爆煙の戦士
「……へ? また爆発!?」
しばらくの間、めいの口はポカンと開いたまま塞がらなかった。そんな彼女の意識を現実に引き戻したのは、わめき声を発しながら走って改札から出てきた人々であった。
「来るっ! 空飛ぶサイボーグのサメが!」
「めいちゃんそれ何!? 新しいサメ映画!?」
「違うよリアルだよ!」
このときめいの脳裏にあったのは、ビルの三階を爆発させ、その窓から出てきたサイボーグシャークであった。あの恐るべき敵が、またやってきたというのか。めいはほとんど反射的に、バッグからスキットルを取り出した。
……しかし、現れた敵はめいの予想と違っていた。
「え、ニンジャ!? 何でニンジャ!?」
駅舎の屋根に立つ一つの人影……それはどう見ても、ニンジャだった。全身黒づくめのニンジャが、駅構内から立ち上る煙を背景に、じっとこちらを見下ろしている。サプライズニンジャの襲来だ!
「ひなちゃんはあたしが守る……下がってて」
「うん……気をつけて」
めいが中身を一気にあおったのと、ニンジャが黒鉄色の物体を投げたのは、ほぼ同時であった。
「わっ! しゅ、手裏剣!?」
「ひなちゃん!」
めいの右側を抜けて、比奈の足元に突き刺さったそれは、十字型の手裏剣だった。危うく、比奈がニンジャの犠牲になるところだった。
当然、めいにとっては見過ごせないことである。
「絶対……許せない!」
拳を握り、怒りを露わにするめい。そんな彼女をあざ笑うかのように、ニンジャは軽い身のこなしでジャンプした。一回くるりと宙返りを決めたニンジャは、そのまま駅舎のすぐ前に着地した。格好に違わぬ運動能力だ。
「
接近戦なら自信がある。めいはダッと踏み込み、ニンジャとの距離を詰めた。拳が振るわれ、ニンジャの頬を打ち据え……なかった。
「ぬっ!」
めいの拳は空振りに終わった。ニンジャは目の前からいなくなっていたのだ。
「めいちゃん後ろ!」
比奈の声だ。その通り、背後から気配がする。振り向くと、今まさにニンジャが抜き身の脇差を振り下ろしているところだった。
「酔滅
めいの反応も早かった。冷たく光る刃を、両掌で挟んで受け止めた。真剣白刃取りだ。荒事に慣れてきたこともあって、反応速度や敏捷性では負けていない。
ニンジャはすぐに刀から手を離して後ろに飛んだ。こういう損切りの速さはさすが忍びの者といった感じだ。
刀を捨てためいは拳を握り、一直線にニンジャへと向かった。こいつはこちらに対する明確な敵意をもっている。逃がすわけにはいかない。
拳を振るったが、避けられた。続けて拳を振るうも、やはり当たらない。すんでのところで回避されてしまう。まるで布切れにパンチを打ち込んでいるような気分にさせられる。
めいは以前に対人戦の経験がある。偽のロマネ・ルカンを配っていたパーティを襲撃した
「くっ……手ごわい!」
めいとニンジャ。両者の間は三歩分。踏み込んで殴りかかっても、またかわされてしまうだろう。
――何か……何か攻め手はないのか。
拳を握りながらも、次の攻撃に移れずにいた。そうしていると、「お前が来ないなら、こちらから行くぞ」と言わんばかりに、ニンジャは懐から丸いものを取り出した。掌サイズの球に、紐のようなものがついている。ニンジャは紐の先端に、ガスライターで火をつけた。
――爆弾だ!
さっきの駅で爆発騒ぎを起こしたのもこれか。こうなれば、近くに寄っているほど危ない。めいはニンジャから目を離さないようにしつつ、ダッシュで距離をとった。
火は紐を燃やしながら、球に近づいていく。この紐は導火線か。海鳥の声に混じって、爆ぜるような音が聞こえてくる。
いよいよ導火線の火が球に到達したとき、ニンジャは球を斜め下に投げつけた。強烈な破裂音とともに、辺り一面が煙に包まれた。
「け、煙玉!?」
あの球は、爆弾に見せかけた煙玉だったのだ。もしやさっきの爆発も、ただ派手に煙と音を立てて驚かせただけなのかもしれない。
灰色の煙に、視界をすべて遮られてしまった。もう何も見えない。頼りになるのは音だ。めいは目をつぶり、耳をすませた。アルコールが回っているせいか、聴覚は冴えている。
「そこっ!」
めいは振り向きざまに右ストレートを叩き込んだ。人体を打ち据えた感触が、確かに拳に伝わってきた。
煙が散り、辺りは晴れ渡った。めいの目の前には、腹を押さえて苦しむニンジャの姿があった。
行ける。もう一撃、打ち込みたい。追撃をかけようと踏み込んだ、そのとき。
「酒を飲めばたちまち巴御前となる。実に興味深い……初めまして。酒呑坂めいさん」
「ひ、ひなちゃん!」
黒い詰襟と軍帽を身に着けた美青年が、橋の向こうから歩いてきた。立ち止まって
――ひなちゃんを人質に取られた!
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