恐るべき地底のUMA
さて、そのころめいは何をしていたかといえば、スマホで映画を見ていた。凶暴なワニが人を襲って食らう映画だ。「これは絶対面白いから見て!」と、比奈が鼻息荒げてごり押ししてきた映画である。
「うわ~……怖……怖すぎて
めいは肩をこわばらせて、ワニが人体を噛み砕くさまを眺めていた。
そういえば……ワニではないが、以前めいもサメやホッキョクグマ、ダンクルオステウスなどの猛獣と戦ったことがある。彼女は奇跡的にこれらの動物を退けてきたものの、彼らの攻撃を一発でももらっていたら、そのままあの世に送られていた。そう思うと、画面の中で繰り広げられているワニの捕食が、他人事とは思えなかった。
画面の中でワニが人の脚を食いちぎったそのとき、ベランダの方から妙な物音がした。
「ん……?」
気になってベランダに出ためいは、妙なものを発見した。室外機に矢が刺さっているのだ。しかも二股に分かれた
「矢文? こんなご時世に……?」
首をかしげつつ、めいは結びつけられていた矢文を
「次の日曜日の午前十時、褄黒が丘公園の高校生女子流鏑馬大会をデスワームが襲撃する」
これを読んだめいは、はっと息を飲んだ。
「
めいは顔を上げ、緑地公園を眺め下ろした。木々の間から、何かが動くのが見えた。矢を射込んだ者かもしれない。
「せぇいっ!」
めいはベランダの手すりをつかみ、そのまま外へ飛び降りた。建物の二階から飛び降りたのはこれが初めてだったが、不思議と恐怖心は湧かなかった。
着地時の衝撃が膝を襲ったが、立ち止まってはいられない。そのまま道路を横断し、向かいの緑地公園に突入した。
「どこ……?」
四方を見渡してみたが、誰もいない。確かに何かが動いたのだが、もう遠くまで逃げてしまったか。矢を射た者は相当逃げ足が速いのだろう。
諦めて帰ろうとしたそのとき、急に地面がずしん、と揺れた。
「えっ、何?」
すわ地震か? と思ったが、道路側にある電柱や電線は揺れていない。雑木林の地面だけが、何者かに持ち上げられたかのように揺れている。
戸惑うめい。そのすぐ前の地面が、下から持ち上げられるように大きく盛り上がった。何かが、下から出てくる。おそらく相当大きなものが……
土を跳ね飛ばし、地中から飛び出したもの。それはミミズかゴカイを巨大にしたような、ヒモ状の生物であった。頭部にある大きな環状の口の中には、鋭い牙がずらりと並んでいる。体の後方は土に埋まっていて正確な長さはわからないが、地上に出ている部分だけでも見上げるような大きさだ。
――これが、デスワームなる生き物なのか。
ぎゅおおおおお……
ヒモ状の怪物は不気味な咆哮を発すると、特に何をするでもなく地面に引っ込んでいった。咆哮を聞いためいは、足がすくんでしばらくその場を動けなかった。
「何……あれ……」
胸の高鳴りが、抑えられなかった。ホッキョクグマやダンクルオステウスと対峙したとき以上の恐怖が、めいの心を覆ってしまった。恐怖を紛らわそうと、懐からスキットルを取り出そうとした……が、急に外に飛び出したせいで、スキットルを持ってくるのを忘れていた。
「……まずい!」
めいは駆け足で自宅に戻った。鍵を手に握っていたのは幸運だった。なければ玄関から家に入れず、二階のベランダまでよじ登るという泥棒のようなマネをしなければならなかった。
自分の部屋に駆け込んだめいは、すぐに比奈へと電話をかけた。
「もしもしひなちゃん」
「めいちゃん? おはよー」
「突然だけど、今週日曜日って確か
「そうだよ。うちの従妹が出る大会。もしかして都合悪くなった?」
「その流鏑馬大会中止にできない!?」
「え、一体何?」
「デスワームとかいう化け物が出る!」
あの化け物が会場を襲撃したらたいへんなことになる。めいは切迫した声で訴えた。
「中止に?」
「ば、化け物が会場に出てきて……その……たくさんの人が危険な目に」
「そう言われても……私には何もできないし……」
言われて、めいは「しまった」と思った。こんなことを伝えたとして、比奈を困らせるだけだ。仮に信じてくれたとして、一体何ができるのだろう。大会は明後日であり、中止など思いもよらないことだ。
結局、めいは「ごめんね」とだけ伝えて通話を切った。この前は招待状を怪しむ比奈を無視してパーティ会場に行った挙句、あの凶暴な怪物女と戦う羽目になったことを思い出した。まさか今度は自分が止めようとする側になろうとは……
――かくなる上は、自分一人であれと戦うしかない。
単純明快な答えだった。会場に行って、怪物を倒す。そうすれば、会場に集まる人々は守られるのだから。
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