第14話 漆黒の旅団ってすごい




「もう始まっているようだな」


「急がないとだね」


カノユキは思い出す。


自分の見たイメージを。


それは切り傷や刺し傷だらけの殺された勇者が、ダイオウイカもどき。すなわちクラーケンに捕食される姿。


「そう、クラーケンに捕食される時、すでに勇者は死体だった」


しかも、その死体の状況は刺し傷。切り傷。


「果たしてクラーケンがそんな傷を負わせるものだろうか?」


「じゃあ、その相手は……」


「そうだ。敵はクラーケンなんかじゃあない」


真の敵。それは―




「ひええええええええええ、来るんじゃないよ、来るんじゃないよ!」


「姉さん、たすけてー!」


「こっちもそれどころじゃあないんだよう!」


水兵たち!


いや、それは死んでいる。


骸骨をさらした水兵などいやしない。


それは動く死体。


かつて海を航海し、無念のうちに死んだ水兵の成れの果て。


現世への執着から生あるものを襲う死霊系モンスターである。


手にはナイフや剣を持っている。




「勇者を殺したのは水兵どもだろう。」


「そっか。水兵なら切り傷、刺し傷の説明がつくもんね!」


カノユキは頷く。


「それに船だ」


「船?」


カノユキはビジョンの光景を思い出す。


「クラーケンのまきついていた船はボロボロだった」


「あっ、そっか」


あんなボロボロの船が海を航海できるはずがなかった。


そんなことがあるとすれば、それは超常の船。


すなわち。


「幽霊船しかない」


「なるほどねえ」


女神は感心したように言った。


ところでクラーケン退治はどうするの?


知らん。そもそもあんな化物と戦えるわけないだろう……。 水兵を倒したら逃げるしかない。


「くそ、だからこそ、今回は勇者たちが遭遇する前になんとかしたいと思ってすぐに出発したんだがな」


遠くに見えるのは、勇者たちの姿だ。あの様子では参戦するつもりだろう。


「セイレーンのせいだな」


「えっ? どうしたのかーくん?」


セイレーンさえいなければ、俺が先に水兵共……幽霊船を発見していただろう。


……歴史の修正力か?


くそ!


カノユキは舌打ちをして、


「今回も結局、俺自身があの勇者たちと一緒にいることで、枝分かれする未来を不確定化することで、なんとか助けるしかないのか!」


とんだ貧乏クジだな!


「行くぞ、駄女神!」


「駄女神って言うな!」





「ひいいいいい! 助けておくれ助けておくれ! 幽霊だけは、幽霊だけはダメなんだよう!」


「姉さん助けて怖いいいいいい!」


「あ、あの、皆さん! 落ち着いてください!」


完全にお荷物の灼熱の旅団たち3人を守りながら、勇者は言った。


「お化けなんて、他のモンスターとそうそう変わらないじゃないですか!」


「そうですぞ、倒したら魔石も落とすわけですし」


学者風の男カリスも水兵たちに応戦しながら言う。


「そーいう問題じゃあ、ないよ! あたしはデリケートなんだ!」





「わーはっはっははははははは」


と、突然場違いな大笑いが船上に満ちる。


勇者たちはハッと気づく。


「こ、この声はまさか!?」


「おいおい、この馬鹿みてえな笑い声は確か……」


リスのポンタが勇者の肩の上でうんざりした声を上げる。


「おおおお、この声はぁ! あははー、わたし何だかワクワクしてきた!」


ツイテール娘のイブキは脳天気である。


学者風の男カリスは、ふうむ、と意味ありげにうなった。ちなみに、特に意味はない。


「上だ!」


誰の声だったか、全員が上を見る。ちなみにモンスターたちも上を見上げた。


「誰が呼んだか人のため」


「あ、悪を倒せと風のささやき」


「ならば通して見せよう。正義の刃!」


「ひ、人呼んで」


ドン!


『漆黒の旅団』


目元を隠す仮面とマントを身に着けた漆黒の男と、やはり仮面とマントを身に着けた漆黒の女が、マストの上でポーズを決めていた。


「ふ、決まったな」


「わ、私は恥ずかしさで毛穴から変な汁がいっぱい出そうだよお」


「修行が足りないからだ。帰ったら練習だな」


「ひえええ」


ふ。


カノユキは笑う。


カノユキはあっけにとられる聴衆を眼下に、ふてぶてしく言った。


「雑魚どもは引っ込んでいるといい。そいつらはこのカノユッキーの獲物だ」




オオオオオオオオオオオオオォォォォオォォォォォ……。


不穏な空気に満ちる海上。


「し、漆黒の旅団のカノユッキー様……。また私達を助けにきてくださったんですね‼」


「ふ、勘違いするな」


ぶわさ! とカノユキはマントをはためかせた。特に意味はない。


「俺は誰も助けたりはしない」


ふ、と薄く笑い、


「ただ、この俺の領域を荒らしているこの迷惑な亡霊たちを掃除しにきただけだ」


「くっ、漆黒の旅団! あ、あたいたちはってヒイイイイイイイイイイイィィィィ」


近づいてきた骸骨兵にバネッサは飛び上がる。


「黙って見ていろ。これが……」


そう言いながらカノユキはシュババッとマストから飛び降りる。


「あ、あのバカ! いきなり骸骨どもの群れに飛び込む気だ!」


「無茶ですぞ! いくらなんでも、あの人数では、圧殺されてしまう!」


「ち、ちがうわ。見て、カノユッキー様が近づいた途端ッ……!」


ぶしゃーん!


オオオオオオオン……。


ぶしゃーん!


オオオオオオンンンンンン……。


「す、すごい……。死霊たちがどんどん浄化されていってる……」


「お、驚きましたな」


「はい」


勇者はごくりと喉を鳴らす。


「あれが、漆黒の旅団。カノユッキー様のお力なんですね」


ぽーっとした表情でその奇跡のような光景を見やる。


な……。


バネッサはあえぐように、


「なんだってんだい、あんたは! そ、それが漆黒の旅団の力とでも言うのかい‼」


「何を言う」


心外とばかりにカノユキは呆れながら、


「こんなものは俺の力などではない。ただの付録だ」


「なっ!?」


バネッサは驚愕する。


(つ、つまり、こいつが言ってるのは、化物たちを倒すことくらい、赤子の手をひねるようなもんだってことなのかい!?)


「なんてすごい奴なんだい……」


冷や汗を流した。

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