悪の組織、その名はアスクレピオス
坂田から聞き出せることをあらかた聞き出した後、めいとアヤノは彼を牧場の事務所に連れていった。ことの次第を岩倉に話し、道警察が到着するまで身柄を預かってもらうことにした。坂田の腕をむんずとつかんだ岩倉の表情は、ヒグマを狙い撃つときの本山にひけをとらぬほど険しかった。
「人質の救出と、巨大モンスターの討伐。両方やらなくっちゃならないのがつらいところね」
再び牧場を出た二人。アヤノは自分のスポーツカーにもたれながら、タブレットの画面を眺めていた。
めいとしては、比奈の救助を優先したかった。今すぐにでも敵地に踏み込んで、比奈を助け出したい。右腕の完治を待ってから、などと悠長なことは言っていられないのだ。その一方で、あの怪物のことも気にかかる。あれがいつまた牧場を襲ってくるかはわからない。坂田一人の身柄を押さえても、暴れる巨大イトウがどうにかなるわけではないのだから。
めいはスキットルを取り出した。持ち上げたスキットルは軽くて、もう中身が入っていないことがすぐにわかった。さっき飲み干してしまったのだ。
めい自身、飲みすぎだということはよくわかっている。これ以上飲んだら、肝臓への負担がいよいよマズいことになるだろう。けれども戦うにはこれが必要なのだ。持ち歩かないわけにはいかない。
「あー……中身ないや……ちょっと詰めてきていいですか?」
「いいけど……それお酒入れるやつよね?」
アヤノはめいのスキットルを見て、けげんな顔をした。これから戦いになるというときにアルコールを持ち歩くなんて信じられない、というのはよくわかる。めい自身、なぜ酒を飲むと強くなるのか、原理はよくわかっていないのだから。
「はい。飲むとなぜか感覚が研ぎ澄まされて、腕っぷしも強くなるんです。何でそうなるのかはまだわからないんですけど……」
「確かにさっきも飲んでたわね……」
めいは一旦寮の自室に戻り、スキットルの中身を補充した。今回はいつもの安酒ではない。スキットルに詰めたのは北海道に発つ前に撞木堂で買った「純米大吟醸 虎鮫」である。初日に開栓した残りを入れてきたのだ。
この酒は、比奈と飲み交わした思い出の酒だ。比奈を助け出すための戦いには、まさにうってつけだ……そう思って、めいはこの酒をスキットルに詰めたのであった。
「さて、行きましょう」
「はい。お願いします」
めいはアヤノのスポーツカーの助手席に乗り込んだ。そうして車に揺られること一時間半、アヤノは雑木林の
「あそこの建物見て」
「あれですか?」
めいはアヤノが指さす方に視線をやった。そこには川沿いの林をくり抜くように造成された土地があり、フェンスで四角く囲われた庭の真ん中には、コンクリの平屋がぽつんと建っている。
「あれは梅花皮養魚の研究所って名目で建てられているんだけど……坂田が話していた養魚場はここのすぐ近くにある。前から怪しいとは思っていたけど、ほとんどクロね。行きましょう」
言い終わるや否や、アヤノは例の粒ラムネの容器を取り出して、中身を大量に口の中へと流し込んだ。さっき食事を終えたばかりなのに、そんなに糖分を摂取して大丈夫なのだろうか……と思っためいは、自分も尋常じゃない量のアルコールを摂取していることを思い出して、自省の念に駆られた。
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