魔の北海道五十三次

 めいが釧路に降り立った、ちょうどその頃である。


「なかなか面白ェよな。酒飲みさんをに送り込んでヒグマと戦わせるってェのは」

「友を失い精神的に追い込まれた上での戦い……見モノですね」


 鱶川家の別邸。その寝室で、ちひろは床に座りながらネムリと通話していた。この寝室には先ほどまで泊めていた女の残り香がかすかに漂っている。この邸宅はちひろがほぼ私物化しており、彼女が女を連れ込むための場所と化している。


「その……何だっけか……地獄のナントカ部隊ってのはもう釧路に送ったのか?」

「はい。地獄のコマンダーニンジャ部隊第三小隊と第四小隊がすでに人質を護送して釧路に入っています。彼らは酒呑坂めいターゲットが釧路に到着したこともつかみました」

「なるほど。で、そいつらで大丈夫なのか?この間送り込んだニンジャは一発もらったと聞いたがよ」


 ちひろの従弟、鱶川ネムリは諜報や暗殺を主任務とする「地獄のコマンダーニンジャ部隊」の司令官を務めている。中性的な優男といった風貌に反して、鱶川家きっての武闘派として知られる男だ。

 八割島でネムリの送り込んだニンジャ「疾風はやての梶谷」が酒呑坂めいと交戦した件について、ちひろは把握していた。ニンジャといってもしょせんは人間であり、デスワームやメカ・クロヘリメジロザメを退けためいが相手では力不足ではないか、と思っている。


「梶谷は不覚をとりましたが、同時に第五小隊、別名グリズリー小隊を刺客として派遣しています。グリズリー小隊の隊長“下っ腹の佐藤”……彼はコマンダーニンジャ部隊最強の戦士です。そう簡単に負けはしません」

「またそれか……お前が最強の戦士って呼んだのこれで五人目だぞ。何が最強だよ」

「ふふ……人間、日々成長するものですから。男子三日会わざれば刮目して見よ。これは孫呉の呂蒙りょもうの言葉ですが、昔の人はよい言葉を残したものです」


 ネムリのいつもの癖だ。電話の向こうでしたり顔をしながら格言を言うネムリの姿を、ちひろは頭の中に思い浮かべた。


「それから……以前より釧路に張っていたニンジャ部隊からの報告なのですが、釧路支部の連中が怪しい動きをしているそうです」

「あいつらが? まぁ釧路支部は半分独立してるようなモンだからな。正直言って、予想外ってほどでもねェな」

「さて、どうしましょう。いざとなればニンジャ部隊を動かせますが」

「まぁ連中も連中だからな……念には念を入れて、ヤキ入れにいく必要があるかもな」

「ええ、そうでしょうね。こちらも同感です」

「また何かあったら情報共有頼む」

「お任せを。それでは失礼」


 通話を終えたちひろは、片膝を立てながら壁にもたれかかった。


「ははっ、面白くなってきたな」


 ちひろは部屋でただ一人、楽しげに笑った。あの女……酒呑坂めいがどこまでやれるのか。大事な友を人質にとられ、不慣れな北の大地にいざなわれ、毛鹿牧場とアスクレピオス、そして釧路支部の陰謀に巻き込まれた彼女の行く末は如何なるものか……考えただけでぞくぞくしてくる。笑わずにはいられなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る