プロローグ2

 クライムの復活による世界の危機から二年後。


「何故、こうなった?」


 星矢達はとある場所に飛ばされて頭を抱えていた。


「せっかく月菜を見つけたというのに・・・勘弁してくれ」


「星兄・・・ここはどこ?」


 彼の側には二年前に出会い、彼の弟となった二人の少年がいた。


 それぞれ、己の書を展開させながら戸惑っている。


「わからない。足元に魔法陣らしきものがあったみたいだけど」


「ん・・・たしかにある。転写もした。解析、これが原因みたいだね」


 銀髪の少年――勇矢が銀の書にて解析できた結果を告げる。


「典型的な召喚魔法陣。それも時空の壁を超えるレベルの」


 その言葉に天を仰ぐ星矢。


「道理で現在位置がわからないわけだ。急ぎ周囲のマッピングをしないとね」


 星矢は納得した様子である。


「ついでにいうなら生命反応が多数だぜ?明らかにこっちに向かっているやつもいくつか・・・」


 もう一人の弟――翔矢が虚空に画面を浮かび上がらせ、自身を中心にして何かが近づいてくることをわかりやすく見せていた。


「・・・ホント二人がいて助かった」


 保護してから二年。色々あって新たな家族となった二人には過去の記憶はなかった。どうして創世の書である二つの魔導書に封印されていたのかも当然わからない。


 ログを調べてわかるのは二人が時間凍結という形である時期に封印され、ずっと解放されずにいたということ。


 その時期とは古代文明滅亡寸前の時期である。


 つまりこの二人は守護神達が生まれた謎の古代文明の遺児といえるのだ。


 魔物が出現し。対抗するために陽菜達が契約している守護神を生み出した謎の古代文明。


その生きた遺産の二人なのだ。


 そんな二人を拾った星矢は大いに困ることになる。何しろ目覚めた二人はまったくの無反応だったのだ。


よくよく確かめると言葉や常識すらもわからない状態。まるでまっさらの赤子のようだったのだ。


 両親の死や行方不明になった月菜のことでごたごたしていた家をさらに混乱させることに。


 それが半年で外見の年齢相応、またはそれよりも大人びた状態でこの世界の一般常識を身に着けてしまったのだ。


 すさまじい学習能力であった。


 そのうえではっきりとした人格も出ていたのだ。


 穏やかだが、すさまじい行動力と大胆さを見せるやや天然君な勇矢。


 快活で、少々やんちゃだが、深い優しさと聡明さを見せる翔矢。


 赤子の状態から半年ではっきりとした人格がでたのは学習能力とは別の部分があると星矢は推察している。


「・・・おそらく何らからの転生体・・・か」


―――お主と同じな。


 記憶は失ったが、ある程度の常識は残ったまま転生した星矢とは違い、二人は本当のまっさらの状態で転生したと思われる。


 高度すぎる学習能力で一般常識を身に着けている間に、それに刺激される形で転生前の人格がよみがえってきた様子である。


 そんな彼らが家の新たな支えとなり、皆は何とか立ち直ってきている。


 月菜も居場所を突き止めた段階で、彼らは召喚されたのである。


「・・・星兄どうする?」


「どうする何も帰還方法を探すことが先決だろうね。それまで生活できるすべも含めて」


 のんきに考え込む星矢。


『・・・あ・・・』


 その後ろで二人が唖然としてみている。


 星矢の後ろから巨大な蛇が大きな口を開けて迫っていたからだ。その大きさ、星矢を軽く飲み込めるほど。


 その顎で星矢を飲み込もうとして・・・そこで止まる。


「そうそう、データ送信ありがとうね。」


「う、うん」


「すげえ・・・文字通り片手間かよ」


 星矢は黄金の書に表示されるデータを眺めながら右手を後ろにむけ、その蛇の顎をつかんで止めていたのだ。


 蛇は必死に動こうとするが、その場からまったく動けない。押すことも引くこともだ。

 

右手だけで完全にその場に固定されていたのだ。


 そんなすさまじい力に大蛇は今更ながらに思い知る。


「こちらは基本平和主義者なんだ。でも、必要なら応戦する覚悟もある。そっちも捕食するもりだったのなら、当然返り討ちにされる覚悟もできているはずだよね?」


 捕食する相手を・・・完全に間違えたと。


―――――――サモン・ザ・ガーティアンズスピリット


 黄金の光とともにその姿は金色の魔王へと変わる。


「自然の摂理だし、仕方ない部分もある。故にせめてもの慈悲だ、苦しませることはしない。その命、一切無駄にしないから」


 空いた左手で蛇の頭を打つ。


 無駄のない一撃に蛇は絶命。そのままその巨体を大地に横たえた。


「肉質は問題なし。ふむふむ、目で解析したけど鳥のそれに近いか・・・。持ってきた調味料で蒲焼にでもすれば美味しくできそうだ。皮も加工してカバンや靴にでも・・・これだけの巨体で毒腺があるなんて驚きだな。血も採取しておけば・・・」


