新堀月菜、再び
帰宅したとき、すでに空は暗くなっていた。テーブルに腰を落ち着けためいは、鞄からパンフレットを取り出して開いた。
めいが想像していたのと違って、どうやら毛鹿牧場は競走馬を生産する牧場らしかった。食肉のための家畜を育てたり、牛の乳を搾ったりするような牧場ではないらしい。
ページをめくってみると、「活躍した毛鹿牧場の馬たち」というページに行きついた。馬の名前やら、その馬が勝ったレースの名前やらが載っているのだが、競馬のケの字も知らないズブの素人であるめいには、そのすごさがよくわからない。
馬を見ていると、この間の流鏑馬大会が思い出される。しなやかな筋肉に覆われ、勇壮で力強く、それでいて愛嬌もある……めいはすっかり、この生き物に好感を抱いていた。
「そういや新堀月菜ちゃんどうしてるかな」
騎射競技部の新堀月菜なら、何か知ってるかもしれない。確か流鏑馬大会に使われていた馬は引退したサラブレッドだったはずだ。
めいはスマホのメッセージアプリを開き、月菜にメッセージを送った。彼女とは以前に連絡先を交換している。
「こんにちは。お久しぶり。突然で悪いけど、モウカノホシって競走馬知ってる?」
パンフレットに載っていたモウカノホシという馬がどうも気になった。同じ馬かどうかはわからないが、この間の騎射競技大会で新堀月菜が騎乗していた馬にちょっと雰囲気が似ている。
メッセージを送信して、一、二分ほどで返事が来た。
「あー知ってます。マイルチャンピオンシップでネイビーブルームに負けちゃったんですけど、その次の年の安田記念では逃げるネイビーブルームを差し切って制覇したんですよね」
「競走馬のこと全然わからないけど、すごい馬ってことでいいのかな?」
「その通りです。他に重賞ではスワンステークスとかですね勝ち鞍」
何のことだかさっぱりだが、パンフレットを確認してみると、月菜の語った内容とモウカノホシの戦績は一致している。やはり新堀月菜は
その日の夜は、どうにも寝付けなかった。あの提案が、めいの脳内でずっとぐるぐる回っている。
「百万かぁ……」
契約金百万に、ヒグマ退治に成功すれば追加でさらにもらえるという。特別な資格や経験をもたない二十代女性が手にする額としては明らかに大きい。しかしはたして、猛獣相手に命を張る対価としてはどうなのか。
確かにホッキョクグマやらサイボーグのサメやらと戦っては、ことごとく勝利してきた。けれどもあれらの戦いだって、少し間違えればあの世への直行便に乗せられていたのだ。やっぱりやめた方がいいのではないか。
それにめいは以前、高級ワインであるロマネ・ルカンにつられてパーティに赴いた結果、破壊神みたいな暴力女とバトルさせられたこともあった。しかもそこまでして手に入れたロマネ・ルカンは、結局偽物だった……というオチまでついてしまった。怪しげな誘いに乗って火傷した経験があるのに、今また怪しげな提案につられそうになっている。
「銃がなくともヒグマに立ち向かえるあなたの力が、我々には必要なのです。牧場の未来を守るためなら、私はお金を惜しみません。よい返答、お待ちしております」
あの中年男性の言葉が思い出される。毛鹿牧場は実在していて、業界で実績も残している。その部分に怪しむ要素はないのだが、今までの戦いについて知っているらしいのが気になる。気にはなるが……
「でもお金、欲しいよね……」
金は欲しい。それに無職期間が長くなりすぎるのも問題だ。再就職活動はずるずると長引いており、長期戦の様相を呈している。これ以上就活という苦行を続けたくはない。
どうするべきか、答えをすぐには出せそうにない。とはいえ先方は返答を急いでおり、あれこれ考えあぐねている暇はないのも事実だ。
どうするべきかは、明日考えよう……ようやく、めいの頭に眠気が降ってきた。
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