サプライズ爆発

 すがすがしい青空の下、リクルートスーツに身を包んだめいは住宅街の大通りに建つ白い壁のビルを見上げていた。もう秋の入りとあって日陰は涼しく、日差しで火照った体を優しく冷ましてくれる。

 このビルの三階が、最終選考の会場だ。めいは自らの背がぴりりと引き締まるのを感じた。


「めいちゃん、明日は頑張って!」


 帰り際の比奈の言葉が思い出される。自分のためだけではない。世話を焼いた友のためにも、失敗はできない。


「一世一代の大勝負……ひなちゃんの期待に応えなきゃ」


 口にこそ出さなかったが、心の中でそう念じた。昨日の比奈の献身ぶりを思うと、ここでヘマをして落ちれば彼女への裏切りになるのではないかと思ってしまう。

 「よし」と小さく呟いためいは、ビルの自動ドアに向かって歩き出した。



 そのときだった。物凄い轟音とともに、ビル三階の窓ガラスが弾け飛んだ。



 ――爆発だ!



「……えっ……そういうことある!?」


 幸いにも、吹き飛んだ窓ガラスはめいから離れた場所に降り注いだ。ガラスの割れた三階窓からは、もくもくと黒い煙が立ち上っている。

 サプライズ爆発に驚くあまり、めいは一歩、二歩後ずさった。いくらなんでも、選考会場で爆発なんてあんまりだ。脱走したホッキョクグマだの、絶滅した古代生物だの、新種の地中生物だのに遭遇してきためいでも、目の前の爆発にはさすがに面食らった。当然の反応だ。

 やや間をおいて、はっと正気を取り戻しためいは、スマホをポケットから取り出した。


「ええと……110番と119番どっちがいいんだろう……」


 黒煙を吐く窓とスマホ画面を交互に見ながら、通話画面を開いためい。その親指は明らかに迷った動きをしている。右手で握りながら親指で画面をタップしては、「4」や「5」、「2」などを誤タップしてしまう。ようやく「1」「1」をタップしたところで、次を「0」か「9」にするかで悩み、スマホから離れた親指の先をぐるぐるさせた。


「ん……?」


 そんな彼女の目に、異様なものが映った。煙の中からメタリックな銀色の物体がぬるりと出てきたのだ。まるで水中を泳ぐ魚のように空中で体をくねらせるは、見覚えのある流線型の体をしていた。


「あれ……もしかしてサメ?」


 体の大部分が銀色の装甲に覆われており、目は赤いランプのようなものになっている。だがそんな姿になり果てていても、体の外観はサメそのものだった。

 サメのサイボーグが、ビル三階と同じ高度にふよふよ浮いている。ダンクルオステウスやらデスワームやらの次は、空飛ぶサイボーグシャークだ。めいはぽかんと口を開けて、その場に立ち尽くしてしまった。


 そんなサメの顔が、めいの方を向いた。空中を浮遊しながら、めいをじっと見下ろすサメ。その顎の下から、ライフル銃のようなものがせり出してきた。


「――っ!」


 めいはとっさに走り出した。その瞬間、銃口が火を噴き、めいの立っていた地面のタイルに銃弾が跳ねた。サプライズ爆発の後はサプライズシャーク、いや、サプライズサイボーグシャークの攻撃だ!

 走り出しためいは、ビルの角を曲がってなおも走った。サイボーグシャークはゆらりと方向転換し、銃撃を加えながらめいの背を追った。

 

*****


「おっ、始まったな」


 サメが出てきたのとは別のビルの屋上から、ちひろはサメとめいを眺め下ろしていた。顎下の5.56mm対人機銃が火を噴き、物騒な銃声を響き渡らせている。

 大鰐エビスが完成させた、生物と機械の融合兵器。それがこの「メカ・クロヘリメジロザメ」である。


「サメは物覚えのいい生き物っていうけどよ、こうして見ると本当だなぁ。自分を引き裂いたあいつを許せねェんだろうな」

「そ、その通りさ……だからわざわざクロヘリメジロザメを改造したんじゃないか……ヒヒ……」


 ちひろは戦いの様子を眺めつつ、開発者であるエビスと通話していた。おそらくエビス本人も、どこかから戦況をその目で見ているはずである。自分の兵器が標的を肉塊に変える様を、きっとその目で見たがっているだろうから。

 

 めいにとって色々な意味で人生の転機となったあのクロヘリメジロザメは、元々アスクレピオスの管理する実験動物だった。脳に埋め込んで動物を遠隔操作するコントロール装置の実験に利用していたが、装置は失敗作であり、制御下を離れてどこかへ行ってしまった。

 その後、組織は顎を裂かれて瀕死のクロヘリメジロザメを発見し捕獲した。さらにクロヘリメジロザメに埋め込んでいたカメラによって、顎を裂いた犯人があの酒呑坂めいであることもつかんだ。

 このクロヘリメジロザメに改造手術を施したのが、大鰐エビスである。彼はサメの記憶力がよいことを利用して、サメを復讐の殺人マシーンに仕立て上げたのであった。


 この兵器を出撃させた目的は、酒呑坂めいとの戦いだけではなかった。


「酒飲みさんを雇おうとしている企業、相当黒い連中だ。あの女を手に入れたら何をするか知れたもんじゃねェ」


 以前、ちひろはエビスにそう教えた。彼女が手に入れた情報によると、酒呑坂めいが採用選考を受けていた会社は、規模こそ小さいものの、裏社会とのつながりをもつ企業であった。

 アスクレピオスとしては、これを妨害せざるをえない。メカ・クロヘリメジロザメの使命には、この会社の社長を殺害することも含まれていたのである。その目的は、今さっき達成されたところだ。


「こ、これであいつも終わりだな……」

「いんや、分からねェぜ? まだ鏑矢かぶらやを射たばっかりだからな」

「ま、まさか。賭けてもいいぞ。あの女が勝ったら大鮫楼だいこうろうでフ、フカヒレ料理を奢ってやる。そ、その代わりサメが勝ったらフカヒレをお、奢ってもらうぞ」

「その賭けには乗れねェな。どっちに転んでもオレは得しねェだろそれ」


 興奮気味なエビスに対して、ちひろは至極冷徹な声色で返答した。

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