カツで勝つ
「はい、これ。ゲン担ぎのロースカツ。お酒は飲んじゃだめだよ? 明日まで我慢我慢」
比奈がテーブルに運んだ皿には、からりと揚がったアツアツのロースカツと刻みキャベツが乗っていた。めいのために作ってくれたのだ。めいは赤べこのように頭をコクコクさせて「ありがとう、ありがとう」と繰り返した。
明日はめいが採用選考を受けている会社の最終選考がある。再就職に王手をかけためいへの景気づけに、比奈が料理を振舞ってくれたのだ。
「それじゃあ、いただきまする」
「どうぞ、召し上がれ」
手を合わせためいは、中濃ソースをかけたカツを口に運んだ。カツを噛むと、サクサクの衣が小気味のいい音を立てて、中からじゅわりと肉汁があふれてくる。口の中に広がる肉のうまみが、心根にまでしみわたって幸福感で満たした。
「ごめんね、この間は……るなが調子乗っちゃって」
「ひなちゃんが謝ることじゃないよ。そりゃまぁ……あのテンションは確かにちょっと苦手だけど……でも別にそこまで」
「あんなにベタベタされて嫌じゃなかった? 大丈夫? めいちゃん昔からああいうタイプ苦手だったから……」
不自然なほど心配している比奈に、めいはおかしなものを感じた。新堀月菜には確かに戸惑いはしたが、嫌悪というほどではない。にもかかわらず、比奈は過剰に心配してくる。まるで、「めいが月菜を嫌っていてほしい」と思っているいるような……
再就職活動中の友人宅にやってきてわざわざご飯を作ってくれるのだから、比奈は間違いなくよき友だ。けれども少しばかりヘンなところがあるのも事実である。B級映画が大好きでたびたび視聴に巻き込んできたり、「サメ映画っぽい」という理由で大胆なビキニを着せてきたり……けれどもそういう部分がなかったら、かえって人として出来すぎていて気味が悪かったかもしれない。伊達男で有名なベテラン俳優が、「一つか二つ、欠点があった方がイイ女に見える」と言っていたのを、めいは思い出した。
「あーお酒がほしい……ビール開けたい……でも我慢我慢のガマガエル……」
「そうそう。えらいぞーめいちゃん」
こうも飯がうまいと、ビールを一本開けたくなる……が、めいは死ぬ気で自制心を発動して、何とか飲酒衝動を抑え込んだ。
比奈が帰っていったのは、午後九時頃だった。食事の後の皿や茶わんなどは全部比奈が洗ってくれた。何かしようとすると、きまってこの旧友は「いいよいいよ、めいちゃんはゆっくりしてて。明日は大勝負なんだから」なんて言って、全て代わってしまうのだ。今日の比奈からは、「甘える」以外の選択を許さないような、そんな勢いさえあった。
「ひなちゃん、ありがとう……」
妙な気はするけれども、やはりあの旧友には足を向けて寝られないほどの恩がある。感謝の意を心の内に念じながら、めいは眠りに就いたのであった。
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