馬刺しと海鮮、今夜はどっちだ!?
「わかったわ。あなたの力になってあげる。ことが終わったらお茶しに行こうね」
「あのー……ひなちゃん加えて三人でもいいですか? あっ、ひなちゃんってのはその捕まってる友達のことです」
「うーん……あなたがそう言うなら仕方ないわね」
アヤノが少しつまらなさそうにしてスポーツカーにもたれかかった、そのときのことだった。めいの視界に、異様な存在がちらついた。異様な存在とはいっても、めいには見覚えのあるものだ。
「あっ、あいつ!」
馬を食ったあの巨大イトウが、胸びれと尻びれの位置から生えた脚を使って道路を横切り、今まさに放牧地に侵入しようとしていた。重たそうな体をしている割に、意外と足は速い。
「あれ……アスクレピオスの生物兵器ね。間違いないわ」
「あたし、やっつけてきます!」
めいはいつものようにスキットルの中身をあおった。アルコールが体内に取り込まれ、めいの全身に力がみなぎってくる。
戦闘モードになっためいが駆けだしたとき、すでにイトウは体当たりで柵をぶっ壊していた。粘液に覆われたヌメヌメの体が、放牧地に侵入している。巨大魚が四つ足で
「待てぇ! サーモン炙りトロォ!」
草地の上を我が物顔で走破する巨大魚に向かって、めいは全速力で接近した。柵の破れ目を通り抜け、背後から距離を詰めた。
足音によって気づいたか、巨大魚はくるりと振り向いた。無感動なまん丸の目が、
「北海道の海鮮もらいっ! 酔滅フィッシャーパンチ!」
めいは走りながら左腕にうなりをつけて、巨大魚の顔面に殴りかかった。だがこの巨大魚は、軽快に横跳びをして拳をかわしてしまった。見かけによらず、身のこなしが軽いやつだ。
「くっ……すばしっこいヤツ! でも馬刺しを食おうったってそうはさせない!」
めいは左手で右腕を押さえながら、悔しげに奥歯を噛みしめた。彼女にとって歯がゆかったのは、クビオリに右腕を負傷させられたことだ。痛みは引いてきているが、右腕で思い切りぶん殴るようなことをすれば傷口が開きかねない。
巨大イトウは距離を保ちながら、じっとめいを見つめている。しばしの間、両者はじりじりと睨み合った。
……そんな膠着した状況を、ひとつの銃声が破った。
「えっ! 銃!?」
足元の地面が跳ねた。明らかに、めいを狙って撃ったものだ。
そして……めいの動揺をつけ込む隙と見たのか、巨大イトウが突進を仕掛けてきた。
ギリギリまで引きつけたところでめいは地面を蹴り、左側に駆け出して突進を回避した。
「海鮮丼どころか、こっちがサンドイッチにされる!」
単調な突進をかわすことぐらい、めいにはお茶の子さいさいであった。しかし背後からの銃撃を気にしながら目の前の巨大魚と戦うのは、骨が折れるどころではない。古来、挟み撃ちというのはもっとも避けねばならない状況であり、この形を作られてしまえば敗北は必至だ。
銃を撃ったのは誰であろうか。脚を負傷し、太ましいニンジャたちに連れ去られた寺島が昨日の今日でまた出張ってきたとは考えづらい。となれば寺島を送り込んだ黒幕が、別の刺客を送り込んできたのか。
もしやアヤノがその刺客で、言葉巧みに取り入って油断を誘い、この機会をうかがっていたのではないだろうか。
突進をかわされたイトウは、芝生の地面に足を交互に叩きつけている。魚の感情などめいにはわからないが、何だか怒っているように見えた。案外こいつは気が短いのだろうか。バンバンと地面を踏み鳴らしながら、めいに向かって大口を開けて見せている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます