ワンオペ聖女と幼馴染の辺境伯様

初枝れんげ@3/7『追放嬉しい』6巻発売

第1話 人の役に立てない私はせめて精霊様のお役に立ちたい

1.人の役に立てない私はせめて精霊様のお役に立ちたい




「シルフィ・エルネスカ! 君との婚約は本日で破棄する!」


昼間の勤務と、夜勤による過労でクタクタの私をたたき起こした婚約者で、この国の第1王子クララム殿下は私にそう告げてきました。


私は余りの眠たさに、何を言われているのかも理解できません。


(昨日、寝たのはいつだったかしら?)


駄目、思い出せない。


そんな風にくらくらとする頭で考えを必死で巡らそうとします。


でも、そんなことはお構いなしに、クララム殿下は続けられました。


「なぜなら、君よりも素晴らしい女性が僕の前に現れたのだからね!」


クララム殿下の言葉は続きます。


「君のようなさぼり癖のある、仕事が出来ない無能な聖女ではなく、真の聖女だ! そして、僕と真実の愛をはぐくめる、そんな素晴らしい女性さ」


そう言ってニヤリとばかり、反論は許さないといった風に宣言したのでした。


正直、どう反応すればいいのか分かりませんでした。


いきなりのこともあって、頭も動いていないこと。


それに加えて、この事態は予想していた、ということもあります。


私ごときが王太子殿下と婚姻なんて、分不相応だと最初から思っていたから……。


でも、そんな私の薄い反応を見て、クララム殿下は馬鹿にしたように鼻を鳴らされました……。


「ふん、相変わらず無能でにぶい女だ。これからはお前の代わりに、この聖女が代役を果たすと言っているんだ。お前はもうお払い箱というわけだ」


その言葉と同時にとても可愛らしいドレスを着た、これまたピンクの髪がふんわりとした、愛らしい容姿の少女が現れました。


(奇麗な人……)


私は純粋に見ほれます。


と、同時に、どうしてこのような事態になったのか、やっと頭が回り始めたのでした。





~1時間前~


私の名前は、シルフィ・エルネスカと言います。


この『ワルイン王国』で、いちおう『聖女』という仕事についている。


でも、聖女とはいっても、私はただの雑用係。


いちおう『神聖力』っていう魔力があったから、孤児院から『神殿』に移されて、そこで聖女になっただけ。


大した力のないお荷物だということは自分でもよくよく理解していた。


聖女には、人々を癒す『癒し手』や、癒しの力で聖水やポーションを作る『錬金術』、上級聖女様には『予見師』という未来予知の力を持つ方もいるようだけど、私は雑用係で、一般に『巫女』と言われる。


でも孤児院の貧しい暮らしに比べたら、雑用であろうと何であろうと、恵まれている。


何せ、食事がちゃんと出るのだから。


ただ、


「ほら! シルフィ! また居眠りして! しかも、そこの数字間違ってるぞ!!」


「す、すいません」


「はぁ、本当に使えないわね」


「ごめんなさい」


「何度も同じミスをして、直す気がないのか!」


「申し訳ありません……」


私は下っ端のうえに、みんなのお荷物という自覚がある。ただ、あのせいで、どうしても眠いので、どうしたらいいのか自分でも悩んでいるのだけど……。


でも、このことを相談しても誰もまともにとりあってはくれない。


もちろん、私が悪いので、誰を責めるわけでもない。


ただ、悩むばかりで、周りに迷惑をかけてばかりいる自分が嫌になる。


申し訳なさもつのる。


「今日もつかれたな……少し横になろうかしら……」


上司に見つかったらまた怒られそうな自堕落な態度なのだけど、もう目が半分閉じかかっていて、自分ではどうしようもない。


寿命を減らしてでも起きていられたら、みんなに迷惑をかけず、ちゃんと仕事ができるのだけど……。


でも、人間の体は眠い時は眠る様に出来ているみたいで、どうしても周りに迷惑をかけてしまう。


それがとても歯がゆくて申し訳ない。


更に申し訳なく思うのが、


「王宮のベッドなんて、私には分不相応なのに……」


私ごとき巫女に、あまりにも豪華なベッドがあてがわれていた。


他の聖女の方々は、神殿の寄宿舎があって、そこで寝泊まりしているのだが、自分だけは王城で寝泊まりすることになっていた。


その理由は……、


(ああ、早速来たのね)


