第3話 【一方、その頃】新しい聖女は力を発揮する……?

3.【一方、その頃】新しい聖女は力を発揮する……?





~第1王子クララム視点~


僕とミューズは、無能なシルフィをまんまと婚約破棄のうえ、追放することに成功すると、意気揚々と自室へと戻ってきた。


装飾の立派な、あんなシルフィのようなしみったれた女の部屋とは正反対の、立派な部屋だ。


ベッドに腰かけて、ミューズに甘い声で今日の戦果について語りかけた。


「くっくっくっ。うまくいったねミューズ。これで僕たちの愛を遮るものは何もないよ!」


「ああ、殿下。わたしとても心を痛めていました。あんな神聖力のない、孤児上がりの卑しい娘が精霊様をあやす大任をこなしているなんて。昼の通常の巫女勤めすら満足にできずサボっていた方に、精霊様の赤ちゃんをお世話できるわけありません。しかも、それが殿下の婚約者だなんてっ……!」


「ああ! その通りだ! その点君は神聖力も高く、身分も申し分ない。なに、シルフィを追い出したのは独断だったが、君さえうまくやれば誰にも文句は言わせないよ。そもそも、精霊に神聖力をあげるだけの簡単な仕事をするだけで、この王太子の僕の婚約者だと? ははは、笑わせないで欲しいものさ」


「全くです殿下」


「おっと、二人きりの時は、クララム様と呼ぶように言ったろう?」


「そ、そんな。は、恥ずかしい。きゃっ」


「ははは、ミューズは恥ずかしがりやさんだね。さぁ、言ってごらん」


「ク、クララ……」


彼女が僕の名前を呼ぼうとした、その時である。






「ミューズ。お前が新しい精霊担当の聖女なのかわん?」


「お腹が減ったのにゃー」


「ふえーんふえーん」


「まんま、ほちい」


「おなかがぐー、ぐー」


イヌにネコ、ヒト、小鳥にウサギの5種類の精霊の赤ん坊たちが、うるさく私の周囲を飛び回っている。


「ははは。先ほどシルフィが神聖力を与えていたと思ったが、もう空腹ときたものだ。やはりあいつは無能だったな! よし、ミューズ。早速力を見せてこい。神聖力を与える儀式は集中力が必要だろう。君のための部屋を用意してあるから、そこを使いたまえ」


愛する二人の逢瀬を邪魔されて、若干気色ばんだミューズだったが、さすがシルフィと違い上級聖女になる器を持つ女性だけあって、すぐに可愛らしい微笑みを浮かべると、


「分かりました。すぐに戻りますので、待っていてくださいね」


そう言って、精霊たちを連れて退室していった。


そして、案の定10分もしないうちに、


「戻りました。クララム様。お待たせして申し訳ありません」


立派に仕事を果たして戻ってきた。


「やはりシルフィと君は全然違う。真の聖女だ。昼の勤めも、夜の勤めも余裕であることが確信できたよ」


「もちろんです。あのような方と比べるなんて、いくら殿下でも失礼ですわ」


ぷんぷんと、ミューズが可愛らしく怒る。


そんな姿さえいとおしい。


シルフィがいなくなった今、彼女こそが僕の新しき婚約者であり、将来は彼女と共にこの国を支えて行くのだから。とてもではないが、シルフィには分不相応というものだ。


「ああ、愛しているよ。ミュー……」


彼女の名前を言いかけた時だ。


「まずくて飲めなかったわんっ……!」


「なんか、お腹が痛いのにゃー」


「ふえーんふえーん」


「ぽんぽんぐーぐー」


「お腹へったへったー」


精霊たちが怒った様子で再び再来したのである。


「ど、どういうことだい、ミューズ?」


さすがの僕も面食らう。


精霊はこの国の守り神と言われていて、怒らせるなんてもってのほかと言われている。


僕は真剣に信じてはいないが、神殿の神官長などは、「精霊の加護がなくなれば国は終わる」なんてことまで言ってはばからない。


さすがにそれは嘘だろうが、それはそれとして、


「う、うそでしょう? あんなに食べさせてあげたのに……。私の神聖力のほとんどを差し上げたはずよ」


ミューズは青ざめた表情をしていた。


すると、精霊たちの代表なのか、イヌとネコの精霊が口を開いて、


「あんなに? 精霊からしたら人間の神聖力の量の差なんて、大したことないわん」


「え? 私の神聖力が大したことない……って?????」


ミューズは自慢である神聖力をあっさり否定されて混乱していた。


「そうにゃ~。むしろ、濃さとかで味付けを変えて欲しいのにゃ~。ワンちゃんは濃いめで神聖力強めでいいのにゃ。でもボクちゃんは薄味がいいのにゃ。というわけで、ボクちゃんら二人は簡単なのにゃー」


「そうか、なるほど。精霊によって味付けに好みがあるわけか。ミューズ、最初だからコツがつかめていなかったようだな。って、ミューズ?」


「し、神聖力に味付け? 濃さを変える? え? へ?」


なぜか目を白黒とさせていた。


一体、どうしたというんだろうか。


「ミューズどうしたっていうんだい? シルフィに出来ていたことだ。君に出来ないはずがないだろう?」


「えっ、あっ、そ、そうですね! あはは! その通りですぅ。で、でも。神聖力の放出? の濃さ? を変えるなんて聞いたこと……」


「ああ、そうだろう。君には期待しているんだ。シルフィとは違うところをばっちりと見せつけてくれなくては、彼女を独断でクビにした僕の立場も悪くなるからね。しっかりしてくれよ」


