第一話 日常に潜む闇

 その日の夕食の席で驚くべきことが発表さされた。


「もうすぐホームステイの子を受け入れることになります」


 発表したのは星宮家の長女――教師をしている奏からであった。


 ゆるふわのウエーブのかかったほんわかお姉さんといった風貌の彼女は困った様子でそんなことをいってきたのだ。


「・・・ちょっとそんなの初耳ですけど!?」


 次女――陽菜の悲鳴ももっともだ。


「突然の決定から考えるに…受け入れ先がなかった。またはここを希望したと?」


 長男――星矢の言葉に奏は呆れた様子で頷く。


「ここに来るのが運命だといっていた」


「後者…少々想像の斜め上をだけど」


 星矢も眉間をほぐしながら現実を受け入れたようだ。


「それで、その人はいつ来るの?」


「・・・一週間後、始業式直前よ」


「時間がない・・・」


 次男――勇矢は頭を抱える。


「まあ部屋は余ってんだし一人くらい余裕じゃね?」


「いえ・・・それが・・・」


 三男――翔矢の言葉に奏が言葉を濁す。


「来るのは…二人なの」


『二人!?』


一度に二人来るのは想定外であった。


「援助もあるからお金の面はまったく問題はないけど・・・ねえ」


 困った様子の奏。


 そんな様子にこの家の四女と五女がそろって顔を見合わせる。


「・・・受け入れてもいいと入ったけどさすがに二人は予想外すぎ」


「時間もないけど何とかするしかないか・・・」


 それは翔矢と同じくらいの年頃の双子の姉妹。


 サイドテールを右にした四女の天音。


 サイドテールを左にしたのが五女の琴音だ。


「みんな・・・月菜のこともあるけど、ここは新しくやってくる子たちのためにやるしかない」


 三女は不在、行方不明であったが、生きていることは星矢の手によって確認されている。


「幸いにも部屋は客室が二つ空いている。それを使うしかないか。必要な家具もある。あとは・・・」


 家族の頭脳にして、まとめ役。星矢が色々と段取りを考える。


「奏姉さんは手続きを。部屋の模様替えは陽菜と天音、琴音にお願いする。勇矢と翔矢は買い出しとかだね。役割は振るから協力よろしく」


 そう告げて、星矢は苦笑する。


「…新しい家族がやってくるからね」


 家族という言葉に皆は微笑みながら頷いた。





 朝。皆はそれぞれの支度を終え、春休みの中の登校日のために家を出る。


 その家は星宮家が代々受け継いだ土地らしく、山にちょっとした鳥居の付いた祠。それに最近の技術を使って建てた和風の三階建て、屋根裏部屋付きの家。家だけでも大変で、祠の管理など本来なら手が回らないといわれるところだが、それを星矢は完璧に仕上げている。



