騎射娘 ブレイブアーチャーズ

 それから二日後、鉛色の空の下、褄黒つまぐろが丘公園にて流鏑馬大会は開催された。狩装束姿のうら若き女子高生たちが、鞍上あんじょうで手綱を握りながら入退場口を通って会場入りした。


「見て見てめいちゃん、あれがうちの従妹だよ。新堀にいぼり月菜るなっていう子」


 比奈の指さす先には、深草色の狩装束をまとった少女がいた。鹿毛かげの馬に跨り和弓を携えるさまは、まさに大和撫子やまとなでしこそのものである。彼女、新堀月菜は騎射競技部の副主将を務めているらしい。


「え、ああ……」


 比奈の隣で、めいは張り詰めた表情をしていた。あの矢文がただのホラだとは思えない。実際にデスワームと思しき怪物をその目で見てしまったのだから。


「ねぇ、めいちゃんその矢文本当なの……?」

「うん、あたし持ってきた……コレ……」


 比奈はどうやら、信じてはくれていないらしい。めいは財布の中にしのばせていたあの矢文を取り出し、開いてみせた。


「それ何も書いてないよ?」

「え……ウソ……ホントだ……」

「もしかしてめいちゃんあのとき酔っぱらってたんじゃあ……?」


 めいは何度も矢文の裏と表を確認したが、比奈の指摘通り何も書かれていない。もしかして、時間の経過で消えてしまうインクが使われていたのか。


「ひ、卑怯なっ……秘境出身者よりも卑怯っ……!」


 見事にハメられてしまった。矢文を射込んできた者は、相当性格が悪いと見える。めいは悔しげに奥歯をぎりぎり噛みしめた。

 ここまでする相手は一体何者なのか。あの怪物ワームの正体は何なのか。わからないことだらけだ。わかるのは、非常に厄介な相手を敵に回していることだけだ。


 ――だけど、やるしかない!


 できれば被害が出る前に、あの怪物をボコボコに叩きのめして始末するべきだ。けれども敵が姿を見せない以上、先手を打つのは不可能である。後手に回らざるをえないのは、何とも歯がゆい。


 比奈の従妹新堀月菜の属する箕浦みほ高校と、その対戦相手である立灯りっとう女学院の選手の試合が始まった。立灯側の第一射手しゃしゅ小栗おぐり荷風かふうがスタートラインまで馬を歩ませた。

 周囲が固唾をのんで見守る中、小栗は両脚で馬の太腹をしっかり締めながら、自らの跨る葦毛あしげ馬を駆けさせた。流鏑馬競技に使われる馬は競走馬を引退したサラブレッドである。小栗の駆る葦毛馬は砂塵を蹴立て、疾風のような襲歩を見せた。

 小栗は風を切りながら矢をつがえ、的とのすれ違いざまに右手を放した。放たれた矢は的の中心からやや右辺りを射抜いた。見事なお手前だ。

 その先には、さらにもう一つ的がある。今度は中央やや左を射抜き、そのまま走り抜けていった。


「す、すごい……」


 比奈は素直に感心していた。その隣で、めいは懐からスキットルを取り出し、中身をゴクゴクあおっていた。恐怖心を紛らすためであり、戦いに備えるためでもある。


 小栗の次は、箕浦高校の第一射手、禅野ぜんのエルがスタートラインに歩みを進めた。彼女の跨る青鹿毛の馬は、どこか落ち着きなくそわそわしており、しきりにステップを踏んでその場をぐるぐる回っている。


「あっ……ちょっと!」


 禅野は声をうわずらせて叫んだ。彼女の馬が、急に馬場とは反対の方向へ駆け出したのだ。

 会場全体がざわめき出した、まさにそのとき。


 土が跳ね跳んだ。さっきまで禅野の馬が立っていた場所だ。そこから、ヒモ状の巨大生物が飛び出してきた。


 観客も、選手も、運営も、誰もが一斉に騒ぎ出したのは言うまでもない。見たこともない巨大生物が、何の前触れもなく地中から姿を現したのだから無理もない。

 禅野の馬が急に走り出したのも、おそらくこのサプライズUMAのせいだ。ひづめで地面の振動を察知し、自分と乗り手を守るために逃走したのだろう。そうとしか考えられない。


 ヒモ状生物……デスワームは、馬を追うのは不可能と判断したのか、傍にいたスタッフの男性に頭上から覆いかぶさるように襲いかかり、その頭を食いちぎった。


「うわぁ!食ったぞ!」

「人食いの化け物だ!」


 衆目の前で繰り広げられた惨劇、それがどれほど人々を恐怖させたかは想像に難くない。競技者たちの晴れ舞台は、一瞬のうちに狂騒のるつぼへと落とされた。

 頭を食いちぎったデスワームは、そのまま地面に引っ込んだ。そして今度は、観客席のど真ん中に飛び出した。


「ぎゃあっ!」


 客席にいた中年女性が、下から右脚に噛みつかれた。デスワームはそのままぐるんぐるんと女の体をぶん回した。そうしているうちに脚はちぎれ、女は遠心力で会場運営本部まで飛ばされ、天幕を押しつぶした。ワームはふくらはぎから下を手土産に、地中へと潜っていった。

 天幕を押しつぶした女は、起き上がってこなかった。恐らく頭を打って気を失ったのだろう。食いちぎられた部分がただれていることから、あのワームの牙には毒があるのかもしれない。


「に、逃げろ!」

「化け物ぉ!」


 人々が我先にと逃げ出したのも無理はない。そんな中、一人戦う意志を決めた女がいた。


 その女こそ、酒呑坂めいである。


「これ以上……化け物の好きにはさせない!」


 酒が回ってほんのり頬を染めためいは、跳ねるように席を立ち、威風堂々仁王立ちをした。

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