その光景を唖然と見ていた弟二人。


「契約者ってどういうものか知ってはいたけど」


「実際に見ると、すげえな。まあ、変身しなくても星兄は色々と可笑しいけど」


「そういえばこの姿で戦うのを見せるのは初めてだったか。それと翔矢、変身しなくても可笑しいってどういうことだ?変身しなければ私は普通だよ?」


『絶対嘘だ!!』


―――お前、変身前に何をやらかしたのかと先ほど何を言っていたのか思い出せ。その二つだけでも十分「普通」から逸脱しておるわ


 長男。弟達とエキドナから総ツッコミを受ける図である。


「・・・普通で案外難しいものだよ。まあ、おかげで助かっていることも多いけど」


 いつの間にか彼の右手が掴んでいたのは矢であった。あまりに自然な動作。何もないように手を動かし、その最中で飛んできた矢をつかみ取っていたのだ。


「さて、牽制にしてはいい一撃だったよ、君たち?」


 左手の人差し指でいつの間にか振るわれていた刀をと爪を受け止め、つかんでいた矢をなげ、飛来してきた無数のナイフを叩き落す。一本の矢がまるで飛び移るように次々と無数のナイフを落とすという異常な技に場が凍り付く。


「・・・不意打ちになっていなかったか」


「まさか、私たちの攻撃が指一本で防がれるって」


 刀を引きすぐにその襲撃者は飛びのく。刀を手にしていたのは背中から銀の翼を生やした銀髪の少年。かぎ爪の手甲をつけていたのは茶色の毛並みをした猫耳と尻尾を生やしたショートヘアの少女であった。


「普通の相手ならいい手だったと思うよ?あいにく弟たちが言うには普通ではないみたいでね。そっちも隠れていないで出てきたら?」


 その言葉に応じて茂みから次々と現れる影。


 矢を構えた尖った耳を持つ美しい乙女。その側には投げナイフを持つ赤毛の少年。


 そして、その後ろから兎の耳を持つ白髪の少女が現れていた。


 側には杖を構えた狐耳と尻尾を持つ少女。


 両刃のバスタードソードを手にした赤毛の少女、


 耳に魚の鰭のようなものがついた槍を手にした黒髪の少女と続く。


 翔矢は軽く警戒しつつ、どうするの?と視線で星矢に語り掛ける。


 ただ、そこで勇矢が完全に固まっていることに気づけなかった。その視線が白髪の少女に向けられたまま固定されていたことに。


「さて、君たちは何者なのかな?どうしてこんなところに?攻撃されたことに関してはまあ・・・こんな格好だから仕方ないと思うけど?」


 星矢の問いに彼らがどう答えた物かと互いに目を見合わせている様子だった。


 だが、そこで白髪の少女が意を決して告げたのだ。




「私は一村人です!!」






 天然という爆弾、炸裂である。


 その破壊力に星矢をはじめ、皆がガクッとずっこけそうになる。


「あっ・・・あのね・・・」


「なにも間違いないもん!!私、元々一村人だったもん!!なんの因果か聖女に選ばれ、召喚の儀をやって何らかの妨害で召喚位置がずれてみんなで捜索を」


「あ・・・なんかわかった」


 それだけで色々と察したらしい星矢。目の前の白髪兎耳少女に対して質問するべきことがさらに増えた瞬間であった。


「・・・一村人なの?」


 それに対して先ほどの発言に対して唯一ずっこけなかった存在が口を開く。


 勇矢だ。


「信じられない。だって君、こんなに綺麗なのに・・・」


「えっ?」


 綺麗といわれ、白髪の少女も又固まる、そして顔を真っ赤にさせる。


「その・・・ありがと」


 勇矢も己が何を言ったのかすぐに気づき顔を赤らめる。


「ちょっとまてい!!シラヒメに手をだすのなら義姉妹の契りをかわした私を倒してからにしろ!!」


 それを見た黒髪魚鰭の少女が立ちはだかって激しく勇矢を威嚇しているのだが。


 その光景を皆が呆れた様子で見ていた。


「・・・こんなところで運命の出会いを演出しないでくれ」


 肩をすくめつつ星矢は変身を解く。


「実際に運命の出会いなんだろうけど。みんなの前で見せつけてくれるよ」


『なっ!?』


 その発言に二人はさらに爆発したように顔を真っ赤にさせる。


「私の名前は星矢という。召喚してくれたのは君達らしいね。どういった意図で呼んでくれたのか色々と話を聞かせてもらおうか」


『えっ?』




 そこから星矢の異世界の旅が始まることになった。


 召喚の儀。遥か古代の魔法に、色々と検索条件を入れ、取り寄せるという形であったのだ。


 そして、彼女たちが望んだのは、この世界で魔物を生み出し、率いる魔王の討伐。


 典型的な勇者召喚であったのだ。


 だが、相当な脅威だったのだろう。検索要件を高く設定し、ありったけのマナを込めた結果、時空の壁を越えて星矢達三人が召喚されたのだ。


 帰還方法は未定だったのだが、術式はあったので、帰還術を編み出すことは簡単であった。


それも、時空を超えているために召喚された当初の時間に帰れる。

 

