酒呑坂めいVS最強ニンジャ軍団 デタラメ忍法に正義の拳を

北の大地からのスカウト

 お馴染みリクルートスーツ姿のめいは、都内のとあるビルにいた。受付でもらったパンフレットを手提げ鞄にしまうと、そのまま古びたエレベーターに乗り込んだ。前のリクルートスーツは右腕部分をメカ・クロヘリメジロザメのレーザーに焼かれてしまったので、今着ているのはぴかぴかの新品である。

 五階に到着したエレベーターを出ると、正面には「毛鹿もうか牧場 説明会 会場」という立札が立っていた。


 先日のこと。就活支援サイトを経由せず、めいのアドレス宛に直接、企業からのスカウトメールが届いた。


「毛鹿牧場……? 北海道……?」


 送信者は、どうやら北海道の牧場のようだ。畜産に従事したことなど全くないのになぜ届いたのかはわからない。よほど人手不足な業界なのだろうか。

 疑問に思いつつも、全く興味がない業界ではない。「きつい・汚い・危険」の3K労働だろうことは想像がつくが、肉体労働の方が自らの性に合っているような気がしためいは、メールに記載されていた説明会の会場に赴いたのであった。


 説明会に来ていたのは、めい一人しかいなかった。説明会会場の部屋に続く廊下を歩きながら。めいはだんだんと気分が落ち着かなくなってきた。


 ――もしかして、騙された?


 以前の惨劇が、脳裏に浮かぶ。某企業の最終選考に赴いためいは、あろうことか面接会場のビルが爆破され、ビルから出てきたサイボーグのサメに追い回された。人生で一番「死」を意識したのが、あのときだった。

 もしかして、自分を狙う何者かに釣り出されてしまったのではないか。そのままあのときと同じようにえらい目に遭わされるのでは……という不安に胸を騒がせていためいは、おずおずと会場に足を踏み入れた。


「失礼します」


 説明会の部屋は狭く、椅子は一つしか用意されていなかった。まるでめいのためだけに用意されたような会場だ。長テーブルの向こうには恰幅かっぷくのよい中年男性と、眼鏡をかけた神経質そうな中年女性が座っていた。


「酒呑坂めいさん。本日はお越しいただきありがとうございます」


 めいを出迎えた男性は、深々と座礼をした。それに合わせて、めいも頭を下げて礼をした。


「どうぞ、お座りください」


 眼鏡をかけた女性の方に促され、めいは部屋の真ん中にぽつんと置かれた椅子に腰かけた。


「早速ですが、本題に入らせていただきます。我が毛鹿牧場は、あなたを牧場専属のハンターとして契約したいのです」

「は、ハンターですか?」


 男性の言葉に、めいは面食らった。狩りなどしたこともない。いや……襲いかかってくる獣を撃退したことはあるが。


「未経験でしょうけど、関係ありません。まずは契約金として百万円を差し上げます」

「ひゃ、百万……?」


 いきなりお金の話を切り出してきたことも驚きだが、それ以上に額が桁違いであることに驚かされた。契約するだけで百万円とは、しがない一無職には途方もない金額だ。


「で、でも私銃など扱ったことないですし……」

「いえ、銃など必要ありません。酒呑坂さん自身の力で、害獣……ヒグマと戦ってほしいのです」


 ますます怪しくなってきた。銃を使わずに害獣と戦うなど、不可能だ。まして相手は、あの日本最強の陸生哺乳類との呼び声高いヒグマである。丸腰の人間を最強の猛獣と戦わせるなど、正気の発想ではない。


 ――相手は、あたしの正体を知っている……


 おそらく彼らは今までの戦いについて知っている者たちだ。怪しいにもほどがある。中年男性はあくまでにこにこと機嫌の良さそうな笑みを崩さないが、今のめいにはその笑みが不気味なものに見えてならなかった。


「迷っておられるようですな。もちろん、たった百万ぽっちで命をかけろとは言いません。もしヒグマを退治した暁には成功報酬として、追加で謝礼をお渡ししましょう」

「あ、あの、差し出がましいようですが、お聞きしてよろしいでしょうか」

「はい、どうぞ」

「もしかして……ご存じなのですか? 私のことを」

「それは、あなたが数々の怪物を返り討ちにしたことですかな?」


 やはりだ。この人たちは知っている。知った上で、その力を当て込んで雇おうとしているのか。

 ……怪しいと思いつつ、提案自体は魅力的に思えてきた。自分の強みを活かせる仕事で、なおかつ大金がもらえるのであれば、それは願ったりではないか。


「我々毛鹿牧場の付近には近年ヒグマがよく現れるのです。それも、冬眠に失敗した凶暴なやつまでもが出るのです。困ったことに、ヒグマに対処している猟友会も高齢化で人手が全く足りなくて……ヒグマを防ぐ手立てが何もないのですよ」


 中年男性は真剣な声色で語った。どうやらかなり差し迫った事情があるらしい。


「ですから……銃がなくともヒグマに立ち向かえるあなたの力が、我々には必要なのです。牧場の未来を守るためなら、私はお金を惜しみません。よい返答、お待ちしております」


 めいの心が揺れに揺れたのは、言うまでもない。

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