恐怖のサンドイッチ作戦

 めいはちらと振り返り、柵の外に目をやった。道路の向こう側に、人影が見える。顔は見えないが、背格好からしておそらく男性だ。手にはライフルのような大型の銃を構えていて、こっちに向けている。少なくともアヤノではない。アヤノの裏切りでないのはよかったが……銃口を向けられているのは変わらない。


「まずいっ!」


 足を止めていると、狙われる。めいは走りだそうとした。そのとき――


 ぱぁん!


 鉛色の空の下に、銃声が響き渡った。


 銃声――あの男の銃によるものではない。別の方向から銃声が聞こえてきた。


「こっちはワタシがやる! めいさんは魚の方をお願い!」


 女の叫ぶ声がした。アヤノだ。多分アヤノが男に向けて発砲したのだろう。彼女も警察の職にあるなら、拳銃ぐらいは携行しているはずだ。

 男の注意は、めいから外れた。これで、巨大イトウとの戦いに専念できる。牧場にこれ以上の被害を出す前に、カタをつけなければならない。

 そう思って構えをとっためいに対して、イトウは背を向けた。なんとそのまま、この巨大魚はスタコラサッサと逃げ出したのだ。


「待てぇ!」


 めいは左右に揺れるイトウの尾びれを追った……が、そんなめいの右腕を痛みが襲った。激しく動きすぎて、傷が開いてしまったのか。


「いっつ……でも……」


 これしきの痛みなら、我慢できる。めいは歯を食いしばって、イトウを追跡した。この巨体でよくぞと思えるほど足の速いイトウは、柵を盛大に破壊して、そのまま道路を横断して林の方へ走っていく。めいも後を追ったが、なかなか距離を詰められない。

 そうしてとうとう、イトウは川に飛び込んでしまった。さしものめいも、川を泳いで追いかけるのは無理だ。陸上を動けるといっても、相手は元々水中の生き物だ。陸生哺乳類が追いすがれるはずもない。


「待てぇ!」


 そんなめいの叫びをよそに、イトウは水面から背びれをちょこんと突き出しながら、すいすいと泳ぎ去っていった。

 イトウを見送っためいは、さっき男がいた場所へと走った。するとそこには、男を取り押さえているアヤノがいた。これこそまさしく、刑事ドラマのワンシーンだった。


「クソッ! 離せよ! ポリ公がいるなんて聞いてねぇよ!」

「ライフルなんか持ち出してなぁに言ってるのよ! あっめいさん、こいつがライフル魔です!」


 言いながら、アヤノは男に手錠をかけた。ライフルをもっていた男を取り押さえる辺り、さすがはインターポールだ。


「あんたにあの化け物魚を売ったのは誰? 正直に答えた方がいいわよ」

「……ちっ、ポリ公が……まぁいい、教えてやるよ。どうせあいつらに義理立てするようなこともねぇし」

「もったいぶらずにさっさと!」

「……梅花皮養魚のガルシアって男だよ」

「梅花皮養魚……やっぱり……」


 アヤノに取り押さえられながら、男はぼそりと語った。めいは二人の傍らに立って、両者のやり取りを聞いていた。


 ――やはりこの男も梅花皮ナチュラルフード……もといアスクレピオスと関係がある……?


「この牧場をぶっ潰すためにあのサケのバケモンを買ったんだよ。まだ馬一頭食っただけだけどよ、いずれは全部ぶっ壊してくれるだろうぜ……へへ……」


 この男はどうやら、毛鹿牧場に怨恨があるらしい。牧場を潰すために、あの巨大イトウを買い取ったのだという。


「あれ……?」


 めいは首をひねった。毛鹿牧場がアスクレピオスと取引していることは、さっきアヤノの口から語られた。なのにアスクレピオスはこの男に破壊兵器を売却している。


「マッチポンプってやつ……?」

「あ、どういうことだ格闘女」

「格闘女って何よ」

「お前に決まってるだろうが。ってか、格闘女に金髪ポリ公がくっついてるなんて聞いてねぇ……」


 男はめいに向かって、荒っぽく言い放った。


「あたしを毛鹿牧場に呼んだ連中、そっちにサケの怪物を売った連中と同じなの。これってマッチポンプなんじゃないかって思って」

「そういやあの野郎、取引がどうとか言ってやがったな……やっぱりそういうことかよ許せねぇ……」


 やや間をおいて、男は続けた。


「本当は格闘女じゃなくて、ここの社長を撃つつもりだったんだ。でも社長がここに来る前にサケのバケモンが勝手に牧場に突っ込んじまったし、バケモンと格闘女が戦い始めたもんだから、バケモンが殴り殺されねぇように支援射撃しようと思ったんだ」

「坂田健治。三十歳。北海道釧路市在住。ゴールド免許なのね」

「あっポリ公! いつの間に俺の免許証を!」


 アヤノはいつの間にやら男の免許証を取り上げていた。荒っぽい感じの割にゴールド免許なのか、と、めいは意外に思った。

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