「は、はい。も、もちろん」


彼女はひきつった顔で満面の笑みを浮かべた。


すると、またイヌの精霊の口を開いた。


「ボクとにゃんちゃんは簡単だけど、コロちゃん、ピヨちゃん、うさちゃんは気をつけて欲しいのだわん。さっきみたいな無茶苦茶な味付けだと、食べないのだわん……。最悪、食べないで栄養失調になって死んでしまうのだわん」


「死ぬ!?」


僕は驚く。精霊を殺してしまったともなれば大問題になるだろう。


ミューズも驚いた様子で、


「し、死ぬなんて、そんな。でも、ま、まずいって言っても、シルフィだって同じふうに神聖力をあげていただけなのでしょう!?」


ミューズがたらまない、といった様子で言った。


神聖力がどんなものか分からない僕にはミューズが何を言っているのかよく分からなかったが、


「そうだ。シルフィの神聖力が飲めて、彼女の神聖力が飲めないとはおかしい!!」


そう反論したのだった。


しかし、


「そっちの人も、こっちの人も何言ってるにゃー? さっきからボクちゃんたちが言ってるにゃん? シルフィは神聖力をコントロールしてたにゃー。そうやって味にうるさいコロちゃん、ピヨちゃん、うさちゃんにあげていたにゃー」


「ほ、本当なの? 神聖力の放出量ならともかく、濃度をそんな繊細にコントロールなんて……」


「そんなこと言われても、シルフィはしてたんだわん」


「にゃん」


「くぅっ……!」


”シルフィには出来た”


その言葉が、文字通り、上級聖女に最も近いと評された彼女のプライドを傷つけた。


いつもの華やかな表情が、今はぎこちなく歪んでいる。


「話を戻すわん。赤ちゃんに近い精霊ほど味にうるさいのだわん。だから、神聖力のコントロールに長けた聖女が国に必要なんだわん。シルフィはすごく頑張って色んな味を作ってくれてわん」


「そうにゃー。だから、早くまたあの味を飲ませて欲しいのにゃー」


わんわん、にゃーにゃー、ふえんふえん! と。


王太子たる僕の私室がまるで子守部屋のようになってしまう。


ああ、うるさい!!


「ちょ、ちょっと待って。ど、どうすれば」


まったく。ミューズも結構アクシデントに弱い。


僕にはよくわらからないが、さっさと神聖力とやらの濃さをコントロールして与えればいいものを。


シルフィには出来たのだから。


「はやく欲しいにゃー」


「えーと、えーと」


やれやれ。


ミューズを見ながら呆れる。


これは僕の出る幕はなさそうだな。神聖力を持たない僕に出来ることはないのだから。僕には関係ない。


今日は彼女と夜のデートを楽しむつもりだったが、彼女の義務を尊重するとしよう。


「まぁ初日だからな。頼むぞ。ふわー。僕は眠るとするよ。あとは頼んだよ、ミューズ」


「え!? お、お傍にいては……」


「ん? 何だい?」


「い、いいえ……。なんでもありませんわ、で、殿下。き、今日は申し訳ありません。せっかくお誘い頂いた、のに……」


「ははは。まぁ初日だから仕方ないさ。頑張っておくれ、新しい聖女様」


僕は寛容さを見せつける。


僕との予定をつぶしてしまったにも関わらず、それを許す度量に、彼女は感動することだろう。思わず抱き着かれてしまうかもしれないな。


だが、


「え、ええ……。お、おやすみなさい、殿下」


「え? あ、ああ。お休み、ミューズ。良い夢を」


だが、思ったよりもあっさりと僕に別れを告げて部屋を出て行ってしまった。


どうしたのだろう?


扉が閉まってから、


「ああ、そうか。彼女はとんだ恥ずかしがりやだったな」


と思い出す。


例え、赤ん坊の精霊の前でも、僕とハグをするのは気恥ずかしかったのだろう。


そう結論付けて、僕は夜着に着替え、ベッドに横になるのだった。


本当なら隣にミューズがいるはずだったが……。まぁ仕方ない。


仕事の出来ない無能なシルフィは追い出せたのだ。あとはミューズに任せよう。


何がワンオペはつらい、だ。たかだか精霊に神聖力を与えるだけの仕事に。


僕は今日の成果を思い出す。


(まずまずの成果だろう。有能な僕と上級聖女のミューズ。無能なあの女を追放できて、これでこの国も安泰だ)


そんなことを思う。


だが、眠りに落ちる直前、なぜか脳裏に、


『精霊が去る時、国が滅びる』


そんな古臭いしきたりが思い出されたのである。


だが、僕は一笑に付した。


馬鹿馬鹿しい。老人どものたわごとに過ぎない。それにシルフィに出来てミューズにできないわけがない。


そんなことを思いながら。


……まさか、僕はこの時、大きく判断を誤り、結果国を大きく傾かせ、なにより僕たちをあんなロクでもない運命に導くとは夢にも思わなかったのである。

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