騎射娘 ブレイブアーチャーズ
それから二日後、鉛色の空の下、
「見て見てめいちゃん、あれがうちの従妹だよ。
比奈の指さす先には、深草色の狩装束をまとった少女がいた。
「え、ああ……」
比奈の隣で、めいは張り詰めた表情をしていた。あの矢文がただのホラだとは思えない。実際にデスワームと思しき怪物をその目で見てしまったのだから。
「ねぇ、めいちゃんその矢文本当なの……?」
「うん、あたし持ってきた……コレ……」
比奈はどうやら、信じてはくれていないらしい。めいは財布の中にしのばせていたあの矢文を取り出し、開いてみせた。
「それ何も書いてないよ?」
「え……ウソ……ホントだ……」
「もしかしてめいちゃんあのとき酔っぱらってたんじゃあ……?」
めいは何度も矢文の裏と表を確認したが、比奈の指摘通り何も書かれていない。もしかして、時間の経過で消えてしまうインクが使われていたのか。
「ひ、卑怯なっ……秘境出身者よりも卑怯っ……!」
見事にハメられてしまった。矢文を射込んできた者は、相当性格が悪いと見える。めいは悔しげに奥歯をぎりぎり噛みしめた。
ここまでする相手は一体何者なのか。あの怪物ワームの正体は何なのか。わからないことだらけだ。わかるのは、非常に厄介な相手を敵に回していることだけだ。
――だけど、やるしかない!
できれば被害が出る前に、あの怪物をボコボコに叩きのめして始末するべきだ。けれども敵が姿を見せない以上、先手を打つのは不可能である。後手に回らざるをえないのは、何とも歯がゆい。
比奈の従妹新堀月菜の属する
周囲が固唾をのんで見守る中、小栗は両脚で馬の太腹をしっかり締めながら、自らの跨る
小栗は風を切りながら矢をつがえ、的とのすれ違いざまに右手を放した。放たれた矢は的の中心からやや右辺りを射抜いた。見事なお手前だ。
その先には、さらにもう一つ的がある。今度は中央やや左を射抜き、そのまま走り抜けていった。
「す、すごい……」
比奈は素直に感心していた。その隣で、めいは懐からスキットルを取り出し、中身をゴクゴクあおっていた。恐怖心を紛らすためであり、戦いに備えるためでもある。
小栗の次は、箕浦高校の第一射手、
「あっ……ちょっと!」
禅野は声をうわずらせて叫んだ。彼女の馬が、急に馬場とは反対の方向へ駆け出したのだ。
会場全体がざわめき出した、まさにそのとき。
土が跳ね跳んだ。さっきまで禅野の馬が立っていた場所だ。そこから、ヒモ状の巨大生物が飛び出してきた。
観客も、選手も、運営も、誰もが一斉に騒ぎ出したのは言うまでもない。見たこともない巨大生物が、何の前触れもなく地中から姿を現したのだから無理もない。
禅野の馬が急に走り出したのも、おそらくこのサプライズUMAのせいだ。
ヒモ状生物……デスワームは、馬を追うのは不可能と判断したのか、傍にいたスタッフの男性に頭上から覆いかぶさるように襲いかかり、その頭を食いちぎった。
「うわぁ!食ったぞ!」
「人食いの化け物だ!」
衆目の前で繰り広げられた惨劇、それがどれほど人々を恐怖させたかは想像に難くない。競技者たちの晴れ舞台は、一瞬のうちに狂騒のるつぼへと落とされた。
頭を食いちぎったデスワームは、そのまま地面に引っ込んだ。そして今度は、観客席のど真ん中に飛び出した。
「ぎゃあっ!」
客席にいた中年女性が、下から右脚に噛みつかれた。デスワームはそのままぐるんぐるんと女の体をぶん回した。そうしているうちに脚はちぎれ、女は遠心力で会場運営本部まで飛ばされ、天幕を押しつぶした。ワームはふくらはぎから下を手土産に、地中へと潜っていった。
天幕を押しつぶした女は、起き上がってこなかった。恐らく頭を打って気を失ったのだろう。食いちぎられた部分がただれていることから、あのワームの牙には毒があるのかもしれない。
「に、逃げろ!」
「化け物ぉ!」
人々が我先にと逃げ出したのも無理はない。そんな中、一人戦う意志を決めた女がいた。
その女こそ、酒呑坂めいである。
「これ以上……化け物の好きにはさせない!」
酒が回ってほんのり頬を染めためいは、跳ねるように席を立ち、威風堂々仁王立ちをした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます