらず、街は静かなままだ。誰も、迫りくる危機に気づいていない。
二人ですら、直接目で見てようやく気づけたくらいだ。
―――――やられたな。結界が張ってある。あの隕石そのものに強力な隠蔽の力が・・・
フェンリルの鼻が隠蔽という名の力を見破る。隠形だけでなく、追跡、捜索にも長けている故にわかることだ
しかし、迫ってくる巨大な隕石の存在を隠すほどの力。
―――この街に向かっている。このままではこの街が壊滅するぞ!!
フェンリルの言葉に二人は立ち上がる。
視線と繋がった心が交差する。何をするのか、言葉など不要だった。
街の上空で、タナトスが必死の形相で術式を展開していた。着ているタキシードもボロボロで見るも無残だ。
その様子を見に来たのは一体の男だった。
一見するとどこにでもいるサラリーマンのように見える。綺麗な紺のビジネススーツに赤いネクタイ、茶色の革靴を身に着けている。
その名はガギエル。眼鏡を直しながらボロボロのタナトスを見る。
「報告には聞いていたが、酷い有様だな。あの黄金の魔王が生きていたことは驚いたが、そこまで恐れることなど・・・」
「あなたにはわかりませんよ。あの黄金の魔王の恐ろしさを」
タナトスはそう言って震え上がる全身を抑えようとする。
「何もできなかった。ただ一方的に蹂躙されていたのですから」
かつて魔王としてとある世界を壊滅寸前まで追いやったタナトス。
「しかも、恐ろしいのは明らかに私を滅ぼした時よりも強くなっていること。復活できた私も以前より強くなったと自負していましたが、それよりも圧倒的にあいつは強くなっていたのです」
「怒りを買う真似をしたのは失敗だったな」
「ええ。明らかに私に怒りを向けています。どうもあの守護者達に特別な思い入れがあるようですが・・・」
「いつものお前のように狡猾にその怒りの原因となったものを利用して絡めてしまえば・・・」
「私に滅べというのですか!?それをやったゆえにあれですよ?火に油を注ぐどころか、ニトログリセリンのような爆薬を大量に放り込むような真似など二度と御免です・・・」
いつものタナトスらしくない台詞に驚いた様子のガギエル。タナトスは相手の弱点を突き、もてあそぶことを得意とする。
そんな狡猾な彼が、そんな真似をすることすらできないほどの相手なのだ。
黄金の魔王という存在は。
「・・・お前が逆襲に転じる気すら起きないほど触れたくない、恐ろしい何かというのは伝わってきたよ。故にあのお方からこの禁呪の使用許可を?」
「・・・この街は即滅させます。うまくすれば巻き込めて殺せる」
タナトスは告げる。この街は消すべきだと。怒りを買うのは本人もわかっていることだった。
だが、同じ怒りを買うのなら憂いを断つことくらいはしたいのだ。
「・・・逆に怒りを買うだけだと思うがな・・・だが、あのお方も守護者たちを含め、この街について深く懸念されていた。故にこうして我も来たし、応援もよこした。お前たちの治療もな」
ガギエルの側には純白の全身鎧に剣や槍、弓で武装した一対の翼をもつ天使たちが現れる。
その側で二対の翼を持つローブ姿の者が手から出る光で治療をうけているものがいる。
弓を背負った登山客のような恰好をした男。
その名はエギエル。
「助かったぜ。超遠距離からの攻撃を返されるなんて思いもしなかったしよお」
月菜を撃った狙撃手であり、黄金の魔王の加須の攻撃による爆発により酷い怪我をおっていたのだ。
その彼をガギエルが手配した者たちが直していた。
「この星をあの方の物にするためにも、この街には消えてもらいましょう」
ガギエルがそう言って四対の翼を広げる。
その背には街に迫りくる巨大な影があった。
「もっとも、流石というべきか気づいた者たちがいるみたいだよ」
ガギエルは何かに気づいたのか視線を下に向ける。
そこには・・・
「気づかれるのが予想より早いですねえ」
タナトスもその視線の先にいる者たちを見て、舌打ちをする。
そこにいたのは守護者。
双子の少女であった。
彼女達は小高い丘の上でタナトスを見上げていたのだ。
「邪魔はさせませんよ。あの魔王が現れたこの街は消えるべきなのですから」
二人の守護者の姿を見たタナトスの言葉にガギエルは頷く
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