仕事のために先に出た奏の後、星矢は陽菜達と一緒にある場所に向かっていた。


 学校に行く前に朝必ず立ち寄ることにしている店があるのだ。


 それは警察署と消防署の近くに最近できた喫茶店。


 大変コーヒーと味噌汁がおいしい店として朝のサービスが忠実している店。他の料理もおいしく、警察署と消防署に出前をしているほど。


 喫茶店の名前はスリースターズ。


 その喫茶店のマスターと星矢は・・・友達だった。


「マスター、味噌、持ってきたよ」


「あいよ~。コーヒーはいつものでいいのかね?」


「当然」


 マスターはグレンという男である。二十代、赤毛のぼさぼさ長い髪の飄々とした男。


 でも、コーヒーを入れる腕前と店の経営の手腕は間違いなく本物。


 星矢個人としても抜け目のない男だと思っているが、同時に好感の持てる男だと思って歳の離れた友人となったのだ。


 その彼の入れるブラックコーヒーを口にし、星矢は心が満たされていく。


「朝…これがないとね」


「ありがとうね。違いの分かる男は違うねえ」


 他の面々も飲んでいるのだが、皆、砂糖やクリープ、ミルクなどを使わないと飲めない。


「でも、そっちのこっちの味噌を使って色々とやっていると聞いたよ?」


「本当に君の作る味噌は普通じゃないから。コーヒーと味噌汁といううちの二枚看板のうち、片方を君が担っているといってもいいし、今後ともいいお付き合いを」


「下心すら隠さないあたり、流石だよ・・・それでこれが新作の味噌汁?」


「・・・どうでしょうか?」


 カウンターに顔を見せたのはこの喫茶店のコックーー青く長い髪をポニーテールにした女性であるアオシだった。


 その人形のような端正な顔が若干緊張している。


 星矢が一口、その味噌汁を呑む光景をじっと見ている。白菜の味噌汁だ。


「うん・・・シイタケと鳥を使うか。いい発想。昆布だしと合わさって芸術的なうまさだ。逆に残りの具の選定が難しくなるけど・・・白菜は正解。合格だ」


「よっしゃー!!」

 

 冷静沈着にみえるアオシの渾身のガッツポーズにグレンはやれやれと言いつつもうれしそうだ。


「これで一週間の日替わり味噌汁が完成した!!」


「やっとだな。しかし、お前さんも頑張るね」


「当然。これだけ素晴らしいのを生かさないと失礼です!!」


 その喜びに微笑む星矢。プロ意識が高いことは素晴らしいと思いつつコーヒーを口にする。


「あら?星矢君じゃないの」


 そこに意外な客がいたことに驚く。カウンターにいたのは二十代前半の妙齢の女性。さわやかな潮風を思わせる艶やかな長い黒髪をした気の強そうな女性――御園崎 海花である。


「海花さん!?どうしてここに?」


 彼女の登場に陽菜も驚いた様子だ。

 

「この店のコーヒーのファンになったのよ。この味噌汁もおいしいと思ったら、そうかあなたの味噌だったのね」


 海花は色々と納得した様子でおいしそうに味噌汁を呑んでいる。


「この店のシェフの腕前もいいから。安心してこっちも味噌を出せる」


 ちなみにこの味噌は星矢が個人で行っている手作り味噌なのだが、そのあまりの美味さに小さな会社が立ち上がるほどであった。その取引先に御園崎家・・・海花が代表を務めている財閥もあるのだ。


 ちなみに御園崎家と星宮家は家族ぐるみの付き合いである。


「流石は星矢君だよね?