私は顔を上げる。


そこには、


「ごはんまだなのワン?」


小さい小さいわんこちゃんがモフモフを擦り付けながら、つぶらな瞳で言います。


「お腹へったのにゃー」


小さい小さいにゃんこちゃんが私のペロペロ指先をなめながら言います。


「ふえーんふえーん」


小さい小さい人がたの赤ちゃんが泣いてます。


「まんま、まんま」


「ぐーぐーおなかー」


小鳥さんに、小さな小さなウサギさんが、クタクタの私が腰かけたベッドで可愛くはねていました。


「ふふ、かわいい」


私は思わず微笑みます。一瞬、眠気も忘れられました。


「今日もいらっしゃってありがとうございます。精霊様」


私は無礼のないように頭を下げます。


そう、目の前の青白く光る生き物たちは、精霊様と言われる存在でした。


この国では精霊が信仰の対象になっています。


その精霊様の赤ちゃんは人の神聖魔力を好み、私はその神聖魔力を提供する聖女として指名をされているのです。


なんで私ごときが、と思いましたが、精霊様のご意思らしく、私がとやかく言えることではありません。


ただ、とても重要な仕事らしく、そのせいで私への風当たりが強くなったことは確かでした。


当然だと思います。


私のような何もできない女に、そんな大役は不適当だというのは、当然の評価だからです。


何度か私などで本当にいいのか、精霊の赤ちゃんたちに聞きましたが、私で構わないそうです。


でも、きっと無理をしているのだと思います。


だって、私の神聖魔力の量は大きくないんです。


本当に、よく聖女になれたとからかわれるほどで、私自身も自覚しているのですから。


ただ、私ごときが役に立つなら、いくらでもなけなしの神聖魔力をお分けしたいと心から思うのです。


「どうぞ、精霊様」


そう言いながら、私のなけなしの神聖力を口のところにもっていく。


「おいしわん♪」


「たまらないのにゃ♪」


「きゃっきゃっ♪」


「んまんま♪」


「まんぷく、おなか~♪」


「本当に? それならいいんんだけど……」


「もー、シルフィはもっと自信を持つべきだわん!」


「そうにゃそうにゃ! 自分の凄さを自覚して欲しいのにゃ」


「うふふ、ありがとう」


お世辞を言ってくれているのはよく理解しているので、優しく微笑みで返します。


私に才能なんてあるはずがないし、量も対して出すことが出来ない。


それを美味しいと言ってくれる精霊様のお心の広さこそが凄いのでしょう。


人の役に立ちたいのに立てない私ですが、精霊様の役には、ちょっとだけ立てている。


それが少し心を温かくします。


と、それと同時に、


「あの、精霊様。いつも、すみません……。実はまた……」


「了解にゃ。いつもご苦労さまなのにゃ……。ゆっくり眠るにゃ」


「本当に……すみませ……」


にゃんにゃんという言葉が遠ざかっていく。


申し訳ないな、と心の中で思いながら。


もっとたくさんの魔力を上げられればいいのに、と心から思う。


でも、私の力ではすぐに限界が来てしまうのだ。


本当に、人にも迷惑をかけ、精霊様にも迷惑をおかけして、申し訳ない。


そんなことを思いながら眠りへと落ちて行った。


(でも……1時間後には起きないと……)


精霊様の赤ちゃんなのですぐにお腹が減るからだ。


なので、今の満腹の間に、少しでも眠らないといけない。


このわずかな睡眠のせいで、昼間の巫女としての仕事中、どうしても眠くなってしまう。


もちろん、そんなことは言い訳にしかならないのだけど……。


でも、その日は、いつもと違った。


「シルフィ! シルフィ・エルネスカはいるか!」


「は……い……」


「入るぞ! ん? なんだこれは。まだ早いのにもう寝ているのか。ふん、こんな時間からもう休憩とは良い身分だな。他の聖女たちは今も研鑽けんさんに励んでいるというに!」


「王太子……殿下……」


「貴様……。将来の王たる俺を前によくぞそんな態度を……。ふん、まぁいい。今日はお前に伝えることがあって来た!」


こうしてクララム王太子殿下は私へ、突然婚約破棄宣言を始められたのです。


(続きます)

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