そのために黄金の書で帰還術式を開発しながらの協力になったのだ。


 勝手に召喚したことは彼ら一同が謝罪。そしてお願いされた。


召喚した瞬間と同じ時間に帰れる故に気長にやると三人は決め、異世界での世直し旅が始まった。


 世直し旅という名の通り・・・魔王やそれに関係ないことでも彼らは大暴れしていた。


 そして1年。


 宿屋の中で星矢は唸っていた。


 実のところ帰還術式は一か月で完成していたのだ。


 だが・・・


「このあたりがねえ」


「こういじればいいじゃないのかしら?」


 彼はそのさらに上、二つの世界を自在に行き来できる術式を組んでいたのだ。


「まさか君が口出しするなんてね」


「そりゃ、私があなた達をこの世界に呼んだ張本人といえるから。でもすごいわね。もう帰還だけならできるなんて。ちょっとこっちも送ってくれない?じっくり検証したい」


 割り込んできたのは術を見つけ、改良部分を指摘したのは狐耳の少女――クオンという。


 彼女の側に現れた狐の毛並みのような色をした「夢幻」の書が光り輝く。


「あいよ。送信しておいた。ほんと・・・そちらの書も同じだったとは」


 この世界に来てまず衝撃だったのは神器として存在する書と呼ばれるアイテム。


 基本的な性能は星矢が所有している金の書と同じ。それを高位の実力者たちは所有していたのだ。


 作り出すことも時間がかかるが可能。将来はさらに量産できる見込みだと。


「…もっとも、あなたが所有している書は規格外だけどね。その演算処理能力や無限の容量。そして、数々の古の禁呪。アクセスしたおかげで仲間みんなの書が一気にアップグレードしたわよ」


 始まりの書。それだけあるのか、書としての規格は創世の書の三つは圧倒的すぎた。


「まるで私たちの書のご先祖。それも吸血鬼でいうところの始祖やその類みたいね」


 クオンの推察に星矢も頷く。彼らが所有している書とこの世界の書にはつながりがあると。


「・・・常に自動で改良し続けている謎の術式もあるけど・・・これみんながもらってもいいの?」


「・・・役に立たないのが一番なのは間違いない。多分二度は世話になっている術式だから」


 それは星矢にとって運命の始まりとリスタートの象徴ともいえる術式。


 転生術式だ。


「でも発動した瞬間…こっちは発動させた相手に対して修羅になっている」


 その意味が分からないクオン。謎の術式に首をかしげながら考え込む。


 いつでも帰れるはずなのにずっといてくれる星矢。


 クオン達にも親身になっていろいろとしてくれる、その理由を。


「・・・帰還術式の改良といい、謎の保険。全部あなたの弟君たちのため?」


 クオンの言葉に苦笑する星矢。


「・・・別れて終わりなんて認めないから」


 兎耳の聖女――シラヒメと心を通わせ、その護衛兼、義姉である人魚姫<ネレイドプリンセス>であるクロカが邪魔をするといった展開だった。


 だが、半年もするとそのクロカまで勇矢に惚れてしまう。


 シラヒメは義姉と一緒のことを喜ぶ始末で。


「三人は将来を誓い合っている。兄としても、あの二人なら申し分ないと思っている。幸せになれると。なら私は勇矢の幸せのためにできることをやるだけ」


「・・・ほんと、身内には厳しい部分もあるけど基本的には甘い。でもそこもあなたらしい」


 現れたのは赤い髪に龍の角を持つ少女騎士――リヴァである。


「交渉の場では姫騎士である君も一緒にいたからよくわかるか」


「当然。私が王族でよかったと何度思ったか。こちらもすごく勉強になった」


 とある国の第三王女であるリヴァ。その優れた剣の才に人を取りまとめる才、カリスマがあるゆえに騎士団長候補にもなるほどの逸材。


 花を誰よりも愛しているという可愛い一面もある。


 その隣には銀色の翼をもつ少年侍――ギンジもいる。


「我が友よ。そのあたりはわかってくれるか?」


「存分に。君こそ主君であると思っているがね」


 ギンジの言葉に星矢は困った様子を見せる。


 ギンジはずっと仕える主を探していたのだ。そして、彼は星矢を見初めた。


 その事実に友人として接していた星矢は困っていたのだ。


 だが、リヴァは肩をすくめつつ事実を突きつける。


「諦めなさい。あなたは明らかに王としての素質がある。乱世を収める覇王と治世を平和に収めていく名君の二つを両立、さらにそれを超える何かを持った男なんだから」


「・・・うう・・・暴れすぎだ」


 星矢は魔王の出現で荒れた世界を平和に導いた。


 契約者としての力は全く使っていない状況でだ。


 乱世といってもいい状態の世界を取りまとめ、一致団結。統一にまで導いたのは星矢がいたからである。


 いくつも死線をくぐり、冒険もし、大舞台でも皆を説き伏せた。


 その中心に星矢がいたのだ。


 たった1年で世界を一つにした男。間違いなく歴史に名が残る。


 おまけとして魔王がいなくなった後のことも見据え、長く平和が続くように政治システムを構築してもいる、


「・・・まあ、こうでもしないと対抗できないのは間違いなかったから」


 必要なこととはいえ、今後長く治世が続く政治体系も構築した彼。


 魔王討伐後は速やかに自力で帰還するので放っておいてほしいとすでに各国にも伝えてある。余計な混乱を出さないためにだ。


 自在に行き来できることを目指しているのはごく限られた身内のみしか知らない。


「俺はあなたについていくぞ。その方がいろいろを面白そうだ」


「まったく、主にしたいという割には愉快な性格だよ。でも・・・逆に助かるな」


 主従の契り。戸惑っているのだが、星矢にとって魅力的な部分もある。


「友としても部下としても君がいてくれると助かる」


 性格は愉快であるが、誠の忠義を持つ男。それがギンジである。実力はもちろん、信頼という意味でも彼は貴重な人材であったのだ。


「・・・ゆえにその話、受けてもいい。この世界を平和にしたあとにもやることがたくさんあるから。手伝ってもらうと助かる」


「なら決まりだ。俺の義弟も喜ぶ」


「やっぱりアカ達もそのつもりか。まあ、翔矢の友達だし」


 翔矢は同年代である暗器使いの少年――アカとエルフであるエミリア、猫獣人であるミノリと仲良くなっていた。


 しかも、エミリアとミノリが翔矢に対して明らかに恋心を抱いている状態。


 アカは翔矢のことを大切な友とし、翔矢は三人とも親友だと思っている。


「翔矢に関しては恋愛というものがまだよく理解できていないから、そこからだろうね」


 未来はどうなるのかわからない人間関係である。


 その言葉にクオンとリヴァは胸に手を当て、ぎゅっと握りしめていた。まるで何かをこらえるようなしぐさである。


「・・・ならこっちはお暇しますわ」


 ギンジはクオンとリヴァを見て、意地の悪い笑みを見せながらその場を去ろうとする。


 どうして、そんな笑みを二人に向けたのかわからずに首をかしげる星矢。


 逆に顔を赤らめる二人。


「お二人とも後悔無いようにしておきな。少なくともこの御仁の器なら二人くらい余裕だ」


「よっ、余計なお世話」


「一言多い」


「ははははは!!いい夜を!!」


「ああ・・・おやすみ」


 謎のやり取りに首を傾げる星矢。


 どうしてこのような会話をしているのか全く分かっていない様子にクオンとリヴァは互いに顔を見合わせ深くため息をつく。

「…向こうの世界に戻ったら幼馴染の女の子たちのために再び動き出すのよね?」


「ああ。あいつのせいでバラバラになったから」


 リヴァの問いに星矢が浮かべるのは怒りである。


「私の育ての親とその友の両親を最悪な手段で殺してくれたあいつに対する制裁もあるがまずは月菜を救いたい。風花の心を癒したい。痛みを抱えながら頑張っている陽菜を支えたい。ホント、やりたいことが多すぎる」


 大切な人たちのためにやることは多い。身内に甘いといわれる星矢だが、その三人に関しては兄弟となった勇矢と翔矢と同等かそれ以上に大切にしている。


「・・・本当に大切な人たちなのね」


「でも、同じ女っていうのが複雑」


「?」


 二人がすねたように頬を膨らます。


「どうして二人がすねるの?そういえば、ずっと疑問だったけど、最近この手の話題になると二人とも拗ねた様子を・・・」


――――鈍感じゃのう・・・


 その疑問に答えるのは黄金の書から顔をのぞかせたエキドナであった。


「鈍感?それって・・・」


「こういうこと」


 それは不意打ちだった。クオンの唇が星矢の唇と重なったのだから、


 しかも幻術まで使った不意打ちである。


 そのことに気づいた星矢が顔を真っ赤にさせる。


 同じく頬を赤く染めたクオンは恥じらいつつも己の策が成功したことに笑みを深める。


「なっ?!」


「ふふふ・・・ようやくあんたを化かすことができたわ」


「そして、隙あり」


 動揺した隙をついてきたのはリヴァである。同じく唇を重ねてきたのだ。


――――ついに二人とも我慢できなくなったか


「我慢?それって・・・ええ!?」


 何を我慢させていたのか、流石にすぐに理解する星矢。


「決めましたわ。私たちもあんたについていく」


「向こうの世界でやるべきことを手伝わせてもらいますわ。そのうえで・・・その三人に堂々と宣戦布告させてもらいます」


 騎士としてリヴァが宣言する。


「あなたはそれだけの男ということです」


「そうやら、その三人も私たちと同じだろうし。どうですか?エキドナさん」


――――名推理ね。私もそうだとにらんでいる


「なっ!?」


 彼らはすっかり仲間になっていた。



 だが、魔王タナトスはその絆を無残に引き裂いた。




 タナトスは不意打ちを行ったのだ。星矢がいない時を狙い、皆が所有する書を狙った。


 邪魔されないように秘術による空間の迷路に三人を閉じ込めるほどの念の入れようである。


 その際に皆の命を無残に奪ったのだ。


「・・・この書があれば、私は更なる力を・・・」


 皆は血の海の中にいる。だが、まだ・・・意識はあったのだ・


「なぜ、書にアクセスできない?まさか・・・」


 まだ完全に息絶えていない皆の最後の抵抗だった。書にロックを掛けていたのだ。


「無駄な抵抗を!!」


 タナトスが皆に止めを刺せようとしてその体が逆に吹っ飛ばされた。


 位置を入れ替わるように現れたのは星矢たちだった。


 その表情は悲痛なものになっている。


「・・・間に合わなかった」


 その言葉にクオンは否定する。


「・・・わたしらの最後の抵抗・・・無駄にならんかった・・・あんたの役にたてた」


「そういう・・・こと・・・」


 リヴァも満足そうである。


「わりぃ・・・ついていけなくなった」


 その言葉に星矢の瞳から涙が溢れ、こぼれだす。


 隣にいた勇矢もそうだ。


「・・・ずっと愛している」


「だから、お前も幸せに・・・」


 翔矢など嗚咽すら漏らしている。


「・・・君に会えたこと後悔していないから」


「楽しかった。あなたのおかげで恋をすることもできた」


「・・・恋なんてできないって思っていたのに」


 翔矢は泣きわめいているほどである。


 それぞれ三人は皆の最後の言葉を聞く。


 そして、完全に息絶える。


「・・・あの結界から貴様らが自力で戻ってくるとは思なかった。だが、好都合。仲間の死で動揺している今ならお前らの創世の書を・・・っ?!」


 タナトスが口にできた言葉はそこまでだった。


 その口がふさがれたからだ。


「・・・もうお前は喋るな」


 それを行ったのは星矢の右手。そのすさまじい力でそのまま魔王の口を握りつぶした。


 痛みに叫ぶこともできないままに、彼の頭は後ろから地面にたたきつけられる。


 その衝撃は地面を大きく陥没させ、頭部にも無数の亀裂がはいるほど。


 たまらずにタナトスは陥没した地面を拳でたたきつけ、大地を割り、その隙に星矢から逃げる。


「なんだお前・・・」


 握りつぶされた口と亀裂の入った頭を再生させながら想定外のことに動揺していた。


「異世界の人間・・・それもただちょっと強いだけの人間のはずでは・・・」


「黙れと言っている」


 動揺する声すらかき消す言葉の重み。


 圧倒的な何かに魔王であるはずのタナトスは激しく狼狽える。


「なんだ・・・なんだ貴様は?!」


 タナトスは手に死神がもつような大鎌を出現させ、そこから無数の光の刃を星矢に向けて放つ。


 それが星矢を切り裂こうとして、その側に突如現れた黄金の光を纏いし竜に阻まれる。


「・・・エキドナ。言わなくてもわかっているよな?」


「あやつらはいいやつらじゃった」


 その竜――エキドナの口から洩れる言葉は怒気がこめられていた。


「皆の幸せを妾は願っていた。幸せになるべきものじゃった。それをお前は・・・」


 そして、その瞳から涙をこぼしていたのだ。


「まさかお前・・・魔神四強・・・黄金のエキドナ」


「いくよ。もう・・・出し惜しみは無しだ」


「共に蹂躙してくれよう」


――――――サモン・ザ・ガーディアンズスピリット!!


 星矢はエキドナと溶け合うように変身する。


 黄金の契約者の姿に。


 それを見たタナトスは目の前の相手の脅威を知る。


「馬鹿な・・・あのエキドナの契約者だと?!魔神四強が契約を交わすなど」


―――――こやつはそれだけの男。我が夫も、そして他の二人も気に入るだろうよ。そして、タナトス・・・そうか。その名、確かに聞き覚えがあったのう


 エキドナはタナトスの動揺に思い出すことがあったようだ。


―――――古代。魔神になった人間が何人か負ったが…その中の一人にその名が・・・


「そうか」


 どうでもいいように告げる星矢。


 そんな彼にタナトスは無数の光の刃を次々と飛ばす。


 だが、それはすべて星矢に触れる前に消えてしまうのだ。


「消すことに変わりはない。お前はやってはいけないことをしたのだからな」


 淡々と告げながら彼の手に現れるのは杖であった。


 それを見てタナトスはさらに驚く。


「・・・まさかそれは武神具・・・原初の三つの一つ・・・」


「最弱だとされているが、お前の術を解くには役に立ったよ」


「最弱だと!?理不尽なのに変わりはないだろう!!あの結界を突破しただけでなく、私の攻撃を平然と消しさるなど下手な攻撃力よりも厄介・・・」


 恐怖が声に出ているタナトスに対して星矢は淡々とその杖を見る。


「…あいつらの形見となった武神具で止めをさせてくれる」


 一歩一歩、杖をバトンのように回しながらタナトスに迫る星矢。


 タナトスの目に飛び込むのはうなだれたままの二人が映る。


 起死回生の手は彼らを盾にする他ない。


 タナトスがそう判断し、二人の背後に転移したときだった。


 突然振り向いた二人が手にしていた何かを振るい、タナトスを斬り飛ばしたのだ。


「がああああっ!?なんだ!?」


「・・・殺す」


「この世に生きた証すら残さん」


 勇矢が手にしていたのは直剣。


 翔矢が手にしていたのは大きな穂先を持つ槍である。


「ガア・・・・傷がなおらん・・・って・・・それは・・・」


 受けた傷が修復できないことに驚くタナトスはその理由を二人が手にした武器を見て理解する。


「・・・なんで最強と最凶の武神具が・・・」


 二人は涙を流しながら悲しみと溢れさせ、怒りを爆発させていた。


「大切な人たちだった。ずっと・・・ずっと一緒にいようと誓い合った人たちだった。それをお前は!!」


「友達の仇・・・打たせてもらう」


 言葉にやどる憎しみ。


 それらが彼らの力を覚醒させる。


 勇矢の背後に現れたのは十対の光の翼をもつ白い全身鎧で武装した天使。


 翔矢の背後に現れたのは蝙蝠の翼をもち、全身を黒い甲殻で覆った悪魔。


 二人は叫ぶ。


『サモン・ザ・ガーディアンズスピリット!!』


 背後のビジョンが溶け合い、二人は変身する。


 契約者としての姿に。


 勇矢は白い鎧をまとった騎士。


 翔矢は黒い鎧をまとった狩人である。


「・・・ばかな。こいつらも契約者。しかも、あの二つに選ばれた・・・」


「万が一にも勝ち目はなくなったと思え。お前は余達を本気で怒らせた。目覚める必要のない力を目覚めさせるほどにな!!」


 タナトスの精神に止めを刺せる一言を告げる星矢。


「行くぞお前たち。こいつに引導渡す」


『ああ!!』


「お前に訪れる結末はただ一つ・・・滅びだ」


「くるな・・・くるな・・・くるなぁぁぁぁぁぁ!!!」


「死すらお前には生ぬるいと知るがいい」


 その言葉とともに三人の兄弟達は魔王に向かっていく。


 少ししたあとに、天を貫く黄金の光がこの世界が平和になったことを教えてくれたという。




 それから彼らはほどなくしてこの世界から去る。


 研究していた術式による帰還である。


 本来なら連れてきたかった人たちがいた世界からの帰還であった。




 それからさらに一年。


 高校入学前となった歳。


「探索はどう?」


 まな板の上で玉ねぎを刻みながら星矢は頭の中で通話をしていた。


―――古代の遺跡の一つを発見。少し帰りが遅くなりそう。


「・・・視野を借りるよ?…これは相当。エキドナはどう思う?」


――――あたりじゃろうな。データ収集のほうはどう?


――――そのあたりはばっちり。必要なものはこっそりと書の中に入れているけど・・・


 言葉を濁した先のことを察したのか。星矢は手を止めてため息をつく。


「・・・陽菜が心配で見に来ているのか」


―――そういうこと。ばれないように作業するが大変だよ。おっと。


「トラップには気をつけなさい。それとその先十歩先にレーザーネットの起動スイッチがあるから」


――――ありがとう。この先に何かある気がするし、きりがいいところまではいくよ


「あまりのめり込むなよ?陽菜達も帰ってこないといけないのだから」


 星矢の言葉にわかっていると答えて勇矢は通信をきる。


 そこから少しの間調理に専念していたかと思うと、今度は別の通信が入る。


―――――ごめん。星兄。巻き込まれた


「・・・ふう。翔矢。手助けはいる?」


 次から次へという言葉を辛うじて飲み込み、星矢は問う。


 ただ、声色からそこまで深刻な事件に巻き込まれたと思っていない。


―――――まあ、違法兵器の取引現場に出くわして。それに襲われているだけ


「・・・動揺していないあたりは大したレベルではないか」


―――人工魔物が十体と重火器が相手程度だから。でもよけてばかりじゃきりがないからそろそろしかけようかと。できればそのあとの・・・


「・・・記憶操作術を送っておく、有効につかいなさい」


――――さんきゅ~。さて。そろそろ暴れ・・・あれ?なんだ?


 向こうで異変が起きたらしく、戸惑う翔矢。きになり、彼の視野を借りた星矢も軽く驚いた様子を見せる。


「・・・噂のダークヒーローか。まさかここで接触することになるとは。こちらも向かおう」


 その言葉とともに星矢の姿もその場から消えた。




 陽菜は今日も新たな家族となった勇矢の冒険を見守っていた。


 何があっても対処できるようにと素顔を隠すために変身した状態で。


「・・・お前の弟さん。相変わらず無茶苦茶だな」


 その隣には玲央が呆れた様子を見せる。古代文明のトラップを危なげなく、華麗にかわしながら突き進んでいく彼。


「まあねえ。いきなりすごい天才性を発揮させたんだし」


 魔王クライムとの最終決戦の後、行方不明になった月菜と入れ替わるように星矢がほぼした勇矢と翔矢。


 陽菜は月菜を救えなかったことを嘆き悲しんでいた時に彼らがやってきて、最初は邪険に扱ってしまった。


 だが、すぐに彼らが何も記憶を持っていないことを知り、戸惑うことになったのだ。


 記憶どころか、人格もまっさらになっていると聞き、陽菜は非常に慌てた。


 心が荒れる暇すらないくらいに。


 徐々に二人の人格がはっきりとしていき、そのころには陽菜は新たな弟達のことを受け入れることができていた。大切な家族となっていたのだ。


 そして、月菜が生きていることもそのころには知るようになる。


 行方を捜していた星矢がさりげなく情報が渡るようしたからだ。


 そのおかげで陽菜は今も戦えているのだ。新たな家族に心を救われ、大切な半身が生きていることを知ったから。


「・・・でも、時々すごく大人びた顔を見せるのよ」


 そんな陽菜だからこそ、弟二人の大きな変化に気づいていた。


「多くは語らないけど、何かあったと思う。一度だけ泣いていて、それを慰めたことがあるから」


 彼女が知っているのは大切な人を失ったという二人の後悔。


「それはきっと星矢も同じ」


 同じ後悔を星矢が背負っていることもだ。彼は泣いていない。だが、何かを決意している様子であった。


「星矢も月菜を探してくれているみたいだし。月菜が生きていることを知れたのは星矢のおかげ・・・」


 星矢という存在。陽菜にとって彼がどれだけ大切な存在なのかは、その名を口にするたびに頬を染めてしまう様子を見ればわかるだろう。


――お前の将来の伴侶は素晴らしい御仁だな


「ちょっ?!フェニックス」


 彼女の背後から現れるのは炎を纏った神鳥。


――何が違うというのだ。傍から見てもお前があの少年を好いていることはわかるぞ?


 玲央の後ろからも立派な体格をした獅子が呆れた声を上げていた。


「おいおい言ってやるなよ。陽菜の年頃は色々と微妙なんだ」


「びっ、微妙ってなによ!!すでに自分の気持ちはわかっているわよ!!私は星矢に恋をしているってことくら・・・い・・・」


「ほう…語るに落ちたな」


「あう・・・」


 己が何を口にしてしまったのか理解した陽菜は顔を真っ赤にさせてうつむいてしまう。


 完全な自爆である。もともと熱い心を持つ彼女は語るに落ちやすい部分があるのだ。


 だが同時に意外と男前で、恋していると自覚したら恥ずかしがっても仕方ないのでしっかりと向き合っていこうと努力している。


「ほんと、陽菜ちゃんみたいないい子にこれだけ思われてんだ。あいつも果報者だぜ」


 二人と二柱の会話が中断される。


 必死で逃げている勇矢の姿があったからだ。


 勇矢が追っているのは巨大な怪物だった。巨大な亀のような怪物。


 その大きさは脚で車を踏み潰すことができるほどの大きさ。甲羅は豪邸すら簡単に乗せれるほどの巨大さだ。


「って、また大物を引き当てて!!」


 二人は勇矢を助けるために駆け出すことになった。




 それは目を見開き驚きをあらわにしていた。


――――なぜ、翔矢がここにいる?


 彼の姿は異形の一言。黒い甲殻の体に銀色の二本のアンテナのような触覚と赤い複眼を持つ頭。


 昆虫人間。そう言える異形が不思議な銃を手に其の場に乱入していたのだ。


 そこにいたのは彼の知っている少年の姿。


 彼に襲い掛かる豹のような怪物たち。それは人間が魔物を人工的に作り出そうとし、成功した人造魔物――通称召喚獣と呼ばれし者たち。


 自我がなく、命令通りに動く彼ら。機械だったり、魔物を分解したりなどし、別の物質に植え付ける。または動物の魔物化など様々な方法で生み出した魔物たち。それは転送や、色々な媒体に保管し、いざという時に実体化させる。


 そのような便利な性質を持つゆえに召喚という言葉がついたのだ。


 各国が生み出そうとしている召喚獣。それが公になっていないが裏で出回っている。


 その取引の現場に翔矢は遭遇してしまったのだ。


 襲い掛かる豹の召喚獣たち。その動きは実際の豹すらしのぐ。それが複数。連携して襲い掛かってきているのにもかかわらず、翔矢はしのいでいたのだ。


 まるで踊るように襲い掛かる豹をいなし、あまつさえうまく誘導して他の豹へとぶつけている翔矢の表情には余裕すらある。


 まだ本気ではないことは明らかであった。


 操っている者たちが銃などを手にしたところでその異形も動くことにした。


 翔矢がそろそろ仕掛けようとしていたので、それを止めさせるためにだ。


―――――お前が首を突っ込む案件ではない。


 実力者であることは察していた。それでも翔矢を巻き込みたくないと異形は思ったのだ。


 彼は手にした銃から弾丸を放つ。それは吸い込まれるように翔矢の周りにいた豹の召喚獣を打ち抜き、倒したのだ。


「・・・逃げろ」


―――お前を巻き込むわけにはいかない


 翔矢を庇うようにして彼は召喚獣を放った者たちと対峙する。


「・・・優しいね」


 その言葉に異形は驚く。


 対峙していた者たちの背後に彼がいつの間にかいたからだ。


 それは翔矢の兄――星矢だったのだ。


「弟を助けてくれて感謝するよ。あっ、この人たちは安心して、ほら」


 星矢が指を鳴らすと同時に彼らは一斉に倒れたのだ。


「記憶も操作しておいた。一応君の欲しがっていると思う情報はこれだろ?」


 星矢が何かを異形に投げ渡す。それはフラッシュメモリーであった。


「ん?どうした?」


「ちょっと面白そうなものが二つ持っていたから回収を」


 翔矢の側に現れた銅色の書物が開き、男たちの車にあった布と鎖を吸い込んだのだ。


 その様子を黙ってみていた異形は静かに問う。


「・・・お前たちは・・・一体・・・」


「いずれ、君の恩に応えるとこの場で誓う。素顔をさらしたまま記憶を消さないのはその布石。・・・・・・また会おう」


 星矢の側に黄金の本が現れ、それが光るとともにその姿消える。


「ありがとう。何かあったら絶対に助けるから」


 翔矢もその言葉を残し、同じように姿を消した。



 この日がこの異形――ベルゼブブと呼ばれし者の転換点となる。


 この二人に感謝されたことから孤独だった彼の戦いはいい方向へと向かうことになる。





「やれやれ・・・しかし、今日は収穫もあったか」


 星矢は弟達の戦果に満足げに頷きながら、食事の準備をしていた。


――――まさか武神具を一度に三つも見つけるとはのう。そのうち二つはそれぞれ勇矢と翔矢が適合しておる。あと一つは・・・お主がつかうのか?


「いや、こっちは適合していない。だが、適合者に心当たりはある」


 味噌汁の具合を見、味見をしながら彼は頷く。回収していた翔矢曰く、勘が働いたらしい。これは誰ものかと。


「いい土産ができたよ」


 彼は味噌汁を作り終えてエプロンをとる。


――――しかし、お主、本当に主夫じゃのう


「母さんの味を継承しただけだよ」


 家で作っていた味噌。それを星矢が母の死を契機に受け継いたのだ。


 その結果、彼が一家の台所を支えている。


「みんなには帰ってくる場所が必要。それが大切だから、護っているだけ」


 彼は目を閉じる。そして・・・


「うん。みんなそろそろ帰ってくる。準備を始めようか」


―――ほんと、その目の力の無駄遣いを・・・


 エキドナは呆れながらも小型の龍となって顕現。


 ぱたぱたと小さく翼をはためかせながら、食器などを持ってきたのだ。


―――少しは手伝ってやる。お主の料理は味噌汁をはじめ、絶品だからのう


「きちんと用意しているから安心して」 


 エキドナはさらに上機嫌で食事の用意を手伝ったという。





 夜。闇夜を翔る者たちがいた。


「…ここにあいつの目撃情報が?」


「間違いない」


 それは成長した月菜の姿。その側には彼女よりも二、三歳ほど年下の金髪の少女―ーアリスがいる。


―――――あなたたちの因縁のあいてよね?


 アリスの手に持つタブレットから聞こえてくる声も女のものだ。


「ええ・・・あいつだけは私たちが倒さないと」


 アリスの言葉に月菜もうなづく。


「・・・私の罪が消えるわけじゃないけど、決着は付けたい。どう償っていけばわからないけど、これだけはやっておきたいから」


 それは月菜の決意でもあった。


――――あなたの決めたことなら、私はこれまで通り、できる限りの支援をするわ。でも、あなたの罪って言ってもそれは・・・・


 タブレットの声に月菜は自分の手を見る。


「・・・感触が残っているの。この手で父さん、母さんを殺してしまったことを。おじさん、おばさんも手にかけ、大切な親友を・・・風花も傷つけたことも・・・」


 無表情で彼女は淡々と語る。


 彼女の脳裏には悪夢ようにそれがこびりついていた。血塗られた二本の短剣。それで血の海に倒れた四人。


 そして、同じく倒れている親友の姿。


「変でしょ?操られてやったというのに、まるで自分の意思でやったように思えてしまう。大切な人達をこの手で・・・」


 自分の手でやってしまったとしか思えない。それゆえに痛々しいものであった。


 自分のせいじゃないと逃げるには殺してしまった相手も、傷つけてしまった相手も大きすぎた。


「・・・あなたを一人にさせない」


――――うん。あなたには生きてほしいから


 そんな月菜を二人が支えている。深い悲しみと激しい怒りに握られた拳を震わせ、押し殺しながらである。


「ありがとう。行こう、あいつの目的も知りたい」


 月菜たちは夜を翔る。



 その夜、小さな旋律があたりに響く、それに呼応して眠っている星矢に迫る影があった。


 それは星矢が最終決戦の時に拾ったクライムの欠片の中にあった謎の黒い石から伸びたもの。


―――我の復活のためにお前の力を・・・


「ん~うるさい」


 その言葉とともに寝ぼけ眼で開かれた瞳の力にはじかれたのだ。


―――そんな馬鹿な!!


 影が黒い石へと戻される。


―――んん?なんじゃ今の気配は?


 それを黄金の書の中から現れたエキドナが顔をのぞかせながら首をかしげていたという。




 夜の闇、ビルの上で笛を吹いていたその男はその手を止めた。


 一見するとどこにでもいるようなサラリーマンのような恰好をしていたその男は手にしていたフルートをどことなく虚空へと消して考え込む。


「反応は確かにありましたね。まさか生きていたとは驚きでしたが」


「あれの欠片・・・ってわけではないのか?」


 その側には着物を着た女性がいた。欧米人の見た目で和服という違和感すらもこの場では不思議と普通に見えてしまう。


「明らかに生きた反応です。ですが・・・弱弱しい。むしろ今ので目覚め始めたというべきかもしれません」


「探索をしておいて叩き起こすとはな」


「・・・明日の夜、また試みてみましょう。これ以上は追手が・・・」


「承知した。あやつらに見つかるのは厄介極まりない。滅びるのは嫌だろ?」


「ええ・・・二度と滅びの危機に会うのは御免です。まあ、その相手も遠い昔。人間であるはずだからとっくにくたばっているはずです。あの黄金の魔王――魔神エキドナの契約者はもうこの世にはいない。そうでないと困るのです」


 二人の姿は夜の闇に溶けるように消えていった。





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