第13話 海の塵と消えるがよい
「あーはっはっはっはっはっは」
間抜けな大笑い声が遠くから聞こえてきた。
嫌な予感がしてその笑い声の方に目を向ける。いや、その笑い声には聞き覚えがあった。ゆえに嫌な予感ではなく、嫌な確信があった。
「どうだい! このクイーン・オブ・ラグーンの力! 海であたいたちに勝とうなんて100万年早いってもんだよ!」
ごごごごごごごごごごごごごごごごご。
そこには1000トンをも超えんとする超大型のガレオン船が浮かんでいた。
主砲からは今しがた爆炎を立ち上らせた残滓の煙が青く立ち上っている。
「さすが姉さんですぜ! 海の女王と言われるだけありますぜ」
「ああ、海の女王とはこの灼熱の旅団、バネッサの姉御にこそふさわしい!」
取り巻き二人が堂々と言う。
海の……女王……。
「な……、な……」
「ど、どうしたかーくん? どこか痛むの?」
―なかなかかっこいいじゃないか―
…………
女神はノーコメントを貫くことにした。
「おうともさ。これぞあたいのスキル!」
大きな胸をどんと張り、
「クイーン・オブ・ラグーン【珊瑚の女王】! 海の女王! 海であたいに敵うやつなんぞ皆無‼」
「ということはだ……」
カノユキは言う。
「お前らはそんな有利な条件で決闘を挑んで来たというわけか」
「そうさ! はは、だから言ったろう。少しぐらいのずる賢さがなくちゃあ、冒険者なんぞやってられないよってさ!」
堂々と言い放つ。その様はまさに海の支配者然として。
「ふ、さあて、あたしたちは先に行かせてもらうよ。あんたらが塩水をなめてる間にねえ」
あーはっはっはっはっは!
でげすでげす。
げらげらでげす。
高笑いを上げながら船を旋回させ、岩場より離れていく。クラーケンの元へと先行する。
「ど、どーしよう、かーくん! このままじゃあ負けちゃうよう!」
涙目でアルテノが言ってくる。
カノユキは嘆息しつつ、
「いや、別に勝負してるわけじゃないだろうが」
少なくともこちらは。
「でもでも! 負けるのはなんかヤなの!」
ぶわんぶわんと首を振る。
やれやれ。
だが、まあ。
カノユキは遠ざかるクイーン・オブ・ラグーンを見やる。
「確かに負け続ける、というのは癪だな」
「かーくん……」
…………
…………
……
ちなみに負け続けるって何に?
もちろん、あのかっこいい呼称「海の女王」だ。
えっ、そっち!?
「よーそーれ! 面舵いっぱいさー! 確かこのあたりのはずだよ! クラーケンが現れるってのは‼」
海を見やる。
天候は今しも嵐になりそうだが、海は荒れていない。
船の縁に足をのせ、
「さあ、かかってきなあ、化物め! この海の女王バネッサ様が逆に餌食にしてやろうじゃあないかい!」
干物にしてやんぜー。
わー。
さすが姉さん。
そんな灼熱の旅団を遠くから目撃する集団が一つあった。
「おいおい」
そいつはふてぶてしくいった。
「なんだが先客がいるようだぜ?」
「誰でしょうかあの方たちは?」
と、こざっぱりとして丁寧な、しかし意志の強い瞳を持った少女が疑問を口にする。
「珍客、といったところでしょうかな? ここはひとまず共闘という手も検討するべきかと」
「けどさあ、あの人たちさっきから妙な感じのことばっか言ってない?」
「そうですね。私もちょっとそれが気になってます」
それもそうですなあ。
学者風の男がうなずいた。
「なにせ、このあたりにいるのはクラーケンなどではありませんしなあ」
「まっっったく現れないじゃあないかい!」
しびれを切らしてバネッサが文句を言った。
「姉さんを恐れて逃げ出したんでやすよ!」
ちっ、と舌打ちをする。
「なーにが、海の王クラーケンさね。とんだ腰抜けやろうさ!この海の女王を前にして尻尾巻いて逃げ出したってわけさね!」
「違いねえですぜ、姉御!」
「ふっ、そうかい、そうかい。あーはっはっはっはっは」
「げーすげっすげっすでげす!」
「……は、はっはっは。ところでゴンズ」
「でげすでげす……はい、なんでやしょう、姉御」
「あんたなんか顔色が悪かあないかい?」
「え、そうでやすか? ですが、それを言うなら姉御もなんだか顔色が悪いような気がしやすよ?」
「え、あたいがかい?」
でげす。
……………
よく見るとセバスもちょっと顔色が悪い。
「そ、それはおかしな話さね!」
バネッサは大きな声で言った。
いや、まるで努めて明るく言ったようにさえ聞こえた。
「なんだいなんんだい。そんじゃあ、まるで」
遠雷が響き、黒い雲が辺り一帯を覆う。日が隠れ、帳がおりるかのように、暗くなる。
「まるで、あたいらの苦手な幽霊どもがいるみたいじゃあないか」
そう言うバネッサの後ろには、100を超える骸骨たちが退去して出現していた。
それを正面から見てしまったゴンズとセバスは、
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ」
と何海里先にも届く悲鳴をあげた。
もちろん、後ろを振り向いたバネッサの悲鳴もそれに続いたという。
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