第2話 無能な私が婚約破棄されるのは当然のことですね……
2.無能な私が婚約破棄されるのは当然のことですね……
「シルフィ・エルネスカ! 君との婚約は本日で破棄する! なぜなら、君よりも素晴らしい女性が僕の前に現れたのだからね! 君のようなさぼり癖のある、仕事が出来ない無能な聖女ではなく、真の聖女だ! そして、僕と真実の愛をはぐくめる、そんな素晴らしい女性さ」
「婚約破棄、ですか」
「そうだ」
「王宮も追放、ですね……」
「当たり前だろう」
「……」
私は来るべき日が来たなと思いました。
悲しい気持ちも少しありますが、仕方ありません。
私のような何も取り柄のない女が、王太子殿下の婚約者でいれた方がおかしいのです。
なので、王太子殿下の言葉を、
「精霊が懐く相手を伴侶にせねばならんなど、実にくだらんしきたりだった。特にお前を見ているとその確信は深まるばかりだったよ」
その通りだと思うので反論もしません。
私のような女を婚約者にされて、ご迷惑だったでしょう。
たまたま精霊様が私をお選びになられたのも、きっと気まぐれに違いないと確信していました。
その点で言うと、私は一つだけ気になりました。
「私のことは分かりました。一つだけ宜しいでしょうか?」
質問して良いか伺います。
「ふん。どうやら自分が無能な上に、神聖な巫女の仕事をさぼる聖女の風上にもおけない女だと理解しているようだね。余計に失望したよ。少しは反論するかと期待していたんだけどね」
「私はたまたま夜に精霊様のお世話をさせて頂く役に当たっていただけですので……。私が分不相応な待遇を得ていることは自覚していました」
「やれやれ。また夜のワンオペの話か。精霊の世話を言い訳に使うとはね。更に呆れたよ」
「そ、それは違います。精霊様を言い訳になど使うはずが」
「ふん、口答えするとは生意気だね」
「ん……」
私としたことがつい口答えをしてしまいました。
精霊様を言い訳などに使うつもりは毛頭なかったので、つい口をついて出てしまったのです。
私は反省して、改めて伺いたい点だけ聞くことにしました。
私がどうなろうとも……。先ほどの発言で罪に問われようとも、私が気にかかっていることは一つだけだからです。
「殿下。申し訳ありません。一点だけうかがわせてください。これから精霊様への神聖力は誰が差し上げるのでしょうか?」
「ふん、たかが精霊の赤子の世話に大層なふりばかりだな!」
「そういうわけでは……。ただ、心配だったもので……」
「ふん、言い訳ばかりうまくなりおって。まぁ喜べ。これからは毎日たっぷりと眠るのだな! 明日からは彼女が君の代わりになるのだからな!」
「ああ」
なるほど、と思った。
私はきっと間抜けな表情をしていただろう。
考えれば分かることだ。
王太子殿下が連れて来た女性ならば、精霊様に神聖魔力を差し上げる役目を果たすことが出来る、私とは違う才女に違いないのだ。
先ほどから殿下に体を寄せていた可愛らしい女性が微笑みました。
「僕の新しい婚約者のミューズ・マスカリア伯爵令嬢さ。しかも聖女としての力もある。ミューズは本当に素晴らしい女性だ。君のようなさぼり癖のある無能な聖女とは違い、なんと上級聖女候補なんだぞ?」
「すごいですね」
上級聖女なんて、私には本当に雲の上の存在と言って良い。
ただただ、尊敬の念を浮かべるばかりだ。
「そんな。別に大したことありませんわ。たまたま成績が良くて、神聖力が並外れて高かっただけですから」
しかも奥ゆかしい方のようだ……。
なぜか、彼女は殿下に見えない位置で、ほくそえむような笑みを浮かべているけど、どちらにしてもその可愛らしい容姿のせいか、とても愛らしいと思う。
「ですが、まさかクララム様の婚約者が……いえ、
彼女ははっきりと、
「巫女の仕事も、夜の精霊様のお世話も余裕で一人でこなせるのに」
「あーっはっはっは! 聞こえたか! だから無能なお前は追放する! これからは無能なお前ではなく、この真の聖女たるミューズがお前に代わって精霊の世話を行うからな!」
「……」
「くく、くくくく。さすがのお前もこれには驚いたようだな」
殿下は冷たい表情で私に言いました。
でも私は本当にすごいと思いましたので、
「はい。ミューズ様は素晴らしい方ですね」
そう頷きました。
婚約破棄も当然です。
だって、
「精霊様のお世話も、お昼の聖女としてのお仕事も両立できる方がいらっしゃるのでしたら、私などがここにいる意味は全くありません。私などどちらもできませんでしたから」
そう言って俯きます。そして、
「宜しくお願い致します。私はすぐに出て行きますので」
私などよりもっと才能のある聖女がいらっしゃるのは当然だった。
どうして、私ごときが? とずっと思っていたのだ。
クララム殿下も同じ気持ちだったのだろう。
だから、私なんかとは違う才能あふれる女性を連れて来たのだ。
私とは違って肌艶も良くて、かわいらしい方だ。
私が婚約破棄されて、お城から追放されるのは当然だとすら思う。
ミューズ様が私を冷ややかな目で見ながらおっしゃいました。
「私の神聖力は神殿でもトップクラス。成績も抜群で上級聖女候補の筆頭。今回、巫女と精霊のお世話を成功させれば上級聖女になれるなんて夢みたいだわ」
ああ、本当に上級聖女様は私などとは違う。
私は本当に毎日がぎりぎりだった。
神聖魔力もほんの少ししかない無能な巫女だったのだ。
ただただ、精霊様のお役に立ちたい。
それがひいては人々の役に立つだろう。
その気持ちだけが私を歩かせ続けてくれたのだ。
でも、
(私より優れた聖女がいらっしゃるのであれば、あっさりと身を引くべきね)
そう素直に思うことが出来ました。
ただ、心残りがないと言えば、それは嘘だった。
(精霊様の赤ちゃんたちはとても可愛いかった。本当は離れたくない。でも、上級聖女候補のミューズ様にお任せした方がいいだろう……。精霊様たちがすくすく健康に育ちますように。遠くからお祈り申し上げあます)
だから、私に出来るのは一つだけ。
「精霊様。今までありがとうございました。上級聖女候補のミューズ様から今後は神聖魔力を頂いて下さい。きっと私などより量も多く、精霊様も気に入られることでしょう。僭越ですが……、精霊様たちが健康に健やかに成長されることを遠くより、ずっと祈っております」
そう祈りをささげたのでした。
この時だけは、聖女らしいことが最後にできたかもしれません。
しかし、
「じー……」
なぜか赤ちゃん精霊たちが何も言わずに私の方を見つめてきます。
「まぁ少しくらい試してやってもいいけどにゃ……」
「え?」
どういう意味?
そう聞こうと思ったのですが、精霊様たちは順番にフッと姿を消していきます。
「ははは! 精霊たちにも見捨てられたようだな」
「……そうですね」
愛想をつかされても仕方ありません。
でも、精霊様たちに支えて頂いた毎日は私の宝物であることは事実です。
そして、その健やかな成長を願う気持ちも。
だから、
「お元気で」
私は少しだけ深呼吸すると、
「恐れ入りますが荷造りを致しますのでご容赦ください」
許可を得て、出て行く準備にかかります。
その準備をしているうちに、殿下たちもいつの間にかいなくなっていました。
こうして、王宮での生活は唐突に終わりを迎えたのです。
「久しぶりに、よく寝ました。久しぶりに朝まで寝たのは何年振りくらいでしょうか……」
ちゃんと睡眠をとるって、こんなに気持ちがいいことなんですね。
すっかり忘れていました。
それに、今まで曇っていた頭が、突然晴れ渡ったみたいです。
いえ、
「精霊様とお別れになったのに喜ぶなんて」
そんなつもりはもちろんありませんが、不謹慎だと思って反省します。
城を追い出されるともなれば、聖女の職も失うことになります。
元々、精霊様のお世話係も含めて、聖女の職を頂いていたので。
何か私のような者でも出来る仕事を探さねばならないでしょう。
そう思って、私は城を出たのでした。
自身の身よりもまず、精霊様たちの健やかな成長を、改めて祈りながら。
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