青く美しきサメ

 ひとしきり大水槽のサメたちを堪能した後、二人は円柱型の水槽の前に来た。そこではマイワシの群れに交じって、三匹の奇妙な魚が泳いでいた。横から押しつぶしたような平たい体に、半開きの口、虚ろな目。この生き物はマンボウである。


「確かこの水槽だったかなヨシキリザメ……どこだろ……」

「わーマンボウだ初めて見た。マンボウって確かすっごく弱いんだよね。太陽の光に当たって死ぬとか、あと……」

「めいちゃん、実はそれほとんど誤解とか誇張なんだよ。消化不良起こしやすいから人の手で飼うのが難しいってのは本当なんだけどねー」

「そうなんだ……ってかひなちゃんそういうことすごい知ってるよね」

「まぁ興味ある分野だからね」


 めいは漫然とマンボウを眺めていた。マンボウの泳ぎはほとんど静止しているのと変わらないぐらいゆっくりだ。餌をとるときなんかはどうするんだろうか……なんて考えていためいの目の前を、小さな魚が横切った。マンボウとアクリル面の間を通り抜けたその魚は、マイワシと明らかに違う。


「これこれ! これだヨシキリザメ!」


 その魚を、比奈が興奮気味に指さした。どうやらこの魚が例のヨシキリザメらしい。隣から聞こえる比奈の鼻息は、これ以上ないほど荒くなっている。

 流線型の体を必死に振りながら泳ぐヨシキリザメ。まだ幼魚だからか、あんまりパワーがなさそうな泳ぎ方だ。


「うわああああ可愛い……目がくりっとしてて……やっぱり体も青いんだね……英語でブルーシャークって呼ばれてるのもわかるよ……」

「まだ小さいんだね……大きくなったらどのくらい?」

「大人は最大四メートル行くんだって。そこまで成長することはなかなかないだろうけど、大きいサメには間違いないかな」

「へぇ~……っていうか相変わらずひなちゃん詳しいね」

「まぁね。好きだから……」


 比奈の解説を聞いためいは、再び水槽に視線を移した。ヨシキリザメの背は、目が覚めるようなインディゴブルーをしている。およそ自然界で表現される中で一番美しいのではないかと思えるぐらいに、鮮やかな藍色だった。比奈が興奮するのも、今ならよくわかる。それほどまでに美しく、そして可愛らしいサメだった。


 めいと比奈が水族館を後にしたのは、正午過ぎのことであった。


「いやー最高だったね水族館」

「うん。魚詳しくないけど……すごかった……」

「また来たいね。あのヨシキリザメ、育ってくれるかなぁ……飼うの難しいらしいけど、立派に育ってほしいな……」


 言いながら、比奈はバッグから取り出したペットボトルで喉を潤した。


「北海道行ってもさ、元気でね。めいちゃん」

「うん。気軽に宅飲みとかはできなくなっちゃうけど、たまには会おうね」


 言い終わって、めいは自分の声が震えているらしいことに気づいた。比奈は昨日から寂しがっていたが、寂しいのはお互い様だ。めいは目尻が熱くなるのを感じた。


 ……そんな、友の間に流れる感傷を吹き飛ばしたのは、駅構内から聞こえてきた爆発音であった。

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