古田さん大暴れ!
「アヤノさん! 逃げて! すぐに!」
「えっ!? 何!? 何!? 状況が呑み込めないんだけど……」
「逃げないと殺される!」
めいは叫んだが、古田はアヤノのすぐ目の前に迫っていた。古田の太い右腕が振り上げられたそのとき、めいの足が自然と動いた。
古田の拳が、ハンマーのように振り下ろされる。めいはすんでのところで二人の間に割って入り、左腕で拳を受け止めた。
「いっ……重いっ!」
痺れにも似た痛みが、めいの左腕を襲った。凄まじく重たい一撃だ。ほとんど人間離れしたパワーだといってよい。こんな剛腕でボコボコにやられたJRAのお偉方は、さぞ悲惨な目に遭ったのだろう。恐ろしい限りだ。
「ここはあたしが防ぐから……アヤノさんは外に出て!」
めいの言葉に、アヤノは無言でうなずいた。アヤノを見送っためいは、険しい表情で古田と向かい合った。目の前には、まるで大木の幹がそのまま動き出したような中年女がいる。
強烈な威圧感を放つ古田であったが、めいは怯まなかった。今まで数多くの強敵と戦ってきたことが、めいの自信につながっていた。
「うがぁぁぁっ!」
古田は吠えながら、再びごん太な右腕で殴りかかってきた。めいはすかさずしゃがみ込み、その重量級パンチを回避した。空振った拳が叩いたのは……めいの背後の壁だ。
「いでぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
古田は自らの右拳を左手で庇いながら、建物全体を震わせるような咆哮を発した。痛がっている今がチャンスだ、とばかりに、めいはそそくさと逃げ出した。全力で戦えば勝てたかもしれないが、目的は古田を返り討ちにしてボコボコにすることではない。あくまで禁じられたお残しをしてしまったアヤノを逃がすことだ。その目的は達成されたのだから、これ以上の戦闘は無用である。
古田は食堂の外にまでは追ってこなかった。めいは玄関で靴に履き替えて外に出た。アヤノは寮のすぐ出口に待ち受けていた。
「お、お待たせ。ほんとビビった……」
「だ、大丈夫だった? めいさん」
「まぁ何とかね……」
「毛鹿牧場については調べてあるし、あの食堂のおばちゃんが前科者なのも知っていたけど……どうやらワタシのリサーチが不足していたようね……」
アヤノは腕を組みながら、悔しげに語った。
「さて、外に出ましょう」
そう言って、アヤノは門の方へと歩き出した。めいは従順にその後についていった。
「この辺でいいわね。ちょっと中じゃ話しづらいことだから……」
門から少し離れた場所で、アヤノは話し始めた。近くに停まっている銀色のスポーツカーは、彼女のものだ。
わざわざ牧場の敷地を出たということは……きっとアヤノは牧場を怪しんでいるのだろう。
「やっぱり……毛鹿牧場は怪しいんですか?」
「そうね……牧場の東雲社長はともかく……その取引相手がクロなのよね」
「取引相手?」
「梅花皮ナチュラルフード。表向きは健康食品会社ね。その社長が馬主業をやってて、こちらの馬を買い取っているのだけれど……」
それは先ほどめいが調べたことだ。やはりあのつながりはアスクレピオス絡みなのか。
「この健康食品会社、アスクレピオスのフロント企業ね。奴らは裏で非合法な実験も行っているから……おそらくこの企業も」
「非合法な実験……ダンクルオステウスとかサイボーグのサメもそうやって生み出されたってこと?」
「まぁ……そういうことね」
聞きながら、めいは眼球だけを動かして天を仰ぎ見た。頭上には雲が集まってきていて、何だか一雨来そうな雰囲気だ。
アヤノは毛鹿牧場について調べていながら、古田に関してはリサーチできていなかった。そんな彼女の言葉をどこまで鵜呑みにしていいものかは判断しかねる。が、手がかりを握っていそうな人物がアヤノ一人しかいない以上、疑ってかかったところでどうしようもない。
「それで……この研究所、梅花皮ナチュラルフードの子会社の
アヤノはショルダーバッグから取り出したタブレットに地図を表示して、画面真ん中辺りにある研究所を指さした。周りに何もなさすぎて、この研究所がどこに建っているのかめいにはちっともわからない。
「道警とは情報共有してるんだけど、どうも警察は腰が重くて……ちっとも梅花皮に触れたがらないの。何だかそこもクサいのよね。警察が遠慮しなきゃいけない相手っていうのが」
「……あたしをそこに連れて行って」
「えっ……でも警察関係者以外を巻き込むのは……」
「あたしの友達がそこで捕まってるかもしれないの。早く助けなきゃ」
今、友は危険な組織の手元に置かれている。一日、いや一秒でも早く助け出したい。それが、めいの切迫した思いである。
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