晩酌……晩シャーク

 その日の夜、めいはスーパーで購入した地酒「坂田酒造 じゃがいも焼酎 藤鯨ふじくじら」をあけていた。クビオリとの戦いでスキットルの中身を全部飲み干しためいだったが、どうしても北海道の酒が気になって、先日購入したものを一口だけ飲むことにしたのだ。


「ああ~しみるぅ~~」


 普段口にすることのないじゃがいも焼酎は、何とも独特な味わいだった。独特だが、嫌いじゃない。むしろハマってしまいそうな味だった。ツマミとして食べたビーフジャーキーが、いつもよりおいしく感じる。


「……ひなちゃん……」


 比奈がいない寂しさが、めいの頭上に降りかかってきた。途端にめいのいる独身寮二〇二号室が、がらんとした空間に感じられた。寂しさと同時に、焦りがめいの胸の内をざわめかせた。

 早く比奈を助け出さないと、取り返しのつかないことになってしまうかもしれない。なのに、何をすればいいのかわからない。誰かが事件に巻き込まれたとき、その身内がテレビ局の取材を受けていたりするが、彼らの心境とはこういうものなのか……ということを、めいは身にしみて感じていた。


 酔いが回り、テーブルにへばりついていためいは、スマホの着信音が鳴っているのに気づいた。スマホを見ると、昼間に連絡先を交換したばかりのアヤノからメールが来ていた。


「明日また話しましょう。それではおやすみなさい」


 ということは、明日もまた来るのだろうか。怪しさ満天の人物だが、現状を考えるとありがたかった。


 翌朝、めいが目を覚ましたのは午前十一時を少し回ったときのことだった。クビオリとの戦いで溜まった疲れはすっきりとれた。


「あー……朝食……」


 朝食を食べそびれたのは、これで二回目だ。もう十一時はすぎているから、食堂では昼食を提供している頃合いだろう。

 右腕はまだ痛むが、前日と比べると大分よくなっていた。傷口を直視していたわけではないので、どのくらいザックリやられたのかはわからない。だが少なくとも生半可な怪我ではなかったはずだ。それを思うと、たった一日でここまでよくなったのは喜ばしいことだった。

 とはいえ、調子に乗って右腕を酷使するのもよくないだろう。めいは左腕で、外に出る準備を始めた。服を脱ぎ着するのは面倒だが、それ以外は割とどうにでもなる。


 すきっ腹を抱えためいは、足早に二〇二号室を出て食堂へと向かった。今日の昼食は何だっただろうか。昨日メニュー表をチェックした気がするが、覚えていない。


 食堂はすでにスタッフたちで賑わっていた。めいは一番廊下側で厨房に近い席に、周囲から明らかに浮いているスーツ姿の金髪女が座っているのを見た。


「……アヤノさん?」

「あ、酒呑坂めいさんおはよー。ていうか、下の名前で呼んでいい?」


 金髪女、アヤノ・ドロイは馴れ馴れしく手を振って挨拶してきた。全く緊張感のないその様子を見ていると、やはり国際刑事警察機構の対アスクレピオス課なる部署が心配になる。


「お、おはようございます」

「ここの料理ほんとおいしいわねー。今まで仕事で色んなところに行ったけど……ここの照り焼きチキン定食本当においしいわ。うん」


 アヤノは箸でご飯と一緒にチキンを口に入れた。心の底から、食事を楽しんでいる様子だ。

 めいはアヤノの隣にトレーを持ってきて、一緒に食事をとった。


「これ以上はここで話せないから、外で話しましょう。先に外出てるから、待ってるわね」


 先に食事を終えたアヤノは、トレーを持ち上げて食器返却口へと向かった。みそ汁を飲み干し、アヤノに少し遅れて食事を終えためいは……とんでもないことに気づいた。


「あっ、アヤノさん漬物残ってる! 待って!」


 めいは叫んだ……が、遅かった。すでにアヤノはトレーを食器返却口に置いてしまっていた。まずい。残飯はだめだ。


「え? なになに? ワタシ何かまずいことでも?」

「ここの食堂ではお残し厳禁なんです! 残したら古田さんが……」


 言いかけたところで、めいは見てしまった。肩をいからせた古田が、遠目からでもわかるほど怒気を発してアヤノを睨みつけているのを……

 

「お残しするやつは……どぉこのどぉいつだぁぁぁぁぁぁぁ!」


 古田は食堂全体を振動させるような声で怒声を発した。食事をしていたスタッフたちが、一斉にビクッと肩を震わせたのは言うまでもない。全身から凄まじい怒りのオーラを発しながら、古田はずんずん歩いて厨房から出てきた。

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