 その妹であり、幼馴染、家族ぐるみの付き合いである風花もいたのだ。


「あれ?光花ちゃんは?」


「あの子は少し遅れるの。色々と忙しいからさ。それじゃ、此の住所にコーヒーの差し入れよろしく」


「…コーヒーの出前をやることになるなんて。まあ、気に入ってくれているのはうれしいのでやりますが」


 風花の無邪気なお願いに苦笑しつつグレンはコーヒーの出前を受ける。


「さて・・・今日もがんばりますか。陽菜ちゃんもしっかりやりなさいよ。奏にもよろしく」


「はいはい」


 陽菜にそう告げ、すっきりとした気持ちで海花は店を後にする。


「じゃあ、私も一緒にね?」


「そういう流れだね」


 嬉しそうに星矢の腕をとる風花。


 それを見て焦った様子でもう片方の手を取るのは陽菜である。


「えっと・・・」


 二人とも微笑みながら視線を星矢に向ける。


「あ~いや・・・わかったよ。こっちがなんとかする」


 星矢も苦笑しつつ引っ張られていく。


 その様子を勇矢と翔矢はやれやれと言いたげな表情を互いに見せて、笑い合う。


「そこにいたか?」


 そんな彼らに話しかけてくるものがいる。黒髪に百八十を超える背丈と広い肩幅を持つ青年だ。


「雷斗?」


「なかなか出てこないから様子を見に来た」


 その実、小柄な翔矢と同級生で同じ中等部三年生だ。付き合いはかなり長い。琴音と天音のことも気にかけてくれる。


「琴音が今日――登校日だが、日直だろ?早めにいかないと・・・」


「あっ、忘れてた」


「星兄、先にいく!!」


「こっちもついでだし」


 そう言って中等部組の四人は先に学校へと向かおうとして、合流してくるものがいる。


「間に合ったよ」


 それは御園崎三姉妹の末っ子。小柄な眼鏡とおさげの少女――光花である。


「遅れるといった割には早かったよね?」


「色々あって・・・はあ・・・はあ・・・」


 相当急いできたのだろう。光花は何とか息を整えようと頑張っている。


「朝食は食べたの?」


「歩きながらになるけど」


 こうして中等部五人組は学校へ向かう。


「まあ、こっちもそろそろいくか?」


 残った高等部四人もまた学校へといくことになった。


「相変わらずの両手に花状態」


「おっと?ご両人、相変わらず仲がよさそうだねえ」


 彼らも又、店を出たあとにクラスメイトと遭遇する。


 一人は長く、少しぼさぼさした茶色の髪が特徴の細身の青年。


 もう一人はおかっぱのまるで日本人形みたいな小柄な少女だ。


 青年の名は天ヶ浜 健太郎。少女の名前は寺森屋 未来。


 二人とも星矢、陽菜、月菜 風花と、小学生からの付き合いだ。


 勇矢ともいい付き合いをしている。


「健太郎、なっ、何をいっているのかな?!」


 顔を真っ赤にさせながらアワアワしている陽菜。


「いや、照れちゃう・・・」


 顔を赤らめながらもマイペースな風花。


 星矢はあえて何も反応見せないようにして・・・


「おい、耳が赤いぞ?」


「そこは突っ込まないであげて」


 その感情が耳に出ていた。それでも誤魔化そうと無言を貫く星矢。


「星兄さんは意外と見得をはるから」


「ほんまやな。まあ、あえてそうしているのもわからんでもないが」


 勇矢と健太郎のやり取りに星矢が必死で我慢している。


「あまりツッコまないようにしてあげなさいよ」


 未来が健太郎の耳を引っ張りながらこれ以上の野暮を防ぐのだが・・・


「いたたたたたたた?!おい・・・なんで耳を引っ張るねん?」


「私は女子三人の味方だからよ」


 女子三人という言葉に健太郎は納得した様子を見せる。


「ああ…そりゃ確かにな。今あいつの居場所はわかんてんのか?」


「いや。だが近くで目撃情報はあるくらい」


 星矢のその言葉に健太郎と未来はそれぞれ思案顔を見せる。


「何かあったら力になるで」


「こっちも同じく」


 その言葉に星矢だけでなく、他二人も心強く思ったのか笑みを浮かべる。


「その時になれば遠慮なく頼る」






「ありがとうございました」


「またのご来店を」


 星矢達が出た後、カウンターで味噌汁を飲んでいた別の男が口を開く。


 ツンツン頭にジーパンにシャツというラフな格好。そのシャツの下には鍛え上げられた肉体が見える。


 全体としてさわやかなスポーツ系青年といった風貌の彼。


「今の少年がこの味噌汁の味噌の製造者なのか?」


 彼の名前は寺森屋 列哉。近くの消防署に努めているレスキュー隊員だ。夜勤明けで帰宅前にここで食事をとるのが習慣になっていた。


「そうか・・・まさか星矢君がねえ」


 近くのテーブル席では納得した様子を見せる青年――走坂進がコーヒーを口にしている。


「あれ?先輩の知り合い?」


 その前には二人の女性。小柄で子犬を思わせる女性――辻川ミユミとその相方で雌豹を思わせる女性――小早川ナツキが進に聞く。三人もこの喫茶店のファン。コーヒーと味噌汁のファンでもあるのだ。


「知り合いの家族っていうのが正確だけど」


「知り合いってさっきの女子校生?」


「そういうこと。同志みたいなものだし」


 進はそう言いながら味噌汁を呑む。


「おいしい・・・」


 その側では豪快に飯を掻き込む大柄な男もいる。


 彼の名前は山田 俊彦。


「うまい!!今度あの少年に会ったらお礼をいいたいものだ!!おかわり!!」


「あいよ」


 その言葉に応えるのはこの店のウェイトレスの一人。小柄だが豊満な体の浅黒い肌に金髪の女性――ドミナである。


「・・・わふ~誰か助けて」


 そのドミナの視線の先には元気が内側からあふれているような二十手前の若い女性が悲鳴をあげていた。


 彼女の名前はリル。彼女の腕は今にも崩れ落ちそうな段ボールの山が・・・


「要救助者確認」


「さよか。警察です厨房に立ち入っても?」


「そんなこと言っている場合じゃねえだろ!!」


 烈火と進の一言により。店にいた皆が一致団結して助けたという。




 その日の夕方。


「疲れた」


 ホームステイの子たちのための準備で色々とやり、流石に疲れが来たらしい。


 必要な品の手配。部屋の模様替えなど多岐にわたる。


 他が色々と忙しい分、張り切った彼だが、そのおかげでだいぶ進んだ。


 それを見て、安心したゆえに眠くなったのだ。


 勉強机でうつぶせになり、彼は眠りにつく。


――――おつかれじゃのう。どれ・・・


 浮かび上がる黄金の書。そこから出てきたエキドナが優しく毛布をかけてやる。


 エキドナは年相応のあどけない寝顔を見せる彼をみる。


 時にはエキドナ本人すらも恐れさせるほどのすさまじい覇気を見せる彼。


 転生前に契約を交わし、そこから再契約。そこからの付き合いなのだが、彼が多くのことを成し遂げていることを知っている。


 その理由はとてもシンプルなのだが。


――――――あの娘たち。愛されておるのう。


 シンプルが故に強い理由にして目的。それがすべての手段がそこにつながっているのだ。


 そんな彼をエキドナは母親のような気持ちで見守っている。


 彼の大切な人を幸せにしたいというシンプルで純粋な想いが可愛いと思えるのだ。


 ――――休んでいる間に簡単な下ごしらえをやっておこうかのう


 そのまま黄金の書とともにその場から飛び去って行くエキドナ。


 彼女が消えてから少しして、星矢の体から黒い靄がでてきたのだ。


―――…ようやく動けるようになった。再構築に時間がかかった


 エキドナの存在で封じられていた何か。それが彼の体から出てくる。


―――――こいつが適合者か。守護者達と同じことをするのは不本意であるが・・・


 黒い靄は星矢の体を包みながら告げる。


――――強制だが、契約させてもらうぞ


 その言葉と共に靄が光り輝き、ほどなくして消える。


 そこに星矢の姿はなかった。



 ランニングをしていた陽菜は立ち止まり、辺りを見回していた。


 常人では感じられない万能素――マナの激しい乱れを感じた故に。


「この感覚はなに?」


――――まさかとは思うが、このマナの流れ・・・あいつが生きていただと!?


「・・・毎回当たってほしくないと思っているわ」


 陽菜は嫌な予感を覚え、フェニックスもそれの根拠となる存在を察知、その方へと走り出す。


――――あなたの第六感――危険感知は相変わらず守護神すら超えるわね。


 そして、走って行って彼女は気づく。


 何かがつながってしまったことに。


「・・・えっ?この感覚って・・・まさか!!」


 陽菜は叫ぶ。


<サモン・ザ・ガーディアンズスピリット!!>


 守護者へとなる呪文を。


 炎を纏い彼女の姿は契約者のそれと変わり、その背に炎の翼を羽ばたかせ、飛びだった。


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