酒呑坂めいVSメカ・クロヘリメジロザメ 復讐のサイボーグシャーク
大鰐家
東京都奥多摩町某所に、アスクレピオスの兵器実験施設が新設された。関東地方の支部長たち数人が、新しい実験施設を視察するために集まっていた。
「ちひろお姉さまぁ♡」
研究棟の廊下に響き渡る甲高い声を聞いて、鱶川ちひろはため息をついた。
「ちっ……誰かと思ったら……お前も来てたのかよ……」
廊下を歩いていたちひろが嫌々振り向くと、ゴスロリファッションとツインテールがひときわ目を引く小柄な少女が立っていた。少女の名は
「お姉さまに呼ばれましたので馳せ参じた次第ですわ♡ メンズスーツ姿のお姉さまもとても素敵です♡」
「呼んでねェよ」
ちひろはゆめと目を合わせず、下を向いて言い放った。
「この間はあの大会をぶち壊しにしてくださって、感謝いたします」
「あれで満足か?」
「ええ、にっくき目白ラモの晴れ舞台を潰してやったんですもの」
「はぁ……
先日、褄黒が丘公園における流鏑馬大会をデスワームが襲撃したあの事件には、大鰐ゆめが関わっていた。
送り込んだデスワームは元々、沼津支部が管理していた。「襲撃の場所と日時は沼津支部で指定する」という条件付きで、藤沢支部が借り受けたのだ。
そして沼津の支部長はゆめの父であり、娘をたいへん可愛がっている。この条件にゆめの意見が反映されていることは明らかだ。箕浦高校に通う彼女は二か月前まで騎射競技部に所属していたが、何らかの事情で目白ラモによって部を追い出されたらしい。ゆめは彼女に復讐するつもりでいたのだろう。
「てか、用あるのはお前の兄貴の方だ」
「は? お姉さまご冗談を。わたくしに兄などおりませんわ。もしかしてあの豚を兄とお呼びで? あはは、お姉さまご冗談がお上手なのね。豚と人間が兄妹なんてありえませんわ」
ゆめの声が、急に低くなった。口に出すのも汚らわしい、とでも言わんばかりだ。
「誰が豚だと!? このクソブス女が妹だなんて、こっちこそ願い下げだ!」
男子トイレから出てきた肥満体の男が、バカみたいに大きな怒鳴り声をあげた。声があまりにも大きすぎて、ちひろは迷惑そうに両耳を塞いだ。
この男は大鰐エビスといって、大鰐ゆめの兄だ。
「だぁれがクソブスですって!? アンタみたいな豚はさっさと丸焼きにされてサメの餌にでもされなさいよ! あーあ……ちひろお姉さまかネムリお兄さまの妹になりたかったなぁ……」
「サメだって食わねぇようなチビガキが何をえらそうに! 男漁りしか能のない尻軽女が!」
サメも食わぬ兄妹喧嘩が始まってしまった。この兄妹の不仲ぶりは、鱶川家の間でも有名だ。
妹のゆめは面食いで、美男美女には目がない。その反面容姿の醜い者にはとことん冷酷であり、ブサイクで肥満体の兄を蛇蝎の如く嫌っているのだ。結局、売り言葉に買い言葉でいつもこうなる。
「あのなぁ、お前らいい加減にしろよ。ガキの喧嘩は後にしてくれ」
ぐんぐんヒートアップしていく二人の間に、ちひろは強引に割って入った。さすがの剣幕に押されたのか、二人は半歩下がってちひろに空間を譲った。ゆめはともかくエビスはちひろより年上であり、ガキ扱いは不服であろうが、異議申し立てをする気力は彼になかったようだ。
「ゆめ、ちょっと外してろ。仕事の話なんだこっちは」
「えぇ~せっかく会えましたのに……」
「今度付き合ってやっから、今はあっち行ってろ」
「よろしいのですか!? それじゃあ弓のご指導をお願いいたします♡」
ゆめは目をきらきら輝かせながら、廊下を渡ってエントランスの方に向かった。それを見届けたちひろは、腕を組んでエビスに向き直った。組んだ腕によって持ち上げられた胸に、エビスの下卑た視線が向けられている。そのことを察知したちひろは、「ちっ」とあからさまに舌打ちをして見せ、
「おい、見せもんじゃねェぞ」
と凄んだ。さすがの剣幕に、エビスはやや怯えた様子で半歩後ろに下がった。
「で、エビス。そっちが用意してくれた
「へ、へへ……そうかい、そりゃよかった」
ニヤニヤ下品な笑いを浮かべるエビスを、ちひろは嫌そうに顔をそらし、眼球だけを動かして一瞥した。この男の所作はいちいち不審者じみている。
「楽しみなモンだ。アレと酒飲み女が戦うのはよ」
「あ、あれが負けるわけないだろ? その……酒なんとかって女なんてイチコロだって。えへ、えへへ……見たいなぁ……俺の兵器でぐちゃぐちゃにされるとこ……」
「さぁ……わかんねェぜ? あの女はありえねェ力を秘めてるからな」
ちひろの言葉が気に食わなかったのか、エビスは細い目をさらに細めて渋い顔